百日後・破
現在時刻は午後十一時十分。
それにしても――と、白金は周囲を見渡しながら思う。
(この近所一帯は
――しかし、この辺りが異様なほどの静寂に包まれている原因、そしてその元凶は、恐らく今から自分が入ろうとしている家なのだろう、そう結論付けた白金は自分の意識を正面にいる一条の言葉に戻した。
「――いや、ホンマすごいな。こっからでも分かるわ、ヤバイオーラがダダ漏れや」
「一条さん、勝手に人の家の駐車場に入れてよかったんか」
「心配すな言うたやろ、ちゃんと許可は取っとるわい」
「許可て誰に――」
「それは
一条は振り返りもせずに言い放つと、世界と次元とを
「……あんたらに、先言うとくで、この
一条がステンレス製の
「何でこないなことに――」
「ど、どないしたんや一条さん」
「ええか、もっぺん言うぞ。この
「二重?」
「ああ、こいつはな、
「つまりここに閉じ込めとったモンが自由に出入りできるようになっとる、ちゅうことか」
「まあ、そうやな……こない大きな岩、どないして動かしたんかも、何で動かしたんかも一切分からんがな……ほんで、こっちのほうがもっと大事なんやけど……この
「――――」
その
「うっ、うわ――」
「何も
家の前にやってきた白金は、そこで目の当たりにした光景がもたらす不気味な気配と圧力に恐怖を覚え、思わず絶叫が口を突いて出かける。しかしそれを一条の手が押さえ、次いで低い声で警告が出された。
家の周りを白い何かがぐるりと取り囲み、うぞうぞと
「ええか、ウチが合図したら札紙を額に貼り付けて、目を
「わ、分かった。しかし――一条さん、一体これどないするつもりなんや」
「ウチがこの家ん中に入って、どうにかする。時間がきたらウチが一人で入るからあんたらは外で終わるのを待っとき」
「えっ、しかし」
「しかしもかかしもあるかいパンチ。ほんならあんた、アレの相手できるんか? 無理やろ? あんたらが
「……分かった。でも、ホンマにあんた、ここの家主に許可もらっとんねんな?」
「大丈夫やて何回言わせりゃわかんねん。ウチに任しときや」
そこまで言われ、白金は何とか自分を落ち着けた。それからは家の周りをぐるぐる回る白い何かに気を取られながらも、あまりにも静かすぎる建屋の様子を観察していた。
「……明かりがついとらん。それに、シャッターが全部締め切られとるな」
白金は二階を見上げ、そのままの感想を漏らし――一条の声がそれに被さってきた。
「ん――
一条が指さしたのは家ではなく、その前に広がる庭だった。何本かの木が生い茂っており、奥に少しスペースがあるようだが、やはりここも雑草が伸びたい放題で、ちょっとした密林になっていた。季節柄
「――こいつやな、お目当ての
そこにあったものは、三段に積み上げられた然程大きくもない平石と、その上に乗せられた三角形の形をした――というよりは三角錐に近い――石柱だった。花瓶のようなものが地面に半分埋められているが、ずいぶん放置されているのか、中身は空っぽだった。
「……ほんで一条さん、こいつをどうするんや。まさか撤去してしまいって訳じゃ――」
「アホウ、んなことしたら全部こっちにおっかぶさってくる。ウチらにできることは、
「えっ、そんなことをして大丈夫なんか」
「大丈夫やパンチ。もうここらの土地は手遅れやからな。さっき言ったやろ。ヤバイオーラがダダ漏れやて。ありゃあ
その封じられた何かが逃げ出そうとするのを抑えつけるために、ここに封印されている――一条はそう言った。
「え、水害や干害から土地を護るために
「それ〝も〟目的の一つや。しやけどこの
「いやいや、こいつは俺たちの命を狙ったし、多くの人間の命を――」
「そんなん分かっとるよ。それはそれ、これはこれや。しやけど――
一条の
「っち、この家、問題が多すぎて何から手えつけたらええんか分からんな。それでなくとも、あの
「とにかく、先ずは家の中に誰かいないか調べないと――」
「いや、あんたらは入ってくるな。これからウチはあの家ん中で
「えっ、じゃあ何で俺たちこんなとこまで」
「運転手と緊急時の雑用くらいは必要やろ。あんたらが一緒におると話がややこしゅうなる。今回アイツが狙うんはウチやから、心配すな。それにあの家ん中……ほんまヤバイで。正直、
「ちょ、あの
「せや。前にもいっぺん話したやろ、
一条が重苦しく
「〝もうきました〟ときたわ。ついに対決やな」
「一条さん、ホンマに大丈夫なん――っ!? こ、この気配はっ――!?」
どす黒く重い不安が足元から忍び寄るような錯覚に陥って弱気な声を出しかけた白金の顔が引きつる。強烈な悪寒が足元から腰へ、次いで背中をとおり首筋へと
気づけば、家の周りを取り囲んでいた白い何かが見当たらなくなっている。それでも不吉な気配は周囲から消えることなく
単なる気温のせいだけではない嫌な冷気――というよりもはや凍気――が全身を包み込み、体温を急激に奪われるような錯覚に陥る。このままいけば自分の命まで凍てつかされ、瞬時にその場で倒れ込んでしまいそうになる――白金は文字通り身の危険をひしひしと感じていた。
「――っ!? 一条さん、二階から、光が漏れとるっ!」
白金が視線を飛ばしたその先に、シャッターの隙間から漏れ出る青白い光が見えた。一条は鋭く舌打ちをして〝出遅れたか〟と
「おい白金、羽金! 札を貼っつけて目を閉じい! 耳も塞ぎや! ウチはこれから家ん中に突っ込んで決着つけてくる。絶対についてくんなよ! あと、前と同じく誰に何を言われても反応したらアカンからな、忘れんな!」
そしてそのまま引き戸を開け、勢いよく飛び込んでいった一条を目で追いつつ、白金は札を額に貼り付けて目と耳を塞ぎ、
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