ヘンリーズ ワンダーズ

刈波メイセ

第0話 始動

 朝日が祭祀場の隙間から差し込み、神聖な空気が場を包み込んでいた。その場に跪いて祈りを捧げる少女の姿があった。彼女は頭を垂れ、祭祀の祈りの言葉に耳を傾けている。


 村では、神聖な慣習であるこの祈りが欠かせない日課だった。しかし、最近は空気がどこか重苦しい。村人たちは食べ物が不足し、狩りにも失敗が続く日々に、神の怒りを感じていた。彼らは祈ることでそれを鎮めようとしていたのだ。


「神様、どうかお怒りを鎮めてください。」

 祭祀の低く響く声が、静寂を切り裂いた。


 ここ数日、村には奇妙な出来事が続いていた。ある夜、遠くの山で轟音が響き、大地にいくつもの穴が空いた。それは隕石の落下によるものだったが、村人たちには"神の怒り"として映った。そのうちの一つは村の近くに落ちたらしく、村人たちはそれを「神からの試練」と考え、新たな捧げ物を祭祀場に置いた。それは隕石とともに見つかった不思議なキューブ状の物体だった。


 そのキューブは立方体の中に球体が嵌め込まれたような形をしており、表面には見たことのない模様が彫られていた。村人たちはそれを畏怖の念を持って見守る中、少女だけはその模様に強く惹かれていた。模様は静かに動いているようにさえ見え、目を離すことができなかった。


 その夜、村が襲われた。


 遠くから聞こえる奇妙な音は、次第に風の音から獣の咆哮のような音へと変わり、やがて村人たちの悲鳴と混じり合った。外で起きている出来事を知ろうとした村人たちは、黒く液体のような不気味な生物が村を襲っているのを目撃した。その生物は形を変えながら村人を飲み込み、槍や弓では傷一つつけることができなかった。


「悪魔だ……!」

誰かがそう叫び、恐怖に駆られた村人たちは四散して逃げ惑った。


 少女も最初は恐怖に足をすくませていたが、やがて意を決し、祭祀場へと向かった。神に救いを求めるためだった。崩れかけた柱の間に身を潜め、震える手を合わせて祈る。


「神様、どうか……どうか村をお救いください。」

 外からは悲鳴と建物が壊れる音が響く中、彼女の声は震えながらも必死だった。


 その時だった。キューブが淡く光り始めた。


「願え……何が望む?」

 不意に響いた声。それは耳で聞いたものではなく、頭の中に直接響くような、不思議な感覚だった。少女はその声に引き寄せられるようにキューブを手に取り、村の外へと駆け出した。


 外では、子どもたちが追い詰められていた。互いを庇い合う小さな兄弟に、黒い影が覆いかぶさろうとしている。少女はキューブを高く掲げて、その前に立ちふさがった。


「やめて!」


 キューブが更に光を増す。

だが、彼女の叫びは届かず、悪魔の一部が鞭のように伸び、彼女を腹部に突き刺した。吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた彼女は激しい痛みに耐えながらもキューブを手放さなかった。


 瀕死の状態の中、子どもたちの泣き声が彼女の耳に届く。それが彼女に最後の力を呼び起こした。震える手でキューブを握り締め、涙を噛みしめながら祈る。


「神様、倒したい……こいつらを……!」


 その瞬間、キューブは眩い光を放ち始めた。その光は少女を包み込み、悪魔たちをも飲み込んでいく。村の空が光で染まる中、悪夢のような存在が跡形もなく消え去ったのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 如何にも厳重な扉の前に立つ。

目隠しが外され、やっと視界が明るさに慣れてきた。


 どれだけの時間がかかったのか。どうやってここに辿り着いたのか。

それは何も分からない。


 だが、この場所で自分が何をすべきかだけは、確信している。


 政府の役人が一歩前に進み、厳しい口調で言葉を紡ぐ。

「手段は問わない。必要であれば、どんな犠牲を払っても構わない。

ただ一つ、キューブの力を解き明かすこと。それが君の使命だ、ミューズ博士。」


 一呼吸置いた後、役人の声が僅かに柔らぐ。

「世界の命運は、あなたに掛かっているのかもしれない。

どうか頼みます。ご武運を。」


 僕は静かに頷き、その手を握り返す。

「あぁ、任せてくれ。必ず解き明かしてみせる。それが僕の仕事だ。」


 ホッとしたように目を細めた役人は、扉横のパッドに何かを入力する。

低い警告音とともに、施錠が解除される音が響き渡る。

重々しい音を立てながら、扉がゆっくりと開いていった。


――研究はここから始まる。

僕の名前はヘンリー=ミューズ、"超常学者"だ。

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