第二幕 変転のコリンヴェルト

プロローグ 〜果たされなかった約束

 その日、少女は十四歳の誕生日を迎えた――


「みなさまからの心温まる祝辞と贈り物、感謝いたしますわ」


 その主役であるノルマン公爵のひとり娘アンジェリーヌは深々と腰を折り、周囲に向けて謝意を述べる。

 それに応えて万雷ばんらいの拍手がその場に鳴り響く。


 生糸のごとく透明感を持ったブロンドの長髪をなびかせ、宝珠のごとく鮮やかさを持った碧い瞳で微笑み、年齢以上に完成されたスタイルを誇るアンジェリーヌは、老若男女問わず城内の者たちからアイドル的な熱狂的人気を誇っており、その美しさは「ノルマンの華」、「社交界の華」としてアルセイシア王国内でひろく知れ渡っていた。


「アンジェリーヌ。実はもうひとつ、お前に贈り物があるんだよ」


 ノルマン公爵である少女の父が、温和な笑みを浮かべながら告げる。


「まあ、一体なんですの、お父様?」


 少女は期待に目を輝かせる。


「うむ。女中メイドだ」

女中メイド? 女中メイドならもうウチにたくさんおりますが?」

「それがな、ただの女中メイドではないのだよ、アンジェリーヌ」


 首をかしげる少女に、父親は得意げに語る。


「彼女は、契約を交わした主を必ず護りとおせるだけの戦闘能力を誇り、地理、歴史、政治、文学、数学、天文学など多種に渡る知識と女中メイドとしての完璧な素養を備えているという、まさしく女中メイドの中の女中メイドなんだよ」

「まあ、そのような素晴らしい方が!?」


 少女は再びキラキラと瞳を輝かせ、ピョンピョンと飛び跳ねる。


「ああ。それに彼女は東方舞踊をマスターしているらしい。きっとアンジェリーヌの舞台舞踊バレエの参考になると思うよ」

「うれしい! ありがとうございます、お父様!!」


 少女は喜色満面で父親に飛びついた。


「それで、その方はいつこちらにいらっしゃいますの?」

「ああ。何事もなければ今日中に到着する予定だよ」

「お会いするのがとても楽しみですわ!!」


 うれしさのあまりその場で踊り出す少女。

 その首にかけられている首飾りネックレスが――母から贈られた乳白色のコの字形をした宝珠が彼女の動きに合わせて躍動する。


 父も母も、娘のそのよろこびの舞を笑顔で見つめていた。


 しかし、少女がその女中メイドと会うことはなかった――


 この直後、ノルマンで蜂起した農民たちが城を襲撃したのだ。


 そして城はその日の内にあっけなく落ちた――


 件の女中メイドは連日の大雨による交通障害に巻きこまれたために遅延が発生し、それでも急いで駆けつけてようやくノルマンに到着したのは、城が落城した翌日のことだった。


 そこで彼女は依頼主である領主とその妻が処刑されたことを知り、愕然とする。

 しかし、保護対象であるひとり娘が奴隷として売られたことを知り、せめて彼女だけは護ろうと決意し、その少女を探す旅に出たのだった。


 一度引き受けた仕事は必ずやり通す。

 それが彼女のゆずれない矜持プライドだから――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る