奔放系伯爵令嬢は禁欲系幼馴染と添い遂げたい!
はりか@月船みゆ
第1話 過去
「今日も怪我してきたの?」
花畑の中、ユストゥスがそういった。彼は十三歳になるツェツィーリエの傷だらけの指をとって、じっくり見た。どきりとして顔が赤らんでしまう。
そんなツェツィーリエの変化など気にも留めず、ユストゥスは、彼女の指ばかり見ていた。じっと見られるので、恥ずかしくてたまらない。
(もう、ユストゥスは……っ)
でも、こちらの恥ずかしさなんかお構いなく、彼は言う。
「せっかく治ったのにまたこんなに傷が出来てる……。ちょっとまってね。薬、取ってくるから」
そうして、彼は、銀梅花やエニシダ、白薔薇、カモミールなどが咲く花盛りの庭の奥へと消えて行った。ツェツィーリエは恥ずかしげに俯いた。
(指、あんまり見られるから、指にキスされるかと思ってた……)
ここは教会の庭だ。花があちこちで咲き乱れている。主が女神父だからではないかと、まわりは噂しているが、ツェツィーリエにとってはどうでもよいことだった。遊び場として最適だった。特に、教会に足繫く通う少年のユストゥスと仲良くなってからは。
ツェツィーリエはロートシュタット家の娘だ。ロートシュタット家は伯爵家なので、ロートシュタット伯爵令嬢と呼ばれることもある。ユストゥスはどこかの貴族の次男で、家督を継がないから、いずれ僧職に着くのを肯定的に受け止めていた。それで、この教会に足繁く通い、礼拝の準備の手伝いをしたり、さまざまなことについて勉強したりしているらしい。
ユストゥスは夜闇のように黒い髪に、セレスタイトのような青の瞳を持った、整った顔立ちの背の高い少年だった。彼が身にまとう柔らかい空気がとても透明で、ツェツィーリエはそこが好きだった。小さい子にも親切で、優しい。怪我の手当てとかをよくしている。
「まって! っていうことは、わたしも小さい子扱いされてるってこと……!?」
思わず叫んでいると、ユストゥスが教会の中から薬と包帯などの入った籠を持ってきてくれた。
ツェツィーリエは素直に彼に両手を見せた。ユストゥスが痛ましげに傷をまた見る。
「消毒、するよ」
彼は水の入った瓶を開け、彼女の指を洗った。
「……っ、痛」
ツェツィーリエは思わず両目をつむって身体を固くする。
「痛い? ごめんね。少し我慢して」
「大丈夫」
ツェツィーリエは手を引っ込めないよう、消毒の次は軟膏を塗る彼の手を握りしめていた。
痛みを我慢して、ユストゥスにふさわしい立派な淑女になるのだ。
その望みが叶わなくとも。
「はあ、」とユストゥスがため息をついた。
「僕が聖職に入って一番心配なのはツィリーのことだよ」
「……」
「また、怪我をこさえられちゃ、困る。前も言ったかもしれないけど、ここの神父様に相談したり、僕の父上や母上に相談したり、してもいいんだよ」
「だ、だめ」
「何で……?」
そうすると、父が酔うと妻子に暴力をふるう人間だと明るみに出てしまう。この手だって、父の酒瓶が割れて、その破片で傷つけられたものだ。
ユストゥスはもどかしそうな顔をしながらも、ひとつ溜め息をついて、ツェツィーリエの手の手当てに集中した。かなり上手だ。
「ねえ、ユストゥス」
「何?」
「本当に聖職に入ってしまうの……?」
「言ったじゃないか。僕は次男だよ。家督は相続出来ないから、聖職に入るしかないし、僕はそれが嬉しい」
彼はそれが本当にうれしそうに、ふんわりと笑った。
「ツィリー、僕がいなくなっても、元気でいてね」
彼はツェツィーリエの頭を撫でて、そっと抱きしめた。
「そんな、そんな、遊べなくなるの?」
「あと二カ月後くらいかなあ、そういわれた」
「わたしはどうしたらいいの!」
神さまはいじわるだ、わたしからユストゥスを奪っていく、とツェツィーリエは天に向かって唾を吐こうとした。
✿✿✿
※以降はロートシュタット伯爵令嬢にしてリヒターフェルト侯爵夫人ツェツィーリエの手記です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます