第三話『二十四時の震天冷嵐(シンデレラ):天冷嵐』

 闇の中は風が強い。

 二十四時過ぎ。今日も残業、長かったなぁ。まぁ、残業というか、クソアナウンサー舞央仁まいおじんの話相手をするだけだけど。ちゃっかり残業代はつけてあるし、擬似キャバクラと思えばいいか……ってあれ? わたし、よく考えると、夜職二つしてる? キャバクラとシンデレラ。相容あいいれなさ過ぎないか? まぁ、どっちも本物じゃないんだけどね。奴の父が国防大臣の舞央爽馬まいおそうまである限り、奴は私の上司の息子ということになるのだから、表面上は、無下むげにできない。あくまで表面上ね? 本当に厄介だが、こればかりは仕方ない。だって震天冷嵐の靴シンデレラ・シューズを受け入れたのは、紛れもなくこの私だもの。選択の責任というやつね。さぁ、今日も今日とて、冷凍ビームといきましょうか。トルネイド十号、覚悟しなさい!


 わたしは今、氷色のドレスをまとい、右足にガラスの靴、左足に馬革コードバンの靴を履いて……


 海水面を、凍らせながら滑走している!!


 もちろん、右足のつま先で。


 ここは、貸切のアイススケートリンクってわけ。本当は、誰か一緒に滑る相手がいれば、もっといいんだけどね。


 ……いや、おセンチになるのはやめて、国防しごとに集中しましょう。


 わたしは、今からぶっ壊そうとしているトルネイド十号てきについては、お天気キャスターの経験と知識もあって、よく理解している。トルネイド、正式表記『通留練威洞トルネイド』っていうのは、言い換えれば、西経一八〇度より東のチクプレ海及びキタイワ洋に存在する熱帯性低気圧のうち、中心付近のが一七メートル毎秒以上になったもののこと。そういう比較的強い熱帯性低気圧の類は、地域によっては、『爆風雲バクフーン』とか『螺旋渦韋駄ラセンカイダ』とか呼ばれたり、定義が微妙に異なることもある。特に、最大風速の部分が微妙に違ったりするわ。あと、気象情報を得る際に注意するべきなのは、『最大風速』と『最大瞬間風速』の違いね。『最大風速』は『十分間の平均風速』で、『最大風速』は『三秒間の平均風速』。後者は数字が極端に大きく出やすいから、数字だけを見るんじゃなくて、どっちの風速を取り上げているのかが大事ってわけ。

 で、このトルネイドがデカくなる、つまり危険になるのは、海上の暖かく湿った空気をどんどん吸収するせい。だから、この暖かく湿った空気を遮断してやれば、トルネイドは発達できない。その手っ取り早い方法として……わたしの震天冷嵐の靴シンデレラ・シューズ右の靴シンデレラの右足のつま先から出る冷凍ビーム、があるわけね。


 あっ、あのあたりが、水蒸気たっぷりで良さげね。


 わたしは滑走をやめ、立ち止まる。

 左足を軸に、右足はピンヒールだけを氷上につけ、ちょいとつま先を斜め上へ向ける。上半身は手持ち無沙汰だから、腕組みでもしておくことにする。あとは、右の靴シンデレラの右足のつま先に意識を集中して、念じるだけ。大臣の指示通り、いつもより、出力高めで。

 

 右のつま先が輝き始める。


 輝きは、青白い光の玉となって、どんどん膨らんでいく。


 よし、これくらいで、十分でしょう。


「いっけぇ! 出力五〇パーセント、冷凍光線れいとうビーム!」  


 つま先から、細い氷の柱が、光線のように勢いよく伸びる。


 それは、空にうっすらとかかった雲を貫く。


 射抜かれた雲は、急激に冷え、即時、鈍色にびいろの分厚い雲を形成する。


 すると変色した雲の隣の雲もまた、色を同様に変え、そのまた隣の雲も追随し、瞬く間に伝播でんぱする。


 ここからは肉眼で見えるはずもないが、冷えて成長した氷の結晶たちが、近くの水蒸気に触れて、結晶の仲間を増やしていくのだ。


 その様子はまるで、水面に垂れた雫による波動が広がりゆくよう。


「決まったわ! 連鎖凍結アイス・スプレッド!!」


 世界は、どす黒い天井に覆われた。 


「降雨まで、三、二、一……」


 コツ、コツと、わたしの体を何かが打つ。


 それは、上下に引き伸ばされた雫のような形にはなってはいない。


 丸い、塊。


「雨じゃなくて、ひょうね。ちょっと冷やし過ぎたかしら?」  


 するとすぐ、ドドドドドド、と、身を殴りつけるような氷の大空襲。


「いててっ!」


 慌てて頭を手で守る、


 なんてしなくても、右の靴シンデレラの右足のつま先を氷上にトン、と突き立て、わたしの身を守るように念じれば……


「出力三パーセント、氷塊創造アイス・ビルドパラソル!!」


 大きな氷のパラソルが、氷の床からニョキニョキと生えてくる。この『氷塊創造アイス・ビルド』、結構色々と応用が利くから、氷祭りに出たら優勝間違いなし。出ないけどね。


 雲間からの月明かり。


 わたしの創造ビルドしたパラソルを打つ音は、次第に激しさを失っていく。


 ひょうあられへ。

 霰はみぞれへ。

 霙は雨へ。

 そして降りむ。


 風も止み、なぎが訪れる。


 トルネイドは、水蒸気を使い切り、温度を失い、もはや上昇気流も起こせなくなった。もう豪雨と防風と雷は起こらないだろう。


 ヤワラカ国の安全は守られた。


〈第四話『二十四時まよなかの震天冷嵐(シンデレラ):震』に続く〉

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