3話:ヘンゼルとグレーテル その2

「現場は二子玉川の住宅地。被害者は今朝、解体予定だったアパート内で頭部と四肢、そして内臓をすべて抜き取られた状態で解体業者に発見された。」

 橘は3人に向けて淡々と事件の詳細を説明する。

「被害者女性、諸見ユキはWEBデザイン会社の社員で、数日前会社が被害者の無断欠勤、かつ音信不通な事に疑問を持って警察に相談したことがきっかけで行方不明であることが発覚した。」

 橘はファイルの女性が写った写真があるページを開く。写真に写る女性がその諸見ユキなのだろう。就職の時に撮った写真なのか、女性は黒のリクルートスーツを着ており化粧っ気のない素朴な顔をしていた。

「見つかった際、被害者は手脚および頭部は鋭利な刃物で切り取られ、そして腹部から内臓はすべて摘出されていた。」

 永華は橘の話を聞いていて、その猟奇殺人犯の事をかつてロンドンで劇場型犯罪を行った殺人鬼ジャック・ザ・リッパーと重ねていた。

「多分だが、このあとニュースに取り上げられるとしたらここ迄だな。」

 橘はそう言うとファイルをアスカに渡す。アスカはファイルを受け取ると速読なのだろうか、ものすごい速さでページを捲りパタンと裏表紙を閉じて、テーブルに置き直す。

「なるほど、確かに世間様にはこう伝えないとパニックに陥るだろうな。」 

 橘はファイルを鞄にしまうと、今度は茶封筒を取り出してテーブルに置いた。茶封筒には「極秘」という朱印が大きく押されていた。

「ここから先は俺達、特常課の領域だ。つまり、ニュースや紙面には載らない情報ってことさ。」

 橘は茶封筒から数枚の白黒写真を抜いてテーブルに置く。写真に映るソレは、大きな穴が開いた遺体なにかであった。穴の開いた部分の底には白や黒色の何かが飛び散っており、まるで食事をした後の深皿のようである。 

 しかし鼠径部に履かれている女モノの下着や、白く映るあばら骨と胸の乳房が、この物体がかつては人間であり女性だったことをありありと証明している。腕部は肩から先がなく、脚は股関節あたりで切断されている。無論、首から先にあるはずの頭部もない。切断面は刃物でぐちゃぐちゃになっているのではなく異様にキレイであり、本来は骨や肉が見えるはずがケーキの断面のように白と黒色の断層になっている。

 写真の女性の面影なぞその遺体にはなく、個人の特徴的な部位を極限まで削ぎ落とせばこのようになるのでは無いかと想像できるほどだ。

「第一発見者の証言によると、被害者抜き取られた遺体の腹部や切り取られた切断面には大量の生クリームやジャムが付着していたらしい。」

「お、オェ……。」

 永華は写真を見て吐き気を催したのか俯く。アスカは永華の苦しそうな様子を見て、すぐに席を立つと彼女のもとに向かい背中を摩ってあげていた。

「なぁ橘、その被害者に付着していた菓子片をワシにくれないか?調査のしがいがありそうでな。」

「わかった。鑑識から貰ってみよう。」

 敷島は写真を持ち上げると興味深そうにまじまじと見つめていた。

「ちなみにこの事件の前で類似した行方不明事件とかはあるんですか?」

「あぁ。1週間前に多摩川付近の生活安全課で浮浪者が住む簡易住居から異臭がするという通報があったらしくてな。」

「住居の中には誰もいなかったらしいんだが、部屋中のあちこちに生クリームやらジャムといったものが飛び散っていたらしいんだ。」

 アスカの質問に橘は、茶封筒から数枚を纏めたレポートを取り出してアスカに渡す。アスカはレポートに目を通しながら、まだ気分を悪そうにしている永華を心配そうに見つめていた。

 アスカはふとレポートにあるホームレスの住居の近辺を撮られた写真で、目を惹くものがあった。それは公園の写真であり、樹木の一部に何か模様が彫られていたのである。円形の模様であり素人が彫刻刀で彫ったような荒削りで、円の中心は全て彫られて木の地肌が見えていた。

