第2話 奴隷の少女 2


 お屋敷には二人の男の子と二人の女の子がいた。一番年下の女の子はミヌーと同じ位の年恰好に見えた。きれいな服を着ているものの、コロコロと太った体が服をはち切れんばかりに膨らませている様子はなんとも滑稽だった。

 その子はお屋敷の窓からミヌー達が中庭で働く様子をじっと眺めているのだった。姉さん達はその子と決して目を合わせないように下を向き、せっせと食器洗いや洗濯に励んでいる。しかしミヌーはすぐその子のそばに近付き、ふざけたポーズを取ったり踊ったりして見せた。踊りは辻で物乞い芸人達がやっていたものの真似だった。腰をくねらせ尻が見える程服をたくし上げクルクル回るのを、お屋敷の女の子はぽかんと口を開けて眺めていた。そんな事を、ミヌーは姉達に見つかって止められるまで何度も何度も繰り返した。

 やがてミヌーはお屋敷の女の子と言葉を交わすようになった。いくらか愚鈍に見えるその女の子は、ミヌーのいつまでも尽きぬお喋りを、ただただ感心したように聞き入っていた。

(まるでウシガエルみたいな子!)

 ミヌーはそう思い内心おかしかった。と同時に、自分はかなり頭がいいのかもしれない、と思うようになっていた。というのも、ほんのちょっと聞きかじった事や目にした事を人に面白おかしく人に語る事が出来たからだ。例えば大人の男と女が夜になると筵の上に横になってどんな事をしているか、といった事だ。ミヌーが日々小さな掘っ立て小屋の中で目にしている事を、大きなお屋敷に住む女の子は知らないのだ。聞きながら女の子の目がだんだん丸くなっていくのが、ミヌーには愉快でたまらなかった。

「ねえ、今日あたし、あんたにとっておきの話してあげる。でもその前に、あれくれる?」

 そう言うと女の子は決まって服のどこかから甘いお菓子を出してくれた。きれいな模様の付いた手鏡や耳飾りをくれる事もあった。

「これ、他の人に知られたら大変な事になるから、絶対話しちゃだめよ」

 ミヌーは思わせぶりに、女の子の耳元にぴったり口を近付け、こしょこしょと話した。

「この前あんたの母さんを見たけど、間違い無い。あの人は悪魔に憑りつかれてるわ。夜になって月明かりを浴びた瞬間、背中から真っ黒な翼が生えるの。それで森へ飛んで行って、妖怪達と一緒に裸で踊り明かすのよ」

 こんなたわいもない作り話も、お屋敷の女の子はすっかり信じてしまったようだった。

「それから今日は特別よ。凄いもの見せてあげる!」

 ミヌーはそう言って、女の子の前で小さな弟を抱え上げ、サッと腰巻を取って生えたばかりのきのこのような陰部を見せた。

「大人の男と女が一緒になると、こういう事するのよ」

 ミヌーはそう言って弟を地面に寝かせ、しばらく幼い子の陰部を両手でいじくったかと思うと口に咥えた。

 そんな風にしてミヌーがせっかくお屋敷の女の子から戦利品を手にしても、その場ですぐ腹に入れられる菓子以外は父さんや母さんに見つかり次第取り上げられ、散々折檻させられるのが関の山だった。

それでもミヌーはお屋敷の女の子をからかうのを止められなかった。ミヌーの話を聞く彼女のあんぐりと大きく開かれた口やまんまるな目玉を見るのは、きつい仕事の日々の中で何よりの楽しみになっていた。

 それからしばらくするうちに、お屋敷少しおつむの弱そうな女の子だけでなく、「旦那様」まで中庭に姿を見せるようになった。ミヌーが初めて旦那様に気付いたのは、ちょうど女の子の前で服をたくし上げて腰を揺らして踊っている時だった。

(叱られる!)

 そう思ったミヌーは、慌てて身を翻して姉達が仕事をしている場を離れた。

 翌日、再び旦那様が中庭に姿を現した。女の子はおらず、旦那様一人だった。ミヌーは旦那様と目が合った瞬間、今度は逃げる事も出来ず全身が痺れたように立ち尽くした。旦那様はミヌーに向かって手招きしている。

(今度こそぶたれる!)

 しかし旦那様の言う事は絶対だ。旦那様が来いと言うならそれに従わなければならない。ミヌーの体は、紐に引かれる凧のように、中庭に面した扉からお屋敷の中へと引き寄せられていた。

 中に入ってすぐの所に、水の入った金色の盥が置いてあり、そこで足をすすぐよう言われた。すすいだ足の裏で触れた床板はかつてお屋敷に入り込んだ時以上にひんやりと涼しく滑らかに感じられ、

(これが金持ちの感触なんだ)

とミヌーは思った。

「怖がる事は無いんだよ」

 そう言う旦那様の声は叱るような調子ではなく、むしろ優しかった。しかしミヌーの緊張は解けなかった。

「君は外で暑い思いをして仕事をする事は無い。ここでゆっくり過ごして、美味しい物でも食べて行きなさい」

 旦那様は自分の腰かけている白い布を敷いた台の横を叩き、そこに座るようミヌーを促した。

 その後、ミヌーが経験した事は実に奇妙なものだった。旦那様がミヌーの肩から首、胸、腹とゆっくりと撫で始めたのだ。それはまるで気持ち悪い虫が全身を這い回っているかのようだった。さらに旦那様はミヌーの股の間に柔らかい部分をギュウギュウと揉み始めた。叩かれるのではないから、痛くはなかった。けれどもひたすら気持ち悪かった。ミヌーは息を止めてひたすら時間が過ぎるのを待った。

 どれ程時間がたっただろうか。ようやく旦那様の手が離れ、風が体を撫でるのを感じた瞬間、ミヌーは全身を縛っていた紐がばらばらに解けた感じがした。

「これを食べなさい」

 旦那様は、果物や菓子を載せた皿をミヌーの横に置いた。ミヌーは無我夢中でそれらを口にしたが、皿に乗った半分も入らなかった。目の前に食べ物があるのにお腹いっぱいで手が止まる、などというのは生まれて初めての経験だった。

「持って帰っていい?」

 ミヌーが尋ねると、旦那様は首を振った。

「誰にも言ってはいけない。これは私との間の秘密だ」

 旦那様との間に秘密が出来た……この事は、ミヌーの心に微かな興奮と同時に不安を呼び起こした。

 次の日も、またその次の日も、ミヌーは旦那様に呼ばれた。中庭に面した扉からお屋敷の中に入る時、姉さん達とチラリと目が合う事もあったが、彼女達は暗い表情のまま俯くばかりだった。

(姉さん達じゃなくてあたしが選ばれたんだ!)

 ミヌーはそう思った。お屋敷の中で旦那様から受ける行為は奇妙だったし少しも楽しくなかった。しかし暑い外でくたくたになりながら働かなくてすむし、美味しい物を食べる事が出来る、だから自分はついている、と思った。

 しかし数日の後、ミヌーの尻の穴に旦那様の指が差し込まれ掻き回された時、悲鳴を上げるのを抑える事が出来なかった。その翌日にはとうとう、ミヌーは台の上で服を脱がされた。旦那様は横たわったミヌーの目の前で着物を脱いで四つん這いになり、自分の男根を振って見せた。ミヌーは台に釘付けにされたような気がした。

(これをお尻の穴に入れられるんだわ!)

 そして実際にそれをされた直後、ミヌーは失神していた。しかしそれからしばらくして気が付いた時には、ミヌーの横には菓子や果物の他に、串に刺して焼いた肉が置かれていた。ミヌーが肉を口にするのはその時が初めてだった。肉汁が喉を広げながら滴り落ちてゆく瞬間、全身に力が漲るように感じられた。

(すごく痛かった……! でもこんな美味しい物を食べられるんだから、頑張らなくちゃ)

ミヌーはそんな風に思うのだった。

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