第7話
数十分後、調理が終了すると机の上に2人分の料理が並べられていた。照り焼きソースが輝く綺麗に切り分けられた鶏むね肉。その隣には色鮮やかなブロッコリーとトマトの胡麻和えが並んでいた。
「なんだこれは?」
「鶏むねの照り焼きとブロッコリーとトマトの胡麻和え」
ベムの質問に答えながらトレイから食器を机に並べる志穂。
「ほら、紙皿と割り箸だけどあんたの分だから、使いな」
並べた箸と米のよそってある紙皿を指差しつつ、座り込む志穂。それと同時にベムが口を開く。
「自炊するのだな」
「するよ〜。節約にもなるし、できるときはなるべくやれるようにしたいんだよね」
「初めはそう意気込んでいたが結局面倒になり、最後には調理器具に触ることすら稀になるのだろう?」
「……なんでそんな変なところに詳しいの……」
「そして母親の偉大さを知るまでが一連の流れだろう?」
「まあ……そうだね……よく言うねそういうこと……」
目線を逸らし、奥歯に物が挟まったような言い回しをする志穂にベムが違和感を覚えた瞬間、志穂はベムに向き直る。
「とりあえず! 冷めるからご飯早く食べちゃおう!」
「……気遣いはありがたいが急におしかけた上タダ飯まで食わせて貰うというのはいささか気が引けるな……」
「え……? あ……急にまとも……」
予想外の反応に困惑する志穂だがその表情はすぐに笑顔へと変わる。
「気にしなくていいよ〜。これからの食材費とか食器代は全部あんたがよこした100万から出させてもらうから」
先程ベムから叩きつけられた札束を見せつけるように取り出し志穂がイタズラっぽく笑う。すると、今まで目線を下に向けていたベムがパッと志穂を見やる。
「な、なに。あんたが渡してきたんでしょう! 今更文句言ったって遅いからね!」
「構わん。好きに使え、そんなはした金」
「は、はした金ぇ~! 100万の大金をはした金ぇ〜! あたしがこの金額を稼ぐために高校3年間どれだけ……!」
志穂が目をキュッと閉じ、両手で縦に持った札束を額に押し当てる。
「……まあいいや。結局あんたの金は使っていいってことでしょ」
「ああ、それで構わん」
顔を上げ、軽やかな笑顔でそう言い放つ志穂にベムが答える。
「そ、わかった。それじゃあいただきます」
手を合わせ、箸を手に取り切り分けられた照り焼きを一つ掴み上げ、口の中へ運ぶ。弾力ある胸肉の食感と共に甘味のあるソースの味が口の中に広がる。次に胡麻和えへと手を伸ばす。箸が近づくと同時に強くなっていく胡麻の香りを楽しみながらゆっくりと口へ運ぶ。甘味のあった照り焼きとは違い、塩味を中心にトマトの甘さと酸味。そしてブロッコリー食感が口の中で混ざり合う。
(うん……中々悪くない……)
自分が作った照り焼きと胡麻和えの味に概ね満足する志穂。そんな志穂の目の前でベムが無言で料理を口に運び、咀嚼していた。
「……どう? その……味とかは……」
「ああ、美味い。こんな美味いものを食ったのは久しぶり……いや、初めてかもしれんな」
「そんなに……? ど、どうも……」
「特にこれが良い。気に入った」
「……ブロッコリー?」
掲げられたベムの箸先にあるそれを見て志穂が呟く。
「……え? ブロッコリーが1番気に入ったの……?」
「何か問題でもあるのか?」
「いや別に……問題があるって訳じゃないけど……なんか……あんたっていかにも肉好きそうな見た目してるから……意外で……」
「肉も美味いぞ。問題ない」
「いやそういう意味じゃ……あ〜……ありがとう……」
臆面もなく言い放たれたストレート過ぎる褒め言葉に志穂はとりあえずの感謝を述べる。すると、ベムが食事を再開すると同時に志穂も止まっていた箸が動き出す。普通の人間と変わらぬ所作で食事をする宇宙人の光景に妙な感覚を覚えつつも食事を続けてる志穂。
(こいつが地球人だったら別にこんな変な感覚にならなかったんだろうな〜。でもそうなると荒れた環境で虫を食べるなんてことも勿論なくてスーパーとかコンビニで普通にご飯買って……)
そこまで考えたところである想像が志穂の脳内をよぎり、再び箸が止まる。
「……ぶふっ!」
「どうした?」
「いや……ごめん……あんたが買い物してるところ想像したら笑っちゃって……」
「何故だ?」
口の中の物を吹き出さないよう手で口元を押さえて笑いを堪えるように肩を動かす志穂にベムが疑問を呈する。
「いやだって! あんたのその厳つい見た目でさぁ! ご飯買う為に買い物カゴもってスーパーとかコンビニの中に突っ立てるだけでも面白いのに、『お弁当温めてください』とか『レジ袋1つください』とか言うところ想像したらもーおかしくて!」
笑いを堪えたせいで赤くなった顔のまま語る志穂に対し、彼女が何故笑っているのか理解できないベムは疑問符を浮かべる。
「何が面白いのか分からん」
「ああ……ごめん……。気悪くした?」
「そういう意味で言ったのではない」
「ああ……そうなの? 純粋な疑問ってこと?」
「そうだな」
志穂の問いを短い言葉で肯定し、食事を続けるベム。
(なんか肩透かしなんだよね〜……こいつとの会話って……)
そんなことを思案しながら、志穂も再び箸を動かし始める。
「しかし貴様、随分と食事や料理に熱が入っているな。余程その分野に興味があると見える」
ベムの一言に志穂の眉がピクリと動き、箸が止まる。すると、ベムの方を向いて口を開く。
「そりゃそうよ。あたし、管理栄養士目指してるから」
そう言い放った志穂にベムはなにも言葉を返さない。
「……あ、管理栄養士って言われても分からないか。病院の患者さんとか学校の給食とか、スポーツ選手とかの食事と栄養の管理をする職業でね。普通の栄養士は健康な人だけが対象なんだけど管理栄養士はね……」
「病人や栄養状態の悪い人間の栄養管理も対照」
「そうそう! なんだ知ってたんだ! ……なんで知ってるのよ……」
ベムの答えにパッと明るい笑顔を浮かべ、ふっと消す志穂。
「食事が作れなくても管理栄養士にはなれるだろう」
「そうだけど……料理は作れて損は無いからね。料理が出来れば調理師免許とかも狙えるし。……だからなんでそんなことまで知ってるのよ……」
何故か管理栄養士の事情を知っているベムに志穂は眉をひそめるが詳しく問い正す気にはならなかった。恐らく地球より高度な科学力と知性を持った宇宙人なのだからこの程度の知識なら何かのついでで簡単に手に入るのだろうと脳内で適当な結論をつける。
「まあいいや……。ごちそうさま」
箸を置いて全て空になった食器の前で手を合わせる志穂。すると、ベムも全て空となった食器の上に箸を置く。互いに食事を終えたことを確認した志穂が話を始める。
「……改めて確認するけどさ。あんたが叩きつけた100万。これって食費とかに使っても……」
「構わん。その分私も貴様を利用させて貰うからな」
「え?」
「超念石が貴様と融合した以上、関節的にしろ直接的にしろ、奴らは貴様を狙うだろう。今は貴様に付いていれば向こうから勝手に寄ってくる」
「あの……つまり……」
「お前は餌だ」
そう言い放ったベムに志穂が絶句する。
「改めて、これからよろしくな志穂」
朗らかな挨拶をするベムだが己の扱いをはっきりと告げられた衝撃に志穂は返事をする気力が起きなかった。
大学生畑野志穂と宇宙人ベムの奇妙な共同生活はこうして幕を開けたのだった。
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