第28話 決着
結衣、あたしは結衣のことを、あの日から一度だって忘れたことはない。あの日々のことは、今も昨日のことみたいに思い出せる。
ずっと謝りたかった。不甲斐ないお姉ちゃんでごめんねって。あたしがもっとしっかりしてれば結衣が苦しい思いをしなくて良かった。ごめんね。本当にごめんなさい。お墓越しにじゃなくて、貴方に面と向かって謝りたかった。たまに思うの。結衣はまだ生きていて、いつかあの時の姿のままあたしの前に現れてくるんじゃないかって。そんなことあり得ないって、頭の中では分かってるのに、どうしてもそう思ってしまうの。
夢を見るの。夢の中では結衣はあの時の姿のまま、あたしと一緒に施設へ入って、小学生になって、中学生になって、高校生になって、友達が出来て、自分の夢に向かって、自分の人生を自分の足で歩んでいる夢を。
結衣、貴方にもう一度会えるなら、もう一度一緒に過ごせるなら、そうしてもう一度謝れるなら、何もいらない、何も欲しくない、そう思ってた。あの日から、ずっと思ってる。
「どうしました? 悩むような問題ではないと思いますが?」
もしこいつの言ってることが本当なら……こいつの言う通りにすれば、あたしの想いが願いが、あたしの心が、本当に宇宙の理を超えることができるなら。結衣、貴方への再開が叶うなら……あたしは……。
稲光と雨音だけが響く虚飾の街で志穂はゆっくりと顔を上げる。
「……答えは出ましたか?」
レランカの問いに志穂は無言で首を縦に振るとゆっくりと口を開いた。
「あたしは……妹を――」
紡がれる志穂の言葉にレランカの口角が上がっていく。
「――生き返らせない!!」
力強くそう言い放った志穂にレランカが目を見開く。雨がより一層強く打ち付け始める。
「……なにを言っているのですか?」
「……聞こえなかった? あたしは妹を生き返らせない……そう言ったの……」
「何故です……? 理解できませ――」
「あんたのことが気に入らないから!!!」
困惑するレランカに志穂は声を張り上げる。
「何が道徳よ! 何が教育よ! グダグダと御託を並べて置いて、結局自分に都合のいい世界が欲しいだけでしょ!? 頓珍漢な理屈をこねてそれを正当化して! よくわからない能力で周りを黙らせて! 人の尊厳も命も大切なものも平気な顔で踏みにじるくせに神様だのなんだのとのたまってるあんたが一番幼稚でムゴイ存在なんだよ!」
喚き散らすように声を上げる志穂。感情が昂っているのか、雨に打たれている彼女の頬は紅潮している。
「だいたい! 神様だの何だの! 大層な肩書を本気で名乗ってるやつには碌なのいないから! そんな奴の言うことを信じたら不幸にしかならないの!」
そう叫ぶと志穂が顔を伏せる。
「何が生きてるよ……! 何が究極の恩恵よ……! 1番辛い時には何にもしなかったくせに……!」
歯を食いしばり、超念石を力強く握りしめるとパッと顔を上げる。
「結衣はもう!!!!!! 死んでるの!!!!!!」
志穂の叫びが響き、雷鳴と共に雨の音がより一層強くなる。
「あんたみたいなのの言う通りにして何かを手に入れたって最後には絶対全部失うの! 残るのは後悔とバカな自分への呪いだけ! もう……!」
そこまで言ったところで、何かを堪えるように視線を落とすと肩を震わせる。
「もう2度と……! あたしの勝手な考えで結衣を苦しめたくないから……!」
頬を紅潮させ、頬にいくつもの雫をつたわせる志穂。彼女の脳裏に浮かぶのはかつて母親の言葉を信じていた頃の自分。そして――。
『志穂。これからお前は、魔力のような魅力を持った選択肢を提示されるかもしれん。その選択肢は抗い難く、事実過去に何人もの人間がそれを選んだ。だが私個人としては……お前がそれを選ばないことを祈っている……』
――駅で別れる直前のベムの言葉だった。
「だからあたしは願いを叶えない!!! 友達を利用して殺したあんたなんかの言いなりに、あたしは絶対にならない!!!!!」
そう叫ぶ志穂の目は力強くレランカを見据えていた。すると、浮かび上がっていた超念石ヒビが入り、目で確認できないほどに収縮したかと思うと、爆音と共に衝撃波が拡散する。志穂は衝撃波から身を守る為咄嗟に腕で顔をガードする。
腕を下ろした彼女の目に映ったのは野球ボール程の大きさに戻った白い超念石だった。浮力を失ったのか、超念石はそのまま落下し数回バウンドして地面を転がる。まるでなんてことない石ころのように先程までの威圧感は消えていた。
