魔女の王国

 2人はフード付きのローブに身を包むと、帝都の繁華街の外れに来た。そこは昼でも野良猫くらいしかいない路地で、夜の物寂しさは尚更だった。


「まさかこんなところにお宝が眠っているとは、誰も思いませんわよね」


 件の宿に着くと、ワレーシャはドアノブの前に右手をかざした。薬指の指輪が青白く発光し、彼女の手の平に指の長さくらいの氷の棒が出現する。

 ワレーシャは、その氷の棒をドアの鍵穴に差す。氷は鍵穴にフィットするように膨張し、ガチンと金属と氷が接触する音がする。氷の鍵をガチャリと回し、ドアを開く。


「幻獣ジャックフロストの能力をこんな風に使うのは、ワレーシャくらいのものですね」

「大昔にこういう盗賊がいたと、あなたが教えてくれたんですのよ」

「10歳の時、2人で武器庫に侵入して、お父様にひどく叱られたのを思い出します」

「そんな昔のこと覚えてませんわ。さ、見られないうちに入りますわよ」


 中に入ったワレーシャは、地下室への扉も造作もなく開く。2人は、ランタンを下げながら暗闇への階段を下る。

 決して広くない地下室には、棚が所狭しと並べられ、本やら武器やら装飾品やらが綺麗に並べられていた。フィーコはそのうちから、埃を被った黄金のネックレスを手に取る。


「これは……魔女の王国ウェリッサの品ではありませんか」

「見ただけで分かるんですの?」

「製作者の名前が小さく彫られています。これはウェリッサ王国にしかない珍しい名前です。お父様は、ウェリッサを滅ぼした時は城ごと燃えて何も残らなかったと仰っていたのに……」

「こっそり独り占めするつもりだったのではありませんの?」

「お父様は金銀財宝には一切興味を持たれないお方です……ああ……なるほど、分かりました」


 フィーコは、ネックレスをそっと棚に戻す。


「これらはすべて呪具です。宝玉の中をよく覗き込むと、裏側に精巧な魔方陣が掘り込んであります。下手に破壊すると呪いを受けるかもしれないから、誰も来ない場所にひっそりと保管しているのですね」

「呪具! さすが魔女の王国ですわね」

「フフ、私、少し怖くなってきました。この秘術を片っ端から暴いたら、一体どれほどの災難が降りかかるのでしょうか」


 ランタンに照らされて、フィーコは妖しげに微笑む。


「あなたの知識欲の方がよっぽど怖いですわ……」

「それでワレーシャ、複数召喚の資料というのはどちらですか」

「ええと、こちらですわ」


 ワレーシャが案内した棚には、何冊ものノートと、一冊の立派な古書が並んでいた。

 フィーコは、「魔法、幻獣、科学の世界の相互作用について」と銘打たれた古書を手に取って表紙を捲る。


「読んだだけで呪われたりしませんわよね?」

「細工はされてなさそうです。それよりこの本、著者がヴァレリア1世ですよ!」

「えっと、確かこの前反乱を起こそうとして一瞬で鎮圧された……」

「それはヴァルドス公です! しかも2世! ヴァレリア1世は、83年前に即位したウェリッサ王国の女王ですよ。歴代女王の中でも特に魔術の研究に秀でていたと伝えられていますが、若くして亡くなったので実績はよくわかっていません」

「あなたと話していると、必ず歴史の授業を聞くハメになりますわね……」

「しかも2ページ目を見てください! 『この書をイングランドで待つ師アレスタ・クロウリーに捧ぐ』と書かれています。『アレスタ・クロウリー』!? こんな奇妙な名前は、私はこの大陸で一度も聞いたことがありません!」

「ちょっとフィーコ、地下とはいえそんなに大きな声を出したら外に……」

「そして『イングランドで待つ』という謎めいた言葉は、一体何でしょうか? 『イングランド』とは、忘れ去られた地名!? または施設や団体の名前!? 暗号!?」

「落ち着きなさい!」

「ヒヤ!!」


 フィーコは急にうなじに冷たい感触を受け、思わず飛び上がった。ワレーシャが、フィーコの首筋に氷を当てていたのだった。


「ワレーシャ、それはやめてください! 冷凍火傷をしたら跡が残ってしまいます!」

「でも、これが一番あなたが静かになりますわ」

「私に能力を向けるのはお父様だけで十分です……」


 フィーコは文字通りクールダウンすると、古書の周りにあったノート類に目をやる。ノートをパラパラと捲ると、乱雑ながらも品のある筆致でメモやら図やらが書き並べられている。


「この本を書く前段階の研究ノートかも知れませんね。一式持ち帰りましょう」

「ここで記憶しないのですか?」

「汚れがひどいので、一度持ち帰ってから綺麗にします」

「よろしいですわ。こんな薄汚い場所からは退散しましょう」

「お父様にお願いして、この部屋のものを全部帝国図書館なり宝物庫なりに収蔵できれば楽なのですが……」

「あなた、陛下に知られたくないって仰っていたでしょう……」


 古書とノート数冊を抱えた2人は、再度帝都の闇の中へと消えた。

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