震天冷嵐の靴〜シンデレラ・シューズ〜

加賀倉 創作【ほぼ毎日投稿】

第一話『右足にガラスを、左足にコードバンを』

——真夜中、二十四時〇〇分。


 ピピピ


 音声通信が入った。

東雲しののめ、聞こえるか?」

 声の主は、国防大臣の舞央爽馬まいおそうま

「はい、大臣」

 わたしは、ハキハキと答える。

「今日は忙しいぞ」

「と言いますと?」

「まずは毎度のごとく地震エネルギーの小出し作業。次に豪雨の阻止。それから、領空侵犯りょうくうしんぱんの対応だな」

 舞央まいお大臣は、淡々と任務内容を列挙する。

「なるほど、盛りだくさんですね。では、詳細をお願いします」

「地震エネルギーの小出し作業だが、座標は、南緯三五度四〇分三三・二秒、西経一三九度四四分四一・九秒。人も動物もほとんどいない山の奥地だ。マグニチュードは五・〇程度、震源は四キロから五キロの間で頼みたい」

「承知しました」

左の靴シンデレラの左足の調子はどうだ?」

「万全です」

「そうか。ならよかった。で、豪雨の阻止。地震エネルギー小出し作業が終わり次第、そのまま南西方面の空に向かって、冷凍ビームを放ってくれ。季節風の影響で、大気の流れが速い上に、どこかの誰かのせいで、海上の温かい水蒸気がとてつもない勢いの上昇気流に乗っている。だからいつもよりも、長めの冷却を頼む。なんとしても、雲が列島の上空に達する前に雨になってもらわないと困るんだ」

僭越せんえつながらお尋ねしたいのですが、舞央まいお大臣。何か、込み入った事情がおありで?」

「ああ、それを聞かれてしまったか」

 なんだなんだ。

「も、申し訳ございません。無理に深掘りするつもりはありませんので」

「いや、この際言ってしまおう。実は明日、息子が観戦を楽しみにしているサッカーの試合があってだな……」

 はぁ。また、あのですか。この心の声、聞かれたらまずいな。

「なるほど、聞かなかったことにします」

「お気遣いどうも。で、右の靴シンデレラの右足の調子は?」

「この上なく快調です」

 そうですとも。空をあんたの息子だと思って、ビームをぶっ放してやりますよっと。

「そうか、それはよかった。ならその足でそのまま、国際法違反の連中にも一泡ひとあわ吹かせてやってほしい。今、我がヤワラカ国にヨンマル連邦の空軍機が接近中だ。十中八九、そのまま我が国の領空を侵すつもりだろう。さっきの座標から北東に五キロほど行ったところで待機してくれ。奴らが見えたら、冷凍ビームで威嚇。くれぐれも、撃墜はするなよ? やりすぎちゃいかん」

「承知しました」

「重々承知しているとは思うが、もはや価値観と文化によるソフト・パワー外交では、血気盛んな海外諸国を抑えきれない。かと言って戦争になるのもごめんだから、毎度君にこんなことを頼んでいるわけだが……とにかく、ヤワラカ国の国防は東雲しののめ、君の腕にかかっている……いや、にかかっているといった方が、正しいか」

「はい。理解しています」

「そうだ、東雲……」

「はい?」

「いつも息子が、迷惑をかけてすまない……」

「あ、はい。別に、全然。ええ、どうってことはないです」

 うわぁ、明らかに動揺したなぁ、わたし。

「そ、そうか。じゃあ……今日は仕事が多いが、よろしく」

「はい……」


 プツゥン


 通信が切れると、わたしは戦闘用の衣装バトルスーツに着替えに取り掛かる。まぁ、着替えるって言っても、実際必要なのは、を履き替えることくらいなんだけどね。服の方は、気分というか、体裁というか、とにかく形式上着ているだけで、深い意味はない。

 大きなクローゼット。中には、全く同じ見た目の衣装がずらり。涼しげな、氷色こおりいろのドレスだ。右端の一着を手に取り、慣れた手つきで、さっと着る。年齢は……気にしてはいけない。姿見すがたみの前に立ち、衣装に不具合がないかの確認を済ませると、玄関へ向かう。


 三和土たたきに鎮座する、左右非対称アシンメトリーの一足。

 

 右はガラス製。

 左は馬の臀部の革コードバン製。


 共に、急勾配きゅうこうばい、細めのピンヒール。シンデレラだからサイズは二十二センチ以下……なんてことはない。なんなら二十六センチもある。しかもあの大臣のと同じサイズ。最悪だ。


 左足、右足の順で、素足を入れる。

 地面に向け、左のつま先をトントン。

 意地でも手を使いたくない横着者おうちゃくもの

 次いで右のつま先をトントン。

 

 キィーン! ピキピキピキ……


 体が五〇センチメートルほど、上昇するのを感じる。


「ああっ!!」 

 

 うわぁ……またしくじった。

 右足のガラスの靴は、つま先から、よくわたしの体重を支えられるなぁ、と思うほどに細い氷の柱を伸ばし、三和土たたき分厚く凍結アイスコーティングしている。気を抜いたら、こうなる時がある。まぁ、溶けたらただの水だし、いっか。そしてわたしは右膝を軽く曲げてから、左足に意識を集中させ、コードバン革靴のを最低レベルに落として、氷の柱に向かってインサイドキックを放つ。


 パキン! バラバラバラ……


 氷は砕け落ち、わたしは無事着地する。


「ふうぅ……」

 いい加減、この『震天冷嵐の靴シンデレラ・シューズ』の扱いに慣れろよな、わたし。何年目だっての。


 右足のガラス製の靴は冷却機能を備えている。これで地面を凍らせて、アイススケートの要領で滑走する。ちなみに滑走時は、右のガラス製の靴で片足立ち。左の靴は摩擦係数が高いからね。おかげでバランス感覚と右のふくらはぎが鍛えられた。

 左足のコードバン革靴の特徴はパルス機能。氷の上を滑る時は、これで、凍っていない地面を、出力を控えめの一馬力いちばりき程度で蹴る。ちなみに一馬力は、一秒間に七十五キログラムの物体を一メートル動かす仕事量を表すが、わたしの体はさすがにそんなに重くないので、動くのは一メートルどころではない。

 そういうわけで、これら二種の靴の能力で移動が極めて楽になる、というのは……まだ序の口だけどね。


 さぁ、夜勤と行きましょうか。


 わたしは玄関を出ると、暗闇の中、氷上をフィギュアスケート選手のように華麗に舞いながら、舞央まいお大臣に指示された通りの座標を目指した。


〈第二話『お天気おねいさん東雲しののめゆらら』に続く〉

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