救出作戦


丹後の国のとある山奥。ほとんど人が入らないような場所に、似つかわしくない大きな屋敷があった。そこは常に松明の明かりに照らされており、十数人の薄汚れた男たちによって周囲を見張られていた。


そんな屋敷に忍び寄る数人の影。二人の若者を先頭に、馬に乗って入口へと近付く。

彼らこそ八郎と九郎であり、後ろから付いて来るのは忍の仲間たち。さも自分たちは一色家の人間であるように一色家の旗指物を掲げて屋敷へと向かっている。


その一団の一人の所にいきなりカラスが物を落としたかと思うと、何処かへと飛び去っていく。その落とされた小さな紙を読んだ忍が、八郎と九郎の所へと近付く。


「坊達、山の入口を見張っていた八海はっかいから連絡がありやした。どうやら本物の一色家の一団、数十がこちらへと向かっているらしいです」

「本当か!どのぐらいでここへと来る?」

「半刻ほどでくると思いますぜ」


指揮官を任せられている八郎が思案する。予定よりも早い敵の行動に作戦を練り直そうと頭を回す。この作戦が成功するか否かで戦が大きく変わる。

だが、そんな悩みなど知るわけがない九郎が八郎を突っつく。


「なあ、兄ちゃん。何でずっと俯いているんだよ。とっとと屋敷に入ってバーンってなぎ倒して、ササッと拉致するればいいじゃんか!」

「・・・九郎坊は本当に阿呆だな。八郎坊の苦悩ぐらい理解してやりなよ」

「な、何だと!俺は屋敷で兵法を習っているんだ!馬鹿にするな」

「へいへい、どうせ上の空でしょうけど」

「・・・ぶ、武士は強ければいいんだよ!」


弟と忍の大人との掛け合いに苦笑いを浮かべる八郎。しばらく考えを巡らせた後、顔を上げて全員に向けて言葉を発した。


「これから少しだけ予定を変える。僕ら二人で中の対象を保護する。だからそれまで外の奴らの相手をしていてくれ」


全員がコクリと頷いた。


「それじゃあ、行きます!」


八郎の掛け声に合わせて、一斉に馬を屋敷の入口へと走らせる。八郎はその場に留まり、弓をいっぱいに引いた後に放つ。空気中を音もなくきっていき、気付かれることなく門番の喉元に突き刺さる。


「一番乗り!」


大きな声を上げたのは九郎。自前の槍を片手に中へと侵入する。屋敷の庭で見張りをしていた兵士は異常事態に気付いて仲間を呼ぼうと大きな声を出そうとする。だがそれをさせまいと九郎は、懐からくないを取り出して喉元へと投げつける。


喉をやられた兵士は、それでも仲間を呼ぼうとうめき声を出す。が、九郎の槍の刃ですぐに斬られて首が宙を舞う。


「九郎、奥へ行くぞ」


後ろからついてきた八郎が馬から飛び降りて走って屋敷内へと入る。それに続くように九郎も馬から飛び降りる。

屋敷の外の庭では混戦状態となり、僅かな灯火の明かりを頼りに戦いが起きていた。



「なあ、兄ちゃん。あいつらの見た目って、変じゃない?何ていうか、みすぼらしいよ」


九郎の言うとおり、先ほど倒された兵士が着ていた甲冑はところどころが欠けていた。全く手入れされておらず、また見た目もあまり清楚ではない。


「たぶん盗賊だ」

「盗賊!盗賊って、あの!」

「そうだ。無駄口はもうたたくな」


八郎がそう言うと、目の前にいきなり現れた盗賊からの攻撃を刀で受け止めて流す。もう一度刀を返して襲いかかってくるが、それもギリギリで受け止める。しかし、切り傷を負ってしまう。


「何だ、若いくせにやるじゃねえか!まあ、おらが本気出したら簡単にやれるけどな!」

「・・・お前らが守っているお方は何処にいる?」

「くっくっくっ、そんなの教えるわけ無いだろ!」


八郎を襲った盗賊が嫌らしい笑みを浮かべる。ガタイの良い男で、手に持つのは大太刀。胸を大きく開いた着装をしており、その大きな胸筋が威圧をしてくる。


「お前ら、あまり戦経験がないだろ。・・・・そうだな、見た目もいいし、もし投降するなら特別に十貫で売り払ってやるよ」


その言葉に不快感を全開にして顔を歪める八郎。隣にいる九郎に少しキレ気味に命令する。


「九郎、何で槍を持ってきた!室内では必要ない!早く捨てて刀を―――」

「残念だったな、時間切れだ!」


八郎の言葉を遮って盗賊は襲いかかってくる。一歩がデカくすぐに間合いに入りそうになるが二人は後ろへと下がって距離を取る。

初撃をかわされて驚く盗賊だが、すぐに距離を詰めようとまた一歩を出そうとする。が、その前に九郎が動いた。


「行っけぇぇぇ!!!」


持っていた槍を片手で持ち上げて真っ直ぐ、綺麗な線を描いて盗賊へと投げつける。


「はぁ!??―――グハッ、」 ドスッ


いきなりの攻撃を防ぐことも避けることもできなかった盗賊。槍は心臓を貫いて、大男はそのまま絶命、体は地面に音を立てて倒れた。


「ほら、兄ちゃん。槍だって使えるよ!」


無邪気に笑う九郎。あまりの力技に、流石の八郎も呆れてしまう。




目の前の大男を倒した二人は、そのまま奥へ奥へと進んでいく。外から見た以上に広く迷いやすい作り。ただ、途中で捕まえた盗賊を脅して場所を教えてもらうことに成功した。


やっとの思いでたどり着いた部屋。八郎が警戒しながらふすまを開けると、そこには一人の青年が文机の前に座って何かを読んでいた。少し明かりが付いているだけの部屋。その青年と八郎たちとの間には、青年が使うと思われる布団が引かれていた。


一色五郎義忠いっしきごろうよしただ様」

「???おい、何度も言っているが盗賊風情が部屋に入ってくるな!」


後ろを振り返らずに声を荒げる青年。だが、返事が返ってこないことを不思議がって振り返る。


「早く―――!?!?!だ、誰だ、お前ら!」


青い束帯を着装する、背の小さく年齢相応には見えない童顔の青年。見覚えのない八郎と九郎の顔を見て、ビクビクと怯える。


「お前が一色義忠なのか?」

「だ、誰なんだと聞いているんだ!」

「え〜〜っと、いな・・・いなとよ・・・あ、稲富だ!稲富なんちゃらって言う奴に頼まれてお前を助けに来たんだ!」


決め台詞を言ったかのように、ドヤ顔をする九郎。武士=正義、というイメージからか、こういうことに憧れていた九郎を知っている八郎は、少し呆れながら話を続ける。


「急いで逃げましょう。敵の増援が来てしまいます」

「だが、父上は、」

「ご当主様は既に他の者が救いに行っております。ですから、」


「嫌じゃ!予は争いごとに巻き込まれたくない!」


突然、八郎の言葉を遮って義忠はヒステリックに叫ぶ。強い意志と眼差しを持って、二人を睨みつけてくる。体は震えていているが、それを隠すように体全体に力を入れる。

見るからに無理しているのが分かるので、八郎は説得を続ける。


「大丈夫です、お父上は安全です」

「別に予はあんな堕落した父のことを気にしている訳ではない!争いごとが嫌なのじゃ」

「ですが、この丹後を継がれるんですよ。自由に―――」

「それも嫌じゃ!皆権力にしか興味なく、予を鴨のように見てくる。予のせいで家臣たちは分裂して、予の判断一つが民たちを苦しめるかもしれない!そんな重圧など、背負いとうない!だったら、今のような操り人形の方がマシじゃ!」


その反論に八郎は口を噤んでしまう。いくらでも投げ掛ける言葉は思い浮かんでいたが、それが目の前の年上の青年に伝わるわけ無いと分かっている。あくまで八郎たちは下っ端でしかなく、義忠はいずれ守護になるような雲の上の人。もし、その心を読めるのだとしたら、それは八郎が知る限り孫犬丸だけだ。


「稲富に伝えておけ。予は今に満足しているから関わってくるなと。分かったらさっさと―――」


「バチッン」


唐突に九郎の右手の平が義忠の右頬を襲い、乾いた音が部屋に響く。叩かれた義忠も、横で説得する言葉を探していた八郎も呆然と九郎を見る。

先に叫んだのは義忠だった。


「か、仮にも予は次期守護だぞ!親にもぶたれたことないのに、貴様のような―――」


「バチッン」


今度は左頬を叩かれる義忠は、唖然とした表情をしながら九郎を睨みつける。静止しようとした八郎が口を開く前に、九郎が大きな声で叫ぶ。


「守護の息子だろうが、戦が嫌いだろうが関係ない!この世は戦国!いちいち泣き言を言っていても何にも変わらん!」

「こ、この無礼者め!」

「罰したいならどうぞ!ただしこの場の生殺与奪はこちらが握っていますよ!」

「九郎!」

「兄ちゃんは優しすぎます!こんな甘ったれた守護なんて世の中の怖さを知らないんだよ!いつもいつもウザいけど、よっぽど犬丸様の方が世の中を知っている」


そう言いながら、九郎は義忠の胸ぐらを掴んで引き寄せる。


「いいか!あんたが戦が嫌いだろうと、世の中を知らないだろうかは関係ない!あんたを連れて行って俺は武功を立てる!だから文句を言わずについて来い!」

「い、嫌じゃ!貴様などに予の辛さも分かる訳がない!」

「ああ、そうだ、俺にあんたら偉い奴らの心なんか分かる訳がない!内政なんかよりも戦が好きだし、こういう世の中だからこそ俺のような者でも出世できることにありがたみを思っている!

この世にいる人間が全て平和を望んでいる奴らだけだと思うな!逆に、戦乱の世だからこその恩恵を受けている者の方が多いんだ!」

「グッ―――」


その言葉にぐうの音も出ない義忠。引き籠もっているばかりとはいえ、戦乱の世だからこそ名を上げて出世した武将たちは知っている。九郎の言い分に反論する場所はない。


「ただ一つ言えることがある!もしあんたが俺たちと共に稲富の元へ行くなら、きっとこの戦の死者は少なくなる・・・・って兄ちゃんが言っていた!」


八郎の方を見て同意を求める九郎。八郎も呆れた顔で頷いた。


「戦ってなんだ?」


毎日が監禁生活の義忠は、現在一色氏が若狭武田に攻められていることを知らない。それを伝えるわけにはいかず、八郎はその質問を無視して逆にもう一度尋ねる。


「義忠様、急いで逃げましょう。稲富様がお待ちです」

「・・・ああ、もう!分かった!予はあまり運動していないから、丁重に運んでくれ」

「分かりました。九郎、頼む」

「へいへい」


義忠を抱えた九郎と八郎は外に出て仲間たちに合図を送る。すると戦闘をしていた忍たちは一斉に目くらまし用の煙幕弾を投げてその場から急いで去る。山の闇に紛れた彼らを見つけ出すのは困難だった。




九郎に抱えられた義忠がどうしてだか顔を赤くしていたのも、闇によって見られることはなかった。


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