第17話 巫女の本質

 珠子さんがプリーツスカートとおさげを翻し、空にふわっと浮かぶ。

 彼女が祈りを捧げると、透き通った竜がふわっとあたりを巡り─場所の雰囲気ががらりと変わった。銀座通商店街は何倍にも輝き、通行人が全て消える。代わりにキラキラとした魂と、画像加工したかのように淡く輝く「お父さん」の皆さんの姿がより鮮明になった。


「わ……!」

「よーい……スタート!」


 珠子さんが手を叩く。同時に紫乃さんが手元でアラームをかける。

 その瞬間、お父さんたちが一斉にダッシュで離れていった。

 ぼーっとしている暇はない。

 目標はみんなを浄化でハッピーにして、修行大成功、そして美味しい夜ご飯!


「巫女装束装着(チェンジ)!」


 私は特撮よろしくはやかけんを構えて、紅染めの巫女装束姿にチェンジする。


「早いぞ楓! 十秒だ!」


 紫乃さんの言葉に親指を立てて応(こた)えると、私は商店街中心部へと駆け出した!

 きらきらもお父さんたちも、蜘蛛の子を散らしたように逃げていく!


「とりあえず……行きます! はやかけんビームッ!」


 まずは肩慣らしだ。腰を落として手元を安定させ、両手でICカードを構えて叫ぶ。


「ビームッ!」


 一直線に銀座通商店街を突き抜けていくビーム。当たるキラキラもいたけれど、キラキラはふわっと吹き飛んでいく。どうやらビームの風圧が出ているらしい。


「うーん、もっと範囲を広くして、スピードをもっと。キラキラ全部を仕留め切れないな……」


 何度か出していて気づいたけれど、私の叫びとビームの力はリンクしているようだった。

 巫女としての言霊の力だろうか、紫乃さんが言う通り砲丸投げのかけ声と同じなのだろうか。鋭く声を出せば鋭く細く飛び、逆に喉を開いて落ち着いた発声をすれば、ビームの直径は広くなる。

 記憶を失う前の私が歌で禊ぎ祓いしていたおかげか、喉の調子も発声もやりやすい気がする。

 これからも発声練習しないとな、と一つ心に誓う。


「とにかく実戦して、改善していくのが一番だよね」


 考えるな、感じろ!

 私ははやかけんを握り、キラキラの浄化に専念した。


「ビーム! ビーム! あっちもビームッ!!」


 細いビームで狙いを定めて浄化。直径の広いビームで、隠れた場所から複数のキラキラを包み込むように浄化。


「こんな浄化のやり方は罰当たりにならないのかなあ」

「大丈夫。みんな楓との追いかけっこ楽しんでるよ」


 私の呟きに、看板に腰を下ろした紫乃さんが声をかけてくる。

 紫乃さんに祓って貰いたくて近づいてきたキラキラを、紫乃さんはふっと息で私のほうへと飛ばしてくる。


「わわっ! び、ビーム!」

「えらいえらい、百発百中」


 ぱちぱちと手を叩く紫乃さんが、私にタイマーを見せる。45分経過していてびっくりする。


「け、結構時間経ってますね」

「キラキラにばかり気を取られていると、お父さんたちの準備が整ってしまうぞ」

「じゅ、準備ってなんですか!?」

「そりゃあ……迎撃?」


 そのとき。鐘と太鼓を打ち鳴らす祭り囃子が聞こえてきて、私は通りを振り返る。

 ゆったりと厳(おごそ)かにこちらに近づいてくるのは、竜に似た大蛇の巨大な顔。口を大きく開けたその山車の上に、お父さんたちが思いっ切り乗っかっていた。


「そっちから来んとなら、こっちから行くばい、楓ちゃん!」


 大蛇の口が光る。

 私は反射的に右に避ける。

 はやかけんビームに似た光が、思いっ切り私のいた場所を薙いでいった。


「迎撃もあるって聞いてないですよー!」


 紫乃さんが看板の上で足をゆらゆらさせながら言う。


「炭鉱の男が防戦一方なわけないだろう? 」

「ひ、ひえー」

「ほら、しっかり鍛えて貰いなさい」

「や……やるしか……ないっ!!」


 私は頰を叩き、気合いを入れ直して大蛇を見る。大蛇は独特のリズムを鳴らしながら私のほうへ近づいてくる。機動力はこちらが上だ。しかしあのビームを浴びるのは怖い!


「ちなみに大蛇山砲を受けたら、私どうなりますか」


 紫乃さんはいつの間にか隣に座っている珠子さんと顔を見合わせ、うーんと首をひねる。


「電気治療みたいな感じかな?」

「今まで楓ちゃん何度か吹っ飛ばされとっけどばってん、元気だったからやったけんが大丈夫大丈夫」

「吹っ飛ばされたことあるんですね、私!? そして大丈夫だったんですね」


 元の私が頑丈なのか、修行のおかげなのか、なんなのか。

 しかし私は少し冷静になった。当たっても問題ないなら、恐れは邪魔だ。

 もう一度顔を叩き、私は大蛇山の進路に立つ。お父さんたちが沸き立った。


「よし! 対戦よろしくお願いします!」

「本気でいくばい、楓ちゃん!」

「はい!」


 私ははやかけんをくるっと回し、両手の親指と人差し指で四角を作って固定する。

 大蛇が吠える。びりびりと風圧を感じる。私は渾身の霊力を籠めて叫んだ!


「いっけええええ! はやかけんビームッ!!」

「うおおお!!」


 光条(ビーム)と光条(ビーム)が正面からぶつかり合う。力は互角!

 お父さんたちの気合いを示すように、雨のように打ち鳴らされる鐘と太鼓! お父さんたちの叫び声!

 草履を履いた私の足が、ずるずると後ろに下がっていく。競り負けている。


「いけええええ!!」

「くッ……!」


 汗がほとばしる。これが祭りの夏。いや違うまだ春だ。

 先取りの夏が、今ここで命をぶつけ合う!


「うおおお!! 押し出すばい!!」

「そういうバトルなんですか!?」

「なんかそげんか気分になった!」

「そ、そっかー!」


 そっかーなんて言ってる場合ではない。

 しかし人間いっぱいいっぱいだと返事が適当になってしまう。


 さあどうしようと悩んでいると、ふわっと甘い匂いが漂う。

 背後に降り立った珠子さんから、そっと囁き声が聞こえた。


「ねえねえ楓ちゃん。本質見失っちゃだめいかん。楓ちゃんは何をなんばするためにここに来た?」

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