第3話 奴隷令嬢の首飾りの行方

「……で、出来ましたわ!」

 

 数日かけてようやく自分ひとりの手で一枚の布地を織り上げることが出来たララは、それを高々と掲げて歓喜の声を上げた。


「へえ、よくがんばったじゃないか」

「そうでしょう?」

「一週間前まで糸を通すことすら出来なかったとはとても思えない、上々の仕上がりだよ」


 ミレーヌは感嘆の言葉をもって少女を褒める。


「それで、これは一体おいくらで売れるのかしら?」

「いや、布地だけじゃ売れないよ」

「え?」


 期待に目を輝かせていた少女の顔が途端に呆ける。


「何枚かの布地を縫い合わせて、細かい装飾を施してドレスに仕立てて,初めて売り物になるんだよ」

「そ、そんなに大変なんですの?」

「そうさ。そもそも、ララが編んだこの布地は粗が多すぎて残念ながら使い物にはならないよ」

「ショックですわッ!!」


 ララはガクリと膝を崩して倒れこむと、悔しさをぶつけるように両手で床を叩いた。


「ようやく初心者卒業、といったところかな? 職人の道はそんな甘くないってことさ」


 カラカラと笑うミレーヌ。


「一人前になるにはまだまだ研鑽が必要ということですわね……」

「うんうん、素直なのはイイことだよ。あ、そうだ、ララ」


 何か思いついたようにポンと手を叩くと、


「ここまでがんばったご褒美に何かプレゼントしてやるよ。何がイイ?」


女将おかみとして労いの言葉を向ける。


「そうですわね。急に言われましてもすぐには思いつきませんわ」

「だったら首飾りネックレスなんてどうだい? ララはカワイイんだからもっと着飾らないとね」

首飾りネックレス……」


 その言葉を聞いた刹那、少女は記憶の奥底に埋もれていた大切な情報を思い出す。


「そうですわ! こんな大切なこと、どうして今まで忘れていたのかしら!!」


 ララはミレーヌの両手をがっちり掴むと、


「わたくしの首飾りネックレスをご存知ありません!? 乳白色でコの字型をした宝珠がトップに付いているものなんですのッ!!」


 興奮気味にたずねる。


「乳白色の宝珠?」

「ええ。気を失うまでは身につけていたはずなのですが……」

「ん〜、でもココに来た時にはそれらしいものは何も身につけていなかったはずだよ」

「そう……ですの……」


 それを聞いたララは途端に顔を曇らせ、ガクリとうなだれた。


「……それ、大切なものだったのかい?」


 少女はコクリとうなずいた。


「十四歳の誕生日に、お母様からいただいたものですわ……」

「そうだったのかい……」


 過去は語らないがきっと彼女にとってかけがえの無い宝物だったのだろうと想像がついたミレーヌは、それ以上何も言わなかった。




 翌日――


 その日の仕事を終えたララは、初めてエイレンヌの町中へと足を踏み出した。


 過去のトラウマから人間不信に陥り、これまで家に篭っているだけだった少女が意を決してそうしたのは、消失した首飾りネックレスを捜索するためだった。

 それは誕生日に母からもらった大切な思い出の品。そして、彼女が気を失う直前、まばゆいばかりの光を放っていた不思議な宝珠。

 少女にとってそれを取り戻すことは、同時に断絶した過去を取り戻すことでもあったのだ。


 エイレンヌは人口一千人ほどの小さな港町ではあるが、漁業を中心とした経済活動は盛んであり、メインの通りには多くの店舗が立ち並び人の往来も多い。

 しかし、他者への怖れと生まれてこのかた人ごみの中に出たことのないララにとってそこは未知の恐怖であり、大いなる挑戦でもあった。


 しばらく家の陰から通りの様子をうかがっていたララは大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせると、ついにメイン通りへ足を踏み入れた。


 談笑する人々。買い物をする人々。家族団欒の時を過ごす人々。老若男女問わず、そこには多種多様の者が混在してその日を生き、社会を築き、経済を回している。


 そんな人々の活気に圧倒されながら、ララは雑貨を扱う一軒の小さな露店の前で足を止める。


「いらっしゃい、お嬢さん!」


 中年の店主が声を掛ける。

 ララは商品をひととおり見回す。


 木彫り細工の小箱や食器。オシャレな髪飾りやリボン。何に使うのかもわからないようなものなど雑多な商品が並べられているが、そこに少女が求めている首飾りネックレスは見当たらなかった。


 少女は勇気を振り絞り、店主にたずねる。


「あの……首飾りネックレスをご存じありません? 乳白色でコの字型をした宝珠が付いているものなのですが……」

「う〜ん、ウチにもたまに首飾りネックレスは入ってくるけど、そういう珍しいものは見たことないなぁ」

「そう……ですの……」


 ララは落胆を隠せない。


 次にもっと高級そうな宝石店も訪ねてみたが、それでも結果は同じだった。


「おい、聞いたか? ギヨームがまた貴族の軍勢を追っ払ったみたいだぞ」


 通りの片隅にたたずんでいる少女の耳に、ふと通行人の会話が入ってくる。


「本当か?」

「ああ。この前ノルマンを落としたらしいけど、勢いが止まらないな」


 ――……ッ!!


 刹那、少女の体がピクリと震える。


「どうせすぐ鎮圧されて終わるだろうと高をくくってたけど、今回のはマジで国がひっくり返るんじゃないか?」

「どうするよ? 今からでもギヨームんとこに加担するか?」

「で、でもよぉ……。ここにいても別に不満はねぇし、万が一失敗したら家族もろとも縛り首だろ? オラには出来ねぇよ」


 かつて城で暮らしてころには決して耳にすることのなかった庶民の心情が、ここでは手に取るようにハッキリと伝わってくる。


 それだけではない。

 町には他の地域からの来訪者と共にさまざまな国の情報が集まり、そこはさながら知識の溜まり場でもあった。


 ララはそこでさまざまなことを知った。


 今現在、このアルセイシア王国を含めたエウロペア大陸の至るところで踊る屍者ダンス・マカブルと呼ばれる恐ろしい病が蔓延まんえんしていること――


 アルセイシア王国では各地で農民叛乱が勃発しており、その指導者の名前がギヨームであること――


 叛乱の根本的な要因は、領主による重税と乱暴狼藉を繰り返す傭兵団の放置などであること――


 それらは庶民からしたらごく普通の一般常識に過ぎないものであったが、少女にとってはあらゆるものが初耳であり、自身の不明を恥じると共に知ることの大切さを痛感するのだった。


 ――ギヨーム……。あの時、あそこにいたリーダーの人がそうなのかしら?


 獣面の者の隣りにいて、少女の罪を陳述した男のことを思い出す。


 その次の日も、そのまた次の日も、ララは仕事を終えた後に町へと繰り出し、思い出の首飾りネックレスを探すと共にさまざまな情報を吸収していた。


 しかし、そんなララを陰から付け狙う者がいることを、彼女はまだ知らなかった。


 

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