「それで、この事件も先の事件も何か目撃したとか、そういう情報はないの?」

「あぁ、一応はある。今回の超常事件では、近隣住人から深夜に現場近くで見知らぬ男女の子供が目撃した証言を得ている。それと異臭事件だと公園に設置された監視カメラに深夜帯に2人の背の低い子供が撮影されていたらしい。」

 橘は「それがコレだ。」と言って写真をテーブルに置く。画質の荒い写真であり、トイレ付近で撮影されたものだった。写真には背丈が同じくらいの児童が写っている。顔はハッキリと見えず分からないが、1人は長髪でもう1人が短髪であることがわかる。

「なるほど、このガキが事件の鍵ってことですか。」

「あぁ。その可能性が高い。」

「なら話が早い。橘さん、俺このガキどもを探ってみます。もしかしたらコイツらが堕とし子の可能性もあるから尚更です。」

 アスカはそう言うとすぐに扉の前に置かれたコート掛けから、トレンチコートを取るとすぐに下に向かおうとする。

「待ってアスカ、なんでそんなすぐ行こうとするの?まだ確証があるわけじゃあ。」

「永華さん、連続殺人事件は全部が全部残虐な大人がするわけじゃないんです。事例は少ないですが児童が行った事件はありますし、学生になればネットで調べれば幾つもまとめサイトやらニュース記事で取り上げられてます。」

「堕とし子と闘うっていうのは、こう言うことなんですよ。……アイツらは、人間の皮を被った怪物です。だから、今からその化けの皮を剥ぎに行くって言うんですよ。」

「だからって、早急すぎるんじゃないの?」

 アスカは永華の疑問に苛立ったのか、その質問に答えることなく粛々と着替えると敷島の前に向かう。

「敷島博士、頼んでいた武器は出来てますか?」

「おうとも。しかし隠し武器なんて久しぶりじゃったから、ちと張り切りすぎたわい。」

「ありがとうございます。それじゃあ永華さん、また明日。」

 敷島はアスカに学生鞄を渡す。アスカはその学生鞄を受け取るとそのまま事務所の扉を開けて出ていってしまった。

「アスカ…。」

「あぁ。すまない翡色さん。アスカはこう、アレなんだ。一度堕とし子だと判断するとそのまま突き進んでしまうんだ。」

 橘は永華に対して申し訳なさそうに言う。ソレを聞いた永華は前回アスカに拳銃を突きつけられた事を思い出す。

「ですよね……。」

「まぁ今回は行く宛は分かるから後を追わなくていいよ。多分少ししたら頭も冷えて、次の日には謝罪してくるさ。」

「……そうだな、今日はここまでにしようか。翡色さんもこの子供を見つけたら、私に報告してください。」

 橘は2人の子供が写った写真と電話番号が書かれた用紙を永華に渡す。

「分かりました。あぁ言いましたけど、私も事件を解決したい気持ちは同じです。」

「それと、ほい。これは少ないけど御祝いのお金ね。何か美味しい物でも食べてくるといいよ。」

 橘はそう言って財布から一万円を抜き出すと永華に手渡した。永華は突然学生では驚愕の大金を渡されて驚いたじろいでしまう。

「えぇ!?い、いいんですか。あ、ありがとうございます!」

 永華はそう言って一万円札を受け取る。そして事務所の壁にかけてある円時計が指す時刻を見つめる。

「この時間なら『アルレッキーノ』開いてるかも……?橘さん、敷島さん、今日はありがとうございました!それじゃあ失礼しました!!」

 永華は勢いよく深々とお辞儀をした後、突風かのように急いで事務所を抜け出した。

「全く、アスカのやつ。とんでもない女子を連れてきたな。」

「ですね。まさか我々が欲していた堕とし子をメンバーにできるとは思ってもいませんでしたから。」

 橘は肩をすくめて笑う。敷島は橘の様子を見た後大きく背を伸ばし邪悪な笑みを浮かべていた。

「さぁ!大人は大人で裏方の仕事をするぞぉ。楽しくなってきたなぁ橘くん!」

「えぇ、ひとまず前進ですね。」

 橘と敷島はそれぞれの仕事をするべく事務所の扉を開けた。


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