(3)――「やーい、ひっかかったー」

 翌日の夜。

 時間を決めてなかったから、最悪何時間も待つことになるだろうと覚悟を決め、俺は駅前広場に来た。

 昨日とは打って変わって、晴れ渡った夜空が広がっている。満月から少し欠けた月は、十六夜いざよいの月と呼ぶんだったか。

「おにーさん」

 と。

 雑踏の中で空を見上げていた俺の肩を叩く声があった。

 聞き覚えのある声に振り返ると、彼女の人差し指が俺の頬に刺さった。

「やーい、ひっかかったー」

「……」

 改めて振り返ると、そこには昨晩空腹で行き倒れていた吸血鬼の姿があった。

 ここへ来たとき、ざっと見回したが、こんなに目立つ人は居なかったように思うのだけれど。いつの間に来たのだろう。いや、こんなしょうもない悪戯を仕掛ける為に、どこかに隠れていた可能性だってある。

「ようやく来ましたね、おにーさん」

「どこで待ってたんだ?」

「わたしの見た目って結構人目を引くみたいなので、姿を消して待ってました。で、おにーさんが来たから、姿を現しただけです」

「それは……」

 誰かに見られていたら大問題なのではないか。

 そう思ったのだが、吸血鬼はけろりとした様子で、

「でもほら、実際、誰も気にしてないじゃないですか。そんなものですよ」

と言った。

「……確かに」

 認めたくはないが、俺の周囲に、明らかに動揺したり驚愕したりしている人間は居なかった。

 適度に無関心。

 適度に無反応。

 都心部の希薄な人間関係に万歳、というわけだ。

「それで、おにーさん。どこに食べに行くか、決めてきました?」

「もちろん」

 頷いて、俺は駅前にあるひとつのビルを指差す。

「あそこの焼肉屋に行きたい」

「ははあ、高級焼肉に洒落込もうというわけですね。良いですねえ、遠慮がなくて。奢り甲斐があるというものです」

「え、マジで良いのか?」

「良いですよ」

「あそこ、かなりお高いぞ?」

「でも、おにーさんはそこに行きたいんですよね」

 吸血鬼は、どんと己の胸を叩いて言う。

「ご心配なく! こう見えてわたし、お金には結構余裕があるのです」

「へえ」

 詳細を聞こうとは思わないが、存外人間社会に溶け込んでいるようであることはわかった。それなら、遠慮なく奢ってもらうとしよう。

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