第24話 2人目の宇宙人
真奈が再び志穂の手を取り歩き出した。少し歩くと、ホテルのエントランスに繋がるような扉が目に入る。無機質で画一的なそれまでの風景から一転、鮮やかでデザイン的なそれに志穂は目を奪われる。
志穂の手を引いたまま、真奈は扉に手をかけ開く。現れたのは一言で言えばパーティ会場だった。赤を基調とした部屋に白のテーブルクロスが引かれたいくつもの円形テーブルには上品に盛り付けられた料理が置かれている。それを取り囲むように置かれた格式ばった椅子にはドレスコードされた老若男女が座っており、駅の時と同様、朗らかな笑顔を貼り付けて拍手で志穂を出迎えていた。
真奈はその拍手に答えるように周囲に手を振って志穂を最奥の席へと案内する。
「座って」
真奈がエスコートするように椅子を引き、座るよう促す。少し間をおいて志穂が椅子に座るといつの間にか近くにいたウェイターが料理を置く。
皿の上に乗っていたのは中心に丸く、白いバターが乗り、寄り添うようにソースのかかったいちごが添えられたパンケーキ。一見シンプルに見えるがこんがりと綺麗なキツネ色に焼かれたパンケーキと気品ある盛り付けは高い技術を持った者によって作られたものだということが見てとれた。
「志穂好きだもんね。パンケーキ」
通常なら間違いなく目を輝かせ喜びと興奮を抑えることが出来なかっただろう。こんな状況ではしゃぐ程、彼女は好物の食事に対して盲目ではないからだ。じっとパンケーキを見つめているが、それは例えるなら緊張で張り詰めた空間の中、その場を凌ぐ視線の行き場として壁や床を見ているのに近い。その証拠に真奈の言葉に志穂は何も答えず、俯いたままだ。
「……食べても大丈夫だよ?」
真奈が俯いた志穂の顔を覗き込んで優しく声をかけるが志穂はまるで反応をしない。ただじっとパンケーキを見つめているだけだ。
ガチャン! 仮にもパーティ会場に相応しくない、何かが割れたような音が響く。志穂の視界にはスーツに包まれた足と革靴に踏み潰され割れた皿と潰れたパンケーキが映っていた。志穂がゆっくりと顔を上げる。そこには両手を広げ上げ、笑顔を浮かべた目鼻立ちの整った黒髪で細目のスーツ姿の男が立っていた。
「サプラーーーーイズ!!!!」
そう張り上げたスーツ男の声は、シンと静まり返ったパーティ会場の隅々まで響き渡る。一拍おいて、志穂と男を除いた会場の全員から割れんばかりの拍手が巻き起こる。男はその拍手に応えるように手を振る。次第に長めの拍手が鳴り止むと男は足裏を確認する。
「おっとこれは……靴が汚れてしまいましたー!」
男がそう言うと、志穂以外の全員が一斉に笑い始める。男は笑い声に応えるように手を振りながら、男はテーブルに何度も足裏を擦り付けていた。靴裏に着いた犬のフンを拭うような動きで。
次第に笑い声も止み、再び会場が鎮まり始めた頃にスーツ男が口を開く。
「さて……初めまして畑野さん。わたくし……本名でいいでしょう、レランカと申す物です。宗教法人神宙会の……いや……もう説明は不要でしょう……」
志穂を見下ろすようにスーツ男がそう言う。
「いやはや、ようやくお会いできて私の心は喜びに満ちていますよぉ〜! 貴方とはずうっとお話ししたいと思っていましたからね〜!」
大袈裟なジェスチャーと芝居がかった喋りをするスーツ男。
「さて……早速ですが本題に入りましょう。まずはこれを見てください」
そう言ってレランカが指でフォトフレームのように指を重ねると、作り出された長方形から幾何学な光と耳鳴りのような金切り音が放たれる。志穂は訳も分からずその光を眺めていた。やがて光が消え、音が止むとレランカが口を開く。
「単刀直入に言います。貴方の持っている超念石をわたくしに渡していただけないでしょうか?」
人の良さそうな笑みで志穂にそう話しかけるレランカだが志穂は驚いたままの表情で静かに首を横に振る。
「なるほど……やはり超念石によってガードされていますか……効果がまるでない……では!」
