第42話 夜さんとの攻防

 かくして勝負はスタートした。

 最初のビームでほとんどのあやかしと神霊は一旦吹っ飛んでくれたので、その隙に私はまず地下街に駆け下りた。十九世紀ヨーロッパ各地の様式がイメージされた薄暗いムーディな地下街を、石畳調の床石を蹴って走る。

 複製神域なので、当然地下街に人の姿はない。

 待ち構えていたあやかしや神霊さんたちが一斉に私に注目する。

 人間、人間じゃない姿、獣、竜に蛇に岩に手足が生えた博多塀に、多種多様だ。


「いたぞー! 楓ちゃんだ!」

「うぇえええい捕まえろー!」

「頑張れ楓ちゃんー!」

「楓ちゃん勝利に賭けとるけんなー!」


 追いかけてくる人、手を振って応援してくれる人たち、そしてどっちでもなくビールジョッキと焼き鳥を片手に楽しく見物している皆さん。

 三者を比率で言えば一番多いのは呑んでる人たちだ。

 普段の地下街のおしゃれなムードとは違って飲み屋街状態だ。


「うおおお先手必勝!」


 ドスドスと地下街を揺らして追いかけ、私を追い詰めてくるのは塗り壁さんだ。

 地下街の煉瓦っぽい壁面を意識した出で立ちで、叫びながら私を挟み込んでくる。

 見た目の芸は細かい、しかし攻撃の方向性はシンプルだ!


「はやかけんビーム!」


 私は華麗にカードを構え、塗り壁さんたちに思いっ切りぶち当てた。

 そのままずるずるとパワーで押し出して、広くなった空間まで押し出す。


「ああああ」


 塗り壁さんの後退に押し流され、塗り壁さんの後ろのあやかしさんたちも全員撃退することに成功した。


「地下街は攻撃の方向性が読みやすくて助かるなあ」


 私は駆けながら、近寄ってくるキラキラとした魂の欠片を早速神楽鈴で浄化した。

 しゃんしゃんしゃん。

 鳴らす響きだけで、魂たちが心地よさそうに消えていく。


「これ便利だな……」


 しかも柄に紐がつけてあるので、手に持って回しやすいし、何かあれば手首に引っかけてアクティブに行動できる。

 元の私のアイデアなのだろう。元の私に感謝を伝えたい。

 また前方から私を追いかける人たちがやってきた。

 地下街のステンドグラスに描かれた中世ヨーロッパ風の皆さんだ。


「楓ちゃんがいたぞー!」

「僕らで捕まえろーッ!」

「うわっ」


 追いかけてくる百鬼夜行のような勢いから逃げるべく、私は地下街を走り回った。

 躱しつつ、彼らを禊ぎ祓いしたり吹っ飛ばしたり。

 すると滝を模したデザインになった噴水、『天神かっぱの泉』から、河童が飛び出してきた。


「あっ正統派の緑色の河童さんだ」

「王道にして最強! 尻を狙って幾星霜! 筑後川から泳ぎ、そして西鉄電車に乗って来た! 俺ら筑後川の河童、参戦!」

「対戦よろしくお願いしますっ……!」


 早速、かっぱの泉の上から降りかかるように襲いかかってくる河童の皆さん。

 私がはやかけんを構えると─なぜか、彼らは滝を薙(な)ぐ強い風圧に吹っ飛ばされた。


「あーっ」


 そしてそのまま、地下街から通じる商業施設の白い建物の中に消えていった。

 河童さんの代わりに舞い降りてくるのは、渋い羽織袴の剣客だった。

 ぴょこんと尖った黒い耳。モヘアのようなふわふわの黒い二本の尻尾。夜さんだ。


「すごい……ちゃんと服着てる夜さん、初めて見た」

「当然だ。某は元々武士の飼い猫、服を着ることなど心得ておる」

「普段から心得てくれたらもっと助かるかな」


 夜さんの首には緑のリボンが巻かれている。例の五色布だ。

 ぎらりと刀身を輝かせながら、夜さんは私に対峙する。


「楓殿の梅花を散らす。そして楓殿に某の願いを叶えて貰うのだ」

「受けて立つよ夜さん。負けないからね。……ちなみにどんな願い?」

「首輪が欲しい」

「そ、そんなの普通に買ってあげるよ~!」

「否。某は楓殿より多くのものを既に受け取っている。施しではなく勝ち取るものとして得たい」

「なるほど、矜持をかけた戦いってわけだね」


 私は右手に鈴、左手にはやかけんをクロスして構える。

 夜さんが、私を見て静止する。

 周りのあやかしや神霊さんも今手出しするのは無粋と心得ているのか、観衆たちは私と夜さんを固唾を呑んで見守っている。


 ばしゃばしゃ。滝には相変わらず水が流れている。

 その水流の生み出す微風で私の千早が揺れる。

 ゆらゆらと、飾り紐も揺れる。

 夜さんの眼差しも、左右にゆらゆらと揺れていた。


「……」


 千早の紐を解き、紐を長くして不規則に夜さんを引きつけるように揺らす。

 刀を持ったまま、前かがみになっていく夜さん。

 そーっと、そーっと一歩一歩近づく。


「えいっ」

「にゃっ!」


 紐を思いっ切り引き寄せた瞬間、猫になった夜さんが飛びかかる。

 私はその背中を捕まえた。


「ににゃーっ! な、楓殿、卑怯なり、にゃっ」


 じたばたと暴れてももう遅い。私は夜さんの首のリボンを解いた。


「ぐぬ……猫であるばかりに、本能に任せた愛らしい行動をしてしまった。不覚。敗北を認めよう」

「じゃあ私のお願い聞いて欲しいな。明日一緒に首輪選びに行こうよ」

「うむ! 約束だぞ」


 夜さんをしばらく撫でたところで、そろそろいいかと思われたのだろう、あやかしさんたちが襲いかかってくる。


「楓殿、加勢するぞ」

「ありがとう!」


 私と夜さんは階段を駆け上がり、地下街から脱出する。

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