出店準備

「うん! こんな感じかな? 詩乃ちゃんの詩集マーケット、やっと完成したね!」


「う、うん。手伝ってくれてありがとう美麻里ちゃん」


 放課後の夕方、多目的教室の一室で、私と詩乃ちゃんは飾り付けを終えた。

うん、1日しか時間なかったけど、けっこういい感じにできてる!


「あっ、そういえば私、詩乃ちゃんの詩集見てないや。見てもいい?」


「えっ、でも……」


「いいじゃんいいじゃん! 明日になったらたくさんの人が詩乃ちゃんの詩を見るんだからさ。そろそろ私に詩を見せてくれたっていいでしょ?」


「う、うん。じゃあ……」


 詩乃ちゃんは恥ずかしそうに机に積み上げられた詩集の一冊を取る。

私はそれを受け取って最初のページを開いた。



*****



◎灰景色


 僕はずっと砂嵐の中にいた。

生温い風とともに去る人の群れが、僕を残して雑踏を通りすぎてゆく。

隣り合って鳴り響く歩調。笑い合ってはしゃぐ声。

そんな当たり前にある景色から、僕は遠く離れていた。


 目の前に広がる世界はいつも眩しくて、僕はその光の中に駆け寄ろうとした。

だけど僕の心は不器用で、臆病で、いつも足がもつれてしまう。

立ち止まる度に、光は遠のいた。

何度も砂嵐が吹きすさび、足が重く埋もれてしまう。


 やがて僕は砂まみれの体になった。

手足の動きが蝋人形のように鈍くなり、瞳に映る光さえも灰色になった。

僕は光に手を伸ばすことさえ苦しくなって、次第に薄闇に意識を預けてしまう。


 だけど、僕の手を引く温もりがあった。

蛍火のような仄かな光が、僕の瞼に差し込んだ。

眩しくて、眩しくて、目を覆いたくなる。

だけど僕は、勇気を出して瞳をこじ開けた。


 ああ、世界は、こんなにも色鮮やかだったんだ。

 ああ、貴女は、こんなにも綺麗だったんだ。


 砂嵐が、蜃気楼のように晴れて消えてゆく。

貴女という光が、僕を灰景色の世界から連れ出してくれたんだ。


 忘れたくない。この瞬間を。

 離したくない。この温もりを。


 貴女と出会えて、本当によかった。



*****



 詩を読み終えた瞬間、私は思わず目が潤んでしまった。

何というか、凄く感情移入できてしまう。

そして興奮した勢いのままに、詩乃ちゃんに振り返った。


「凄い! 凄いよ詩乃ちゃん! すっごく感動した! 私、思わず涙出てきちゃったよ!」


「ほ、ホントっ!?」


 詩乃ちゃんが驚いたような声を上げる。

滲んだ視界が晴れると、詩乃ちゃんがキラキラした瞳で私を見つめ返していた。


「うん! ホントだよ! この詩ならきっとたくさんの人が買ってくれるって!」


「そ、そうかな……えへへ」


 嬉しそうに詩乃ちゃんが笑う。

こんな風にあっけからんと笑う詩乃ちゃんを見たのは初めてだった。


「そ、それは人に読んでもらうことを意識して書いた詩だから、ちょっとわざとらしい言葉遣いとかもあったんだ。……普段、お世話になってる人に向けて書いた詩」


「あれっ? そうなの? お世話になってる人って?」


「……そ、それはちょっと、秘密……」


「ええ~、教えてよぉ。詩乃ちゃんってやっぱり照れ屋さんなとこあるよね」


 私は少しむくれながら持っていた詩集を机に戻す。

私の不満げな様子を見て取ると、詩乃ちゃんは踵を返すように話題をかえた。


「あ、ああ、あとね。前の学校のクラスメイトも文化祭の日に来るんだ。その子とはあんまり喋ったことがなかったんだけど、転校してからちょくちょくメッセージもらってて。その子、クラスでも可愛くて人気者なんだ」


「あっ、そうなの?」


「うん。今日も『転校してから調子どう?』って聞いてきたから『最近はけっこう楽しい』って答えた」


「……ふ~ん、そうなんだ」


 詩乃ちゃんはニコニコしながらどこか懐かしんだ眼差しで語る。

そのクラスメイトのことを自慢しているような感じだった。



 キーンコーンカーンコーン



 学校のチャイムの音が鳴る。

時計をチラリと見ると、ちょうど午後5時00分になっていた。


「あっ、そろそろ打ち合せの時間だから行くね。明日はごめんだけど、実行委員の仕事が忙しいから詩乃ちゃんのお店いけないんだ。文化祭が終わった時間にまた寄りに行くから」


「えっ? そ、そうなの……」


「うん、ごめんね。詩集の販売頑張ってね!」

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