コントのような大仰かつコミカルな動きでレランカが真奈を指差す。真奈はニコリと笑うと椅子の近くに置いてあったバックの中からナイフを取り出す。凹凸や返しのついた、おおよそパーティ会場で女子大生が持つには相応しくない凶悪な形状をしたナイフだ。志穂の心臓が高鳴る。真奈は笑顔を崩さないままそのナイフを首元に当てようとする。
「やめて!!!!!!」
悲痛な叫びを上げ、ナイフを持った真奈の手を押さえる志穂。そこで初めて真奈の手には力が入っておらず、寸止めだったことに気づく。
「ハッハッハ! ジョークですよ! ジョーク! そんなに本気にならないで〜」
ケタケタと笑いながら手を振るレランカを志穂はキッと睨みつける。彼はそんな彼女に気づいていないのか、それと気づいた上でそうしているのか、特に変わりようのない口調で話を続ける。
「……でもま、私がその気になればそのナイフをほんの数センチ動かさせることが出来ますよ〜。当然、本人の意思でね〜。こんな風に!」
ダン! と音を立ててテーブルを踏み締め、真奈を指差すレランカに志穂はビクリと肩を震わせ満身の力を込めて真奈の手を握りしめる。しかし、真奈の手に力が入った感覚はない。
「ハッハッハッ! ジョークジョーク!」
笑いながら手を叩くレランカを志穂は信じられない物を見る目で睨みつける。
「……気を取り直してもう一度、超念石を渡してください」
そう言って志穂へ手を伸ばすレランカ。しかし、志穂は彼に敵対的な視線を向けたままだ。
「……ああ。分かります。分かりますよぉ〜。『そんなこと言われてもこの石が離れてくれない』そう思っているのですよね? 大丈夫! わたくし、解除方法を知っています!」
高らかに宣言して胸を張るレランカ。志穂の表情に変化はない。
「結論から言いましょう! それは……」
瞬間、彼の乗っていたテーブルが轟音と共に打ち砕かれる。そこには身体がら電気を迸らせる真っ黒な巨体を持つ怪物、ベムが両の拳を地面に叩きつける姿勢で鎮座していた。彼の拳の先には埋もれてよく見えないがレランカと思われる頭部が見えた。
通常の人間なら即死であろう状態だが、震えながらも彼の手が持ち上がる。その手は志穂のときと同様にフォトフレームのような形を作ったかと思うと、眩い光が放たれる。ベムはその手に一発のパンチを放つと骨と肉の砕ける音が響き、光が消える。すると、指が四方へ折れ曲がり、血塗れになったレランカの両手が現れる。
「おや……やはり貴方にも効果がありません――がっ!」
レランカが言い切るより早く、突き立てていた拳を振り上げ、何度も何度も勢いよく振り下ろす。一撃ごとに何かが砕ける音が響き渡る。音の感覚は段々と短くなっていったと思うと、ベムが一際大きく腕を振るう、突き上げた腕に電流が走ったかと思うと、先程とは比べものにならないスピードでベムの剛腕が振り抜かれる。
一際大きな音を響かせ、床に巨大な穴が開くとベムの下で潰れていた筈であろうレランカの姿が消えていた。ベムの床を砕いた一撃によって下層に叩き落とされたようだ。
「ベム!」
張り詰めていた志穂の表情は緩み、一転して笑顔になるとベムに小走りで駆け寄る。しかし、ベムは志穂にあまり反応を示さず、真っ暗な穴の底を見つめていた。
「良かった! もうこれで安心していいってことだよね? 元凶? の奴は今ので倒したってことでいいんだよね?」
「いや、まだだ」
「えっ……」
志穂がそう声を漏らした瞬間だった。破壊音と共に志穂を照らしていた照明が遮られ、すっぽりと影に包まれる。
「え……?」
彼女が振り返ると、『白い壁』という言葉が脳裏に浮かぶ。突如床を突き破り、隆起してきた白い壁。飛び散るコンクリート片、舞い上がる埃、倒れ込んでくる白い壁。意識の外からの出来事に彼女の目には全てがスローモーションに見えていた。その目に合わせるように、彼女の動きも非常に緩慢なものになっていた。急回転する思考に身体が追いつかない。死ぬ。そう志穂が覚悟した瞬間、彼女の身体は浮遊感に襲われた。
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