第37話 神獣と王妃様

 でもまあ、そういう感傷みたいなのは後回しにして、今はいつものとおり片っ端から片づけるべし!

 

 剣を横に薙いで1匹仕留めた。が、まだうじゃうじゃ残っているなー……。

 こういう大勢を相手にするって実生活じゃ普通にあり得ないシチュエーションだと思う。

 確かに、子どもの頃は憧れた。

 一人の剣士が次から次へと襲い来る敵をばったばったと斬り捨てていく様は確かにかっこいいと思う。

 だけどやってみてはじめてわかった。これ、めっちゃ疲れる。

 ちゃんと考えて戦わないと体力を無駄に消費してしまう。

 それに、身体を強化しても心肺能力までは強化できないっぽい。すでに息があがっていて少し苦しい。

 ペース配分も考えないと苦しくて動けなくなっちゃうかも。


 「キュー」

 

 効率よく対大勢を制する方法を考えていると、大勢いるエイの中の1匹が突然かわいげのある声をあげた。

 鳴き声を聞いた周囲のエイたちが同時にぶるっと体を震わせたかと思うと、それぞれが思い思いに空を縦横無尽に泳ぎ始める。


 一体、何?

 息を整えながらも、何が起こっても対処できるように身構える。

 ――心拍数が上がりすぎていたから、こうやって整えられる隙を与えてくれたのは正直ありがたい。


 こちらから打って出ることなくエイたちの様子をