トンネルの先

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トンネルの先

―こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

足音がトンネルの中で響いている


―おーいっ、おーいっ、おーいっ、おーいっ、

私の声が響いている


トンネルの中には誰もいないようだ

 

トンネルの中は暗い

所々に光のようなものは感じられるが、

ほとんど前は見えず、出口らしきものも見えない

私は出口が先にあることを信じて、

ひたすらに

歩いていた



ところで、何故私はこんな所にいるのだろうか

気がついたらここにいた

私はここに来る前の記憶を掘り起こそうとしたが

何も思い出せない

とは言っても記憶喪失、という訳でもない

私の名前、職業、そして友人と愛する妻子

それらは確かに私の頭にあった

ただ、ここに来る前の記憶だけがない


困った

今日がいつかも分からなければ

どれだけ歩いてきたのかすらも分からない

入口に戻ろうと振り返るが

出口同様、入口も見当たらない

このまま歩き続けるしかないのか...


―こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

私の足音がまた、トンネル内で響き出した


―こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、


参ったな、気が滅入りそうだ

どこまでこのトンネルは続くのだろう

早く家に帰らなくては

私の妻と子が帰りを待っているだろう

きっと心配しているはずだ


―こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、



―たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、

 たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、


...?

私の足音とは違う足音が聞こえてきた

後ろからだろうか

私はその音を聞くために立ち止まった


―たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、

 たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、


やはり、誰かがこちらに向かってきている

私以外にも誰かいたのか

そう思うと、少しほっとした気持ちになった


―おーいっ、おーいっ、おーいっ、おーいっ、

 おーいっ、おーいっ、おーいっ、おーいっ、


その足音の主に向けて発した私の声が

トンネル内に木霊した

反応は、無かった


―たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、

 たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、


―たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、

 たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、


確かにこちらに誰か来る

正確には、複数人、こちらに来ているようだ


―たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、

 たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、


―たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、

 たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、


彼等の影が見えてきた

暗くて顔は見えないが、3人が向かってきている


1人は私より背の高い男性

1人は小柄な女性

1人は小さな子供であった


3人は家族であろうか

子供が真ん中にいて、仲睦まじく3人が手を繋いでいた

私にもあれくらいの子供がいるので、微笑ましく感じた


私は張り詰めていた緊張が解け

こちらに向かってくる家族に話しかけた


「あのー、すみません」


「・・・」


反応がない


「あの!すみません!」


「・・・」


やはり反応がない

こんなに近くなのに聞こえないはずがない

明らかに無視されているようだ

彼等の表情は全く見えない


―たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、

 たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、


彼等は私を通り過ぎ、先へ進んで行った

私の言葉を無視したにも関わらず、

彼等の楽しげな会話が聞こえてきた


「今日のご飯なにー?」

「何にしようかしらね」

「今日は作りに行こうか?」

「助かるわ、あの人もいないみたいだし」

「分かった。じゃあ今日はカレーでも作ろうか」

「やったー!カレー大好き!」

「良かったわね」


彼等の会話がトンネル内に響き渡る

そして、彼等の姿が闇へと消えていく

私は彼等を走って追いかけた


「待って!」



―こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、


―こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、


また私の足音だけがトンネルに響き渡る

彼等を一心不乱に追いかけているうちに

扉のようなものが現れた

真っ赤な扉だった

その扉が私の行く手を阻んでいた

・・・。

私は意を決してその扉を開けた


―ガチャ


結局、彼等を見つけることが出来なかったなぁ


―――――――――――――――――――――――


気がついたら私は家の台所にいた



思い出した


確か夕飯を作っているところだった

その途中で寝てしまったのだろうか

右手には料理に使っていたと思われる、

包丁が握られていた

仕事の疲れで眠ってしまったのだろう

手も体もぐっちょりと濡れていた


さて、料理の続きに取り掛からねば


そうして私は料理を再開した


―こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、



包丁で切る音が家に響き渡る


「おーいっ、もう少しで出来るぞー!」


―おーいっ


私の声が家に響き渡る


返事はないが私は料理を続けた



―こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、

 こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、



「まだ来ないのかな」


今日は友人も招いて食事会をするつもりだ




私は妻子と友人が台所に来るのを

いつまでも待っていた


こんなにも楽しみなことはない!

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