交流
「おはよう! 詩乃ちゃん」
「お、おはよう……高見戸さん」
翌朝教室に登校し、私が詩乃ちゃんを見つけて挨拶すると、小さな返事がかえってきた。相変わらず大人しい感じの子だ。ふと視線を下ろすと、詩乃ちゃんの机の上にはノートが広がっている。
「あれ? それ、また詩を書いてるの?」
「う、うん……そうだけど?」
「見せて!」
「い、いやだよっ! 見せない!」
詩乃ちゃんは慌ててノートを閉じる。
やっぱり激しく拒否された。う~ん、残念。気になるのに……。
私は気を取り直して話題を変える。
「そういえばさ、詩乃ちゃんは何で日之影高校に転校してきたの? やっぱり家の用事とか?」
「う、うん……まぁ、そんなところ」
「ふ~ん、そっかぁ。詩乃ちゃんの家族ってどんな感じの人?」
「そ、それは……」
途端に詩乃ちゃんが言い淀む。
あれ? 何か聞いちゃまずかったかな?
「そ、そういう高見戸さんはどうなの? 家族の人……」
「ああ~私? 私は別に普通だよ。お父さんとお母さんと私の三人暮らしで、共働きでちょっと夜遅くて。まぁ、晩ご飯は一緒に取るようにしてるんだけど」
「そ、そう……仲、いいんだね」
「普通だと思うよ。ごく平均的な家族」
しばらく沈黙。
自分から尋ねてきたのに、詩乃ちゃんは次の質問を返してこない。
どうやら詩乃ちゃんはこれ以上この話題に触れたくないって感じだった。
「……ああそうそう。私いま文化祭の実行委員やってるんだけどさぁ、詩乃ちゃんは何か文化祭でやりたいこととかない? いま出し物を募集中でさぁ」
「べ、別にないよ……。私、引っ越してきたばっかりだし。特には……」
「ええ~!? もったいなくない? せっかくの文化祭なんだよ? 何かやったほうがいいって!」
私はぐいぐいと誘ってみる。けれど詩乃ちゃんは気まずそうに視線を逸らすだけで、スンとも反応しなかった。
「あっ、そうだ! 詩乃ちゃんって詩を書いてるじゃん? 詩集とか出してみたらいいんじゃない?」
「!!」
私が切り出すと、詩乃ちゃんは目を丸くして私を見つめる。けれどすぐに顔を伏せて頬を赤らめた。
「ぜ、絶対いやっ! ……私の詩なんて見たら、みんなに引かれるから」
「ええ~、そんなことないよ。みんな喜んでくれるって」
詩乃ちゃんはやっぱり頑なに詩を見せることを拒む。けれどそんな風に隠そうとすればするほど、かえって私の興味がそそられた。
「ねぇ、詩乃ちゃん。詩乃ちゃんは詩を書くのが好きなんだよね?」
「う、うん……まぁ、そうだけど」
「どうして好きなの?」
「そ、それは自分がその世界の神様になれるような気がするから」
「?」
私が疑問符を浮かべていると、詩乃ちゃんはふいに表情を和らげる。
「なんというか、こんな孤立した世界でも、詩を書けば自分の存在を確かに感じ取ることができるんだ。心が満たされるっていうのかな? 例え現実の世界がどうなっていようと、詩の世界でなら自由でいられる。私のがんじがらめな凍てついた心も溶かすことができるような気がするんだ」
詩乃ちゃんはいきなり早口で捲し立て、目をキラキラと輝かせる。
そんな彼女の急変した態度を見て、私は少し面喰らってしまった。
「……え~と、要するに詩乃ちゃんは詩を書くのが大好きってこと?」
「あっ、うん……あ、あの、こんなこと一方的にべらべら喋っちゃって……引いた?」
詩乃ちゃんはそこで恥ずかしがる様子を見せ、さっきまでの得意げな顔を引っこめる。
そんなコロコロとテンションが変わる詩乃ちゃんを見て、私は笑って答えた。
「引いてなんかないよ! 私もなんとなくだけど詩乃ちゃんの気持ちわかる。そういう自分だけの世界を持ってるって素敵なことだと思うよ」
「ほ、ホント!」
「うんうん、ホントホント!」
「…………」
詩乃ちゃんはまた頬を赤らめる。けれど口元は微かに緩んでいるような気がした。そして詩乃ちゃんは机に置いてあったノートを手に取り、ぎゅっと握りしめる。
「あ、あの、た、高見戸さんっ!」
「ん? なに?」
「……えっと、そのぅ」
キーンコーンカーンコーン
その時、チャイムの音が鳴った。
見上げると、時計はちょうど8時30分を指している
「あっ! そろそろホームルームの時間だ! じゃあ私席に戻るね。また昼休み話そうね!」
「あっ、えっと……うん……」
詩乃ちゃんが顔を伏せて返事する。けれどどこか物足りなさそうな雰囲気だった。
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