賞味期限付きの本
タクシーの車内で、女子学生が少し困ったような表情を浮かべながら話し始めた。彼女の手には一冊の本があり、その本をじっと見つめている。後部座席に座った彼女は、何か気になることがあるようだった。
「運転手さん、本に賞味期限なんてありませんよね?」と、彼女は唐突に問いかけてきた。
私は少し驚きながらも、冷静に答えた。
「いいえ、本には賞味期限なんてありませんよ」
彼女はほっとしたように続けた。
「それが、付き合っている男の子から本をもらったんですが、賞味期限付きだ、と言われて困っているんです。まあ、もらった本が梶木元次郎の『檸檬』だからかもしれませんが」
「『檸檬』ですか」私は懐かしい記憶をたどりながら言った。
「確か、国語の教科書に載っていたような気がします。それにしても、賞味期限付きというのは、ちょっと意地悪な気がしますね」
窓の外を見ると、ホワイトデーが近づいているせいか、チョコレートに関するのぼりが目立ち始めていた。そういえば、この季節は何かと「甘い」話題が多くなるものだ。
「その問題の本はこれなんですけれど」
彼女が手に持っていた本をミラー越しに確認するうちに、ふと、車内に柑橘系の匂いを感じ取った。これも『檸檬』の影響かもしれない。
「その本、酸っぱい匂いがしますね。彼氏さんは、香水などを使う人ですか?」と私は訊ねてみた。
女子学生は首を横に振った。「いいえ、彼は香水は使いません」
それでは、この匂いは一体何なのだろうと考えながら、彼女がポケットから取り出した紙を見せてくれるのを待った。彼女が紙を広げながら、「これが挟まっていたんです」と言った。
「読んでみますね」と私はその紙を受け取り、目を通し始めた。
「『あたためておいしくクッキーいただいて』」
「『いぶすのもありらしいよ最近は』」
「『てをにぎり伝わってくる温もりが』」
「ね、謎でしょ?彼にしては出来が悪いし、空行があるし……」と彼女は疑問の表情を浮かべた。
手紙の内容には、温める言葉が並んでいたが、これが一体どういう意味なのか一つの考えが頭に浮かんだ。
「もしかすると、これは炙り出しのメッセージかもしれませんね」私は提案した。
「家に帰ってからロウソクであぶってみると、隠れたメッセージが浮かび上がるかもしれませんよ」
彼女は興味深そうにうなずき、「炙り出しですか。試してみます。結果を伝えたいので、連絡先を教えてください」と言った。
数日後、彼女からメールが届いた。そこには、こう書かれていた。
「炙り出したら、川柳の間に文字が現れて、縦読みすると『あいしてる』とでした!」と。
そのメールを読みながら、私は微笑んだ。タクシーの中での小さな謎解きが、彼女にとっての幸せなサプライズにつながったことを嬉しく思った。車の窓から外を眺めると、春の陽気が少しずつ街に広がり、これからの季節がまた一つ新たな物語を運んでくる予感がした。
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