第17話 結局は人間関係だから

 夜のゴミ捨て場に人が投げ入れられる。全身を脱力させ、ボロボロの間抜け面を晒す彼を確認したベムと志穂は歩き出し、その場から遠ざかっていく。


「良いのか?」

「いいの。あそこなら朝になったら絶対誰か来るし、ボロボロになってても酔って喧嘩したとかそんな感じで不自然じゃないでしょ」


 そんな会話をしながら月明かりが照らす静かな夜道を歩いていると不意にベムが口を開く。


「志穂。超念石の方はどうだ?」


 その言葉に志穂はポケット付近を探り始める。すると、最早驚くこともない。先程まで虚空だったポケットが膨らんでいる。手を突っ込んでみると、相変わらず自然石とは思えない綺麗な球体系と白色。そして、中心にはピンポン玉程度の黒点のある石、超念石が志穂の手に握られていた。


「……特に変化は無いようだな」

「そうだね。見たところ何も変わってないね」

「ふむ。ということは元カレとの決着は超念石とは関係なかったということか……」

「ふ〜ん……でもあたしはかなりスッキリしたけどね〜!」


 志穂が超念石をポケットに入れ直すと両手を組んで伸びをする。


「あーあ! 異性を見る目ってちゃんと養わないと駄目だね! 変なのに引っかかると碌な目に合わないもん! それと意思の強さ! 嫌なことにはちゃんと言うこと言わないと!」

「台詞の割には随分上機嫌じゃないか」

「まーね! あたしも言いたいこと言ってやったし! 一発かましてやったからね!」


 鼻を鳴らしながら得意気に拳を突き出しボクシングの真似事をしてみせる志穂。


「あとベムにぶん殴られてぶっ飛んだのがなんかおかしくてさ! ムカつくことばっか言われたけどあれで大体吹っ飛んじゃった!」

「そんなに面白いのか?」

「面白いよ! ……なんか変?」

「いや、仮にも恋人同士だったとは言え、所詮は人間関係。綺麗なものばかりではないからな」

「あ、わかるんだ」

「多少はな」

「へぇ〜……。宇宙人にもそういうのあるんだ?」


 イタズラっぽく笑いながらベムに尋ねる志穂。しかし、反応を返さないベムに志穂の顔から笑みが消え、下から覗き込むような姿勢で尋ねる。


「……どうしたの? なんか急にテンション低くない?」

「少し違和感があってな」

「違和感?」

「あの廃ビル、私達を待ち構えていた割には罠の数も配置された兵隊の数も少なすぎた」

「……そーなの?」

「ああ。何か別の意図があるかもしれんと思ってな……」

「……単純にベムがこの前倒したから人手足りてないって可能性とかは? バイトの日から大して時間経ってないし……準備もできてなかったんじゃない?」

「それなら話が簡単で助かるが……」

 

 自分の予想を否定せずとも肯定もせず、引き続き思案を巡らせながら夜道を歩くベムに志穂は不安気に眉を垂れ下げると口を開く。


「……ねえベム」

「なんだ?」

「あたしは……あんた達宇宙人のあれこれのことはよくわからないから……具体的にどう対処すれば良いかとかは……上手く言えないけど……」


 俯く志穂へ視線を移し、次の言葉をベムは静かに待つ。すると、志穂の顔がパッと上がり目線がかち合う。


「あたしには……これくらいしか言えないけど……きっと大丈夫だって信じよう」


 濃い不安の色の中に、微かだが確かな意志を浮かべた表情で志穂は言葉を絞り出す。直後、志穂は再び顔を俯かせる。


「ごめん……大したこと言えなくて……なんか……無責任だよね……ごめん……」


 消え入るような声で弱々しく漏らす志穂の姿にベムが口を開く。


「そこまで深刻になる必要はないぞ?」

「え゙っ」


 自分の予測を大きく外れたベムの返答に、志穂は濁った声を上げて瞬時に顔をベムの方へ戻す。


「この程度の状況はままあることだ。楽観はできないが、過度に悲観的になる必要もない」

「ああ……そう……。そうなんだ……。じゃあ大丈夫……は、言い過ぎだけど……。ちょっとは安心して良い……のかな?」

 

 そう言ってベムに確認するような視線を送る志穂だが、ベムは何も答えず志穂を見ている。


「え……何……?」

「……私のことを簡単に信用しすぎじゃないか?」

「へ?」

「私の言っていることが真実だという確証はどこにもないのだぞ? もう少し疑った方が良いんじゃないか?」


 そのベムの言葉に志穂はパチパチと目を瞬かせると口角を上げる。


「ははっ! 何それ? あたしは餌なんでしょ? 何でベムの方が心配してんの?」


 笑顔を浮かべた明るい口調の志穂に、ベムは無言で返す。そんな彼に、志穂は微笑して話しかける。


「そもそも、そういうことを言う時点で大丈夫だよ。本当に騙そうとしてる奴はそんなこと言わないもん」

「……そうだな」

「でしょ? だから変な心配しなくていいって。あたしがやることは帰ってシチュー食べてぐっすり寝て、何が起きてもいいように備えておくらいだしね。あ、ベムの分もちゃんとあるから」

「……感謝する」

「ふふ、どーいたしまして」


 そう言って歩く2人を月明かりが照らす。この日以降、レランカの動きがぱたりと止まった。









「こんなところで何してるんじゃ君……」

「いや……俺も覚えてなくて……確か元カノと言い合ってたら殴られて……それで俺が掴み掛かろうとしたところまでは覚えてるんだけど……」

「それで返り討ちにされんか?」

「まさか! あいつにそんな力ある訳……。う、頭が痛ぇ……昨日の記憶が殆ど思い出せない……」

「酔ってたんじゃないんかぁ?」

「酒を飲んだ覚えは……いや、でも飲んだのか……? 何もわからねぇ……」


 志穂達が帰路についてから数時間後、ゴミを捨てにきたおじいさんと意識を取り戻した元カレの、朝日に照らされながらの会話であった。

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