第29話

重苦しい空気。それは錯覚などではなくエルフの女王から放たれる圧によるもの。レオンが他者を多用する時に使用する高密度の魔力により圧ではなく、何か得体のしれない重く苦しいプレッシャーだ。例えレオンにとってそれを浴びるが二度目だったとしても、首筋に感じる死の圧は体中から嫌な汗を発するのに十分過ぎる者だった


「我が息子が申さなければ貴様ら人間にそのような機会は与えなかったであろう。しかし……貴殿と相まみえてようやく余の愚息がこの場を取りなした理由が理解できた。しかし、貴殿の隣にあるその汚物はなんだ?」

「………」


汚物………それが自身のことだとナターリリアは理解する。女王から放たれるプレッシャーによって反論することも許されず、ただ恐怖に怯えながらそこにいることしかできない。本来その場にいるだけで気を失ってもおかしくないはずなのに何故自分は今も尚意識を保っていられるのか。それはレオンが保護用にとナターリリアに施したほごよう魔力被膜のおかげだった。


「この者が今回、女王陛下に理由です。」

「なんだと?」

「この者の実の母親が魔穴不全を引き起こし、魔力欠乏症に陥っています。すでに臓器にまでその影響を及ぼし余命半年と宣告されています。これを治療するためには陛下のお知恵が必要なのです。」


そう。レオンがわざわざエルフの国に赴き、女王との謁見などという面倒くさいことをしたのか。それは女王が所持する一冊の書物が理由なのである。

それはこの世界に関することが全て書き記されており、知らないことなど存在しないとされている。万能の書。レオンはその中には魔穴不全を治す。もしくは症状を和らげる手段が書き記されていると考えたのである


「………思いあがるな、人間。余が貴殿の願いを聞き入れる道理があるとでも?」

「いいえ、あります。陛下にはその理由があるはずです。」


そう言ってレオンはさらに放出する魔力の量を増やす。


「今のエルフ国にはこの無限の魔力はとても魅力的なはずです。」

「何故そう思うのだ」

「世界樹ユグドラシル」

「「ッ!」」


ユグドラシル


ソレを聞いた女王。そして、女王が鎮座する玉座の横に立つアレスが動揺する


「エルフにとっての守り神である世界樹ユグドラシルの現状を打開。それが陛下への対価です。 これは等価なりえませんか?」

「………貴様。どこでソレを」

「生憎とソレにお答えすることは出来かねます。それで、どうなさいますか?」


今この場において有利と呼べるのはレオンである。

世界樹ユグドラシル現在の樹齢は世界の創造から今日にいたるまでの年月と同等。そして、今ユグドラシルは生まれ変わろうとしている。ユグドラシルが生まれ変わる時。同時にエルフの力は十分の一にまで減少し、国を守る方向感覚を狂わし人間を寄せ付けない迷いの森はその機能を停止させる。そうすると起きることが一つ。侵略である。今はこの森があるからこそ人間も魔族も獣人すらエルフに危害を加えることはできない。しかし、ユグドラシルが生まれ変わり幼い苗木になってしまえばエルフは抗う術をうしない、そうそうに淘汰されてしまうのだ。そして、その解決方法は二つ。一つは長い年月を掛け苗木が成長し、エルフを守護出来るようになるまでを待つか。


「俺の無限の魔力で成長を促進させ一気に元のユグドラシルと同等にする。これが俺のカードです。どうですか?」

「もし、それを拒否したら?」

「その時はこうするだけです『集え』」


その瞬間エルフの国だけではなく森を含む全ての空を帯電した雲が覆いつくす


「これで陛下とそこの王子以外のこの地に生きるエルフを一回拒否するごとに十人殺していきます」

「クッ………人間如きが、まるで悪魔ではないか。」


その目には何が映るのか。女王の瞳にはレオンという存在が人間の皮を被った悪魔か何かのように見えているのだろう。


「俺は俺の守りたいものだけ守れればいいんです。その為ならなんだってしますよ。例えそれがエルフの抹殺でも魔族の王。魔王の討伐だったとしても」


レオンは静かに魔纏を展開する。


「チッ、人間の手を借りるのは癪だがいいだろう。我が国の存続の為ならば余は汚泥でも喜んで被ろう」

「それは重畳です。では、さっそく魔穴不全の治癒法を教えてください」

「……いや、その治癒術は余にしかできぬ。余が直々にその者を治してやろう」

「わかりました。ではその前にそのプレッシャーを解いていただけませんか?病人は一般人です。これをまともに浴びればただでは済みません」

「ふむ……そうであるか。いいだろう。」


そう言うと部屋全体に振り巻かれていたプレッシャーがピタリと止み、交渉中ピクリとも微動だにしなかったナターリリアの顔に生気が戻る。


「…………」

「おい、ナターリリアッ!」

「―ッ!は、はい!」


プレッシャーの所為で放心状態だったナターリリアはレオンの一言でこちらに引き戻される


「はぁ、交渉は終わった。さっさと空間を開けろ。お前の母親を運ぶ。」

「はいッ!わかりました‼」


ナターリリアは満面の笑みで母親が居る部屋の前へ空間を繋げる。

ちなみに何故直接部屋の中に空間を繋げないのかというとレオンの多量の魔力によって天啓が阻害され繋げないのである。

つまり『やらない』のではなく『できない』というのが正しい。




「つ、連れてきました。」


ナターリリアによって魔導車いすで運ばれてきたライカは出会った時とは見違えるほど体調がよくなっていた。しかし、それはレオンがため込んだ魔力の貯蔵庫で漏出する以上の速度で吸収させているに過ぎない。


「さぁ、約束通り直していただきます。女王陛下」

「いいだろう……」


ライカを女王の下へ連れていく。

瞬間。何かを唱え始めたと思ったら周辺一帯に数重にも及ぶ赤・青・黄・緑・紫の五色の光玉が現れ、ライカと女王を取り囲むように飛び回る。さらに数秒後、その周りに幾重ものエルフ文字が折り重なって二人を包み込みもはや二人が見えなくなってしまう。

気が遠くなるような緻密な魔力操作と膨大な魔力消費。そして、五色の光玉は恐らく五つの基本属性である火・水・地・風・雷の精霊だろう。これらの使役は全ての属性に高い適性を持っているから出来る芸当だろう。


レオンは幾重にもエルフ文字が折り重なり続けるそれを眼前に深く考察する。

時間にして五分。膨大に膨れ上がったそれは時間が停止したかのようにその動きを止める。レオンとナターリリアが見守る中それは徐々に崩壊を始める。


「終わったみたいだね」


静かにそう告げたのはアレスだった。


「これは成功という事でいいんだな?」

「母様が……歴代でも最も魔法というものに精通し、森羅万象を知る女王陛下が失敗なんてありえないでしょ」

「なるほど。たしかにそうだった」


そんな無駄話をしていると女王陛下とライカが姿を現す。


「ッ!」


先ほどからずっとそわそわしているナターリリアにアレスはそっと頷く。それを見るや否やナターリリアはライカの下へ駆け出す。


「お母さんッ!お母さん‼」


嗚咽を吐きながら母を呼ぶその姿はまるで子供の様に感じられた


「約束は果たした。今は気を失っているが数刻で目を覚ますだろう。これでこの女の魔穴不全は完全に根治した。次は貴様の番だ。」

「あぁ、わかっている。次は俺が約束を守る番だ。」

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