「驚きました……まさかここまで愚かだとは……目眩すらしてきます……ですが……どうやらそれにも意味があったようですね。今ので超念石は貴方の精神から完全に切り離されました……」
鼓膜を揺らすレランカの言葉に志穂の目線が上がる。
「これで貴方のご機嫌取りをしなくても超念石が手に入ります。感謝しますよ。貴方の人生は今日この日の為にあったのですね……」
そう言うレランカの視線は志穂に向いているがその目は彼女を見ていない。
「喜びなさい卑しい淫売の娘。くだらないお料理に精を出さなくても貴方は神たるわたくしに多大な貢献をすることができました。素晴らしい栄誉です。これさえあれば後はなにもいらないでしょう。もう貴方の命に価値はありません」
そう言うレランカの口調は冷たく、先程までの熱意が嘘のようだった。
「はは……何だ……やっぱりあたしの思ってた通りじゃん。ああだこうだ言って持ち上げといて、結局本音はそれなんでしょ!」
「ええそうです。最後の最後でようやく正しい選択ができましたね。地獄にいる親不幸な妹に報告しなさい。『貴方が死んでくれたお陰でバカなお姉ちゃんでも最期に賢い判断ができたよありがとう』とね」
淡々と言い放たれたその言葉に志穂は拳を強く握り締め身体を震わせる。
「死ね」
次の瞬間、無機質な一言と共にレランカが剣を志穂に向かって振り上げた。
「クソ野郎!!!!! くたばれーーーー!!!!!!」
志穂がレランカに向かって吠える。そんな彼女に剣が振り下ろされようとした刹那、稲光が周囲を照らし、轟音と共にレランカが光の柱に包まれる。
「ぎっ!? がぁっ!?!?!?」
身体の内外を襲い巡る熱と衝撃と痺れに巨体を痙攣させるレランカ。その光景に志穂は初めてさっきの出来事が彼の持っている剣でも防ぎ切れない強力な落雷だと気づいた。すると、ビルに突き刺さっていた剣が折れ、地面に落下する。次の瞬間、ビルから激しい放電が起こった。
「ははは、大層な名前をつけた割には随分と頼りない武器じゃないか。それとも、名前の通り電撃は防げても雷撃は防げないのか?」
その声と共に崩壊したビルの奥からベムが姿を現す。彼の手にはへし折った剣の切っ先、貫かれた腹は塞がり、修復後なのか縦一文字の白線が出来ていた。背中からは青白い電流が激しく迸っている。
「生きっ……!?」
「ベム!!」
現れたベムに、顔を引き攣らせるレランカとほころばせる志穂。
「があっ!!」
レランカが剣を突き刺そうと振りかぶるがそれよりも速く砕いた剣の切っ先をレランカへ投げつけるベム。その膂力で投げられた切っ先はレランカの反応より速く彼の外骨格を突き破り、顔面を切り裂き突き刺さる。
「があああああ!?!?」
激痛に持っていた剣を手放すレランカ。切っ先を引き抜こうと手を触れた瞬間、眩い閃光と共にベムの放った電撃が彼の手を焼き焦がす。刹那、ベムが跳躍し瞬時にレランカとの距離を詰める。
「……ふざけるな! わたくしは支配者に相応しい存在なんだ! こんなところで滅びる筈など……! 何故だ!!!」
「さあな。器ではなかったのだろう」
ベムがそう言って振りかぶると、彼の身体から発せられていた電流が拳へと収束していく。瞬間、衝撃と共にレランカの外骨格にクレーターが発生する。
振り抜かれたベムの拳の衝撃に突き刺さっていた剣の切先は身体から離れ宙を舞う。レランカ本体は意識が飛びそうになるほどの威力によろけたまま体勢を崩して倒れ込む。
ベムは空中で剣の切先を手に取ると、電流によって強化した膂力に任せレランカの喉へ弾丸を思わせる勢いで投げつける。
「があああ……! かあ……! あ……! っ……!」
苦悶の声を上げて悶え苦しむレランカ。貫かれた喉から赤い血を噴き出しながらも喉の剣を引き抜こうとするが、ベムとの戦闘でのダメージと体力消耗は、彼を地面に縫いつけるには十分であった。出血量に比例してレランカの動きが鈍くなっていく。
「ああ……! あ……! あ……」
そう声を漏らしたかと思うと、糸が切れたかのようにレランカの全身から力が抜け、ぐったりとしたまま2度と動くことはなかった。同時刻、街を照らしていた長方形のオブジェは光を失い、錆びついたように赤茶けたかと思うと、粉々に砕け散った――。
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