ずっと夢を見ていた

１ずっと夢を見ている

『おおきくなったら、アイドルになってうたっておどりたいです』

　八歳の時に書いた将来の夢。クラスの掲示板にみんなの夢を書いた紙が出席番号順に並べられていた。

　私の大きな字と、誰よりも目立つように沢山の色を使って書いた読みづらい文字を、参観日に来た母が初めて見て「アンタ、アイドルになりたいの？」と夜ご飯を食べているときに私に聞いて来た。

　その日の夜ご飯は、麻婆豆腐だった。

　私が一番好きな食べ物。

「うん。アイドルになりたいの」

　そのとき、母と父がどんな表情だったか覚えていない。

　ただ、覚えているのは美味しい麻婆豆腐の味と、五歳だった弟がテレビを観ながら「明日ここに行きたい！」と画面に映る大きな遊園地を指さしていたことだけだった。

＿＿＿＿

「それでは、山田さんー！　準備お願いしまーす」

　床にあるテープの位置に立つと、私は目の前のカメラに向かって大きな笑顔を見せた。

　カメラの奥にいるスタッフさんが、片手をあげて「どうぞ」と口パクしている。

　心臓の音がバレないように、大きなドキドキがバレないように、私は精一杯大きな声を出す。

　斜め先にいるスタッフさんが、壁に掛けられている大きなデジタルタイマーのスタートを押した。

「初めまして！　いつもニコニコ！　山田二子（やまだにこ）です！　私の特技は、歌もダンスも一万パーセントの力で披露することです！　声量、肺活量、動き、全てにおいてナンバーワンだということを、このオーデションを通して皆さんに知っていただきたいです！　そして、私をアイドルデビューさせてください！　よろしくお願いします！　山田二子でした～！」

　何度もストップウォッチを使って練習した成果か、スタッフさんは大きく「オッケー！」と口パクしている。

　今更だけど、このオレンジ色のリボンが自分に似合っているのか、そもそも初めて着るジャンパースカートの制服も似合っているのか、急に自分の見た目が気になってしまった。

「ありがとうございました！」

「はい、お疲れ様です。それじゃあ、次は直筆プロフィールなんだけど、ちょっとこっちに来てくれる？」

　水のペットボトルを私に渡してきた女性スタッフさんに言われるがまま、私は床にあるテープを超えた。

　撮影スタジオを抜けて、両側にドアが立ち並ぶ中廊下を進んで行く。

　ドアの一つ一つに名前が書かれた紙が貼っており、“山田二子”の四文字の前でスタッフさんは立ち止まった。

「えっと、この部屋で今から作業してもらいます」

「はい！　分かりました！」

「それで、実は今回このオーデション参加者の方全員にやってもらうことなんだけど、中に入るとテーブルの上に二台のタブレットが置いてあります。それぞれ、プロフィール用・テスト用と、紙に書いてあります」

「テスト……って、何ですか？」

「そのことなんだけどね、今回皆さんに事前にお知らせされた予定では“公式SNS用の自己紹介動画撮影・個人プロフィール写真撮影・直筆プロフィール制作”の三つだけだと思うんだけど、急遽、皆さんにはこれから一時間以内にタブレットに保存されている動画から二つ曲を選んで、その二曲の歌と踊りを録画させてもらうことになりました」

　こういう時、どんな表情、態度を取れば分からなくてただ「わかりました！」と答えるしかなかった。

「それでは、一時間後にまた来ますね。その時に、録画させてもらいますので準備しておいてください」

「あ、その録画した動画って、自分で視聴とかできますか？」

「はい。この動画は、後日公式ホームページやSNSで、先ほど撮影したものとこれから書いてもらうプロフィールと一緒に公開する予定ですので」

「わかりました！」

　頑張ってください、と言い残しスタッフさんは先ほど歩いて来た道を戻って行った。

　私は“山田二子”のドアを開けた。

　テーブルとソファー、全身鏡。あと、壁にデジタル時計。一言で表すならば、シンプルな内装の部屋。

　私は、ソファーに腰かけるとテーブルの上に置かれているタブレット二台に視線を移した。

　あのスタッフさんの言った通り、右側のタブレットには“プロフィール用”左側のタブレットには“テスト用”と書かれた紙が画面の上に置かれていた。

　私は、壁に掛けられているデジタル時計に目を移す。

　15時23分。一時間後の16時23分までに、全てを終わらせないといけない。

　プロフィール用のタブレットの画面を数回タップして起動させる。

　現れた画面に、近くにあったタッチペンで全ての項目を埋めていく。

『名前・生年月日・身長』『座右の銘』『趣味』『特技』『視聴者の方に一言』

　あらかじめ予想していた質問に、私は無心状態でペンを走らせる。

　15時29分。

　プロフィール作成を終え、次に横にあるテスト用のタブレットを起動させた。

　＿＿タブレットに保存されている動画から二つ曲を選んで、その二曲の歌と踊りを録画させてもらうことになりました。

　画面には、五つの動画が保存されている。

　私は、テスト1と表示されている動画から順番に視聴を始めた。

　テスト1は、有名アニメ映画の作中で流れる挿入歌『ココの下』

　テスト2は、有名ドラマのエンディング曲『アツアツ・サンサン』

　テスト3は、人気アイドルグループStoSの曲『SSSSS』

　テスト4も、人気アイドルグループA_Zの曲『MY you』

　テスト5も、人気アイドルグループLASTSの曲『ら楽』

　どれも聞いたことがある曲で、テスト1と2の二曲は歌っているのがそれぞれ声優とバンドだから、元々振り付けがないものなのに、上手に動画内では違和感のない振り付けがされている。

　全ての動画を一通り見終えて、私は考えた。

　さて、どの曲にしようかな。

　正直、一番歌って踊りやすいのはテスト1と2の曲。　

　でも、私の気持ち的にはテスト4と5の曲がいい。だって歌も踊りもカッコいいから。それに、元々有名な曲だから振り付け自体も結構覚えている気がする。

　だけど、歌詞に英語が入っていたり、サビの部分は歌って踊ることになると、結構な肺活量が無いと声が安定しないんだよなぁ。

　15時48分。あと、残り35分。

　確実に、パフォーマンスできる方を選んで、それを極めるか。

　それとも、難しい道にチャレンジしてやってみるか。

　ふと、右側から歌声が聞こえてきた。

　多分、これはテスト4の曲。

　誰なのかは分からないけど、きっと同じ参加者の人。

　安定している歌声に、英語の歌詞も綺麗な発音がされている。

　元々、この夢を抱き始めた日から私の選ぶ道は決まっている。

　難しい道を選んで、それを極める。

　ただそれだけ。

　絶対に負けたくないから。