写真だけで人探しは無茶ですよ

「いつもすまないねぇ」



 年配の男性、常連客の平蔵さんを乗せて、病院に向かう途中の車内。彼の顔には少し疲れが見え、背筋もやや丸まっているが、目はどこか穏やかで、それでも力強いものを持っている。私は平蔵さんの話を聞きながら、ハンドルを握る。



「そういやぁ、あんたは謎解きが得意だったな」



 その声には、いつもの軽い冗談のような響きが含まれていたが、どこか真剣さも滲んでいた。私は微笑んで、視線を前に戻す。



「まあ、少しは」



 謙遜のつもりでそう答えたが、平蔵さんは軽く笑いながら首を振った。



「謙遜しなさんな。実はね、相談事があって。聞いてくれんかね」



 普段は軽口を叩く平蔵さんの口調が、どこか重く感じられた。そのためか、いつもなら何気なく交わす会話も、今日は少し違う雰囲気を帯びている気がする。常連の頼みごとを断るような性分ではない私は、即座にメーターを切り、後部座席に向き直る。



「それで、どんな内容ですか?」


 

 車内の静けさが一瞬、二人の間に漂う。窓の外を流れる景色はいつもと変わらないが、平蔵さんの表情には、普段の柔和さの中に深刻なものが混じっていた。



「実はな、ずっと手紙をやり取りしていた女性の友人が『実家に帰る』とよこしたっきり、音信不通になってね。手紙にはどこへ帰るか明言がなくて」



 その言葉に、私は少し考え込んだ。音信不通というのは、確かに心配な状況だ。



「それじゃあ、いくらなんでも無茶苦茶ですよ。私は千里眼の持ち主ではないですから」



 冗談めかして言ってみたが、平蔵さんの真剣な顔つきに、私の言葉は空振りに終わったようだった。平蔵さんは軽くため息をつき、少し気まずそうに目を伏せた。



「そりゃあ分かっとる。いくつか手掛かりになりそうな写真があって……」



 そう言って、平蔵さんは静かに膝の上に広げた。彼が見せてくれたのは、数枚の古びた写真。そこには小さいころの友人の姿が映っていた。私は写真に目をやるが、情報が乏しすぎる。これだけでは、推理も何もあったものではない。



「残念だが、これだけなんだ」



 平蔵さんは申し訳なさそうに呟いた。私はその言葉に頷き、写真を手に取る。



「何か手掛かりがないか、一枚ずつ確認してみましょう」



 私は慎重に一枚の写真を選び出した。それはひな祭りの時期に撮影されたもののようで、女性がひな壇の前に座っていた。飾られたお雛様の配置がふと気になり、私はあることに思い至った。



「平蔵さん、このお雛様は向かって右がお殿様ですね。つまり、彼女は関西生まれの可能性が高いです」



 平蔵さんは驚いたように眉を上げた。



「ちょっと待った。どうしてそうなる?」



 そう言われて、いきなり結論を言ったことに謝りつつ補足した。



「京都周辺は伝統が深くて、左上位を意識して配置されています。この写真、お殿様が向かって右ですから、関西方面の人だと考えました」



 平蔵さんは目を細め、写真をもう一度見返す。



「お、いいぞ。その調子だ」



 その言葉に、私は少しホッとし、次の写真に手を伸ばした。



「次の写真を見てみましょう。この旗、ちょっと気になったんですが、見覚えがあります。実は、奈良県の一部の学校では、運動会や学校行事で伝統的な『二十四節気旗』を使うことがあるんです。この旗は、古代からの季節の変わり目を象徴するもので、地域によっては祭りや行事でよく見かけるんですよ」



 その説明に平蔵さんは目を細め、真剣に旗を見つめた。



「そうか、確かにこの旗のデザインは少し見慣れないな。そんな旗を使う学校があるんだね」



 私はさらに説明を続けた。



「奈良県は歴史的な背景が深い地域なので、こういった伝統的な旗を学校行事に取り入れているところもあります。あとは、この背景に見える地形――これは、奈良盆地の平地に多い独特な山並みだと思います。特に、明日香村周辺にはこんな感じの風景が多いんですよ」



 その言葉に平蔵さんは頷きながらも、まだ疑念を抱いている様子だった。



「なるほど。奈良の可能性は高いのかもしれんが、もう少し確実なものが欲しいね。他に手掛かりがないか?」



 私は次の写真を取り上げる。今度は彼女が成人した後に撮られた写真で、背景には何か特徴的な建物が映り込んでいた。瓦屋根に木造の建築様式――私は少し考え込み、その形状を頭の中で組み立てていった。



「この建物、どこかで見たことがあるんですが……。そうだ、この瓦屋根、そして木造の細工。これは奈良の古民家に特徴的な建築様式かもしれません」



 平蔵さんは驚いた表情を浮かべた。



「古民家?」



「ええ、特に奈良や京都の古い町並みでよく見かけるんですが、この細かい木彫りの装飾や、屋根の形は奈良時代の建築スタイルを模したものが多いんです。おそらく彼女がいる場所は、奈良県内の伝統的な集落、たとえば今井町や飛鳥地域といった場所かもしれません」



 その説明に平蔵さんは軽く頷いたが、さらに思案顔になった。



「ほう、そんなところまで分かるのか。確かに、彼女は歴史好きだったから、そういった古い町に住んでいた可能性はあるな」



 さらに、私は写真の中にもう一つ手掛かりを見つけた。小さな手紙の切れ端が写真の片隅に写り込んでおり、そこには「○○薬師寺」と書かれていた。



「これは……薬師寺ですね。奈良には有名な薬師寺がありますが、こういった名前の薬師寺は他の地域にも点在しています。けれど、奈良の薬師寺は特に観光地としても有名なので、もしかすると彼女の住まいはその周辺かもしれません」



 その言葉を聞いて、平蔵さんはさらに深く頷いた。



「薬師寺か……そう言えば、彼女が以前、『お寺巡りが好き』だと言っていたな。奈良の薬師寺周辺に実家がある可能性が高そうだ」



 こうして、私たちは写真やわずかな手掛かりをもとに、彼女の実家が奈良県にある可能性を絞り込んでいった。薬師寺周辺が有力な候補となり、平蔵さんの表情には一筋の希望が灯っていた。



「よし、これでだいぶ絞り込めた。ありがとうな。また今度、奈良に行ってみることにするよ」



「お役に立てて何よりです。うまく彼女の居場所が見つかるといいですね」



 平蔵さんは満足げに頷き、タクシーは再び静かに病院へ向けて走り出した。車内には、これまでとは少し違う、軽やかな雰囲気が流れていた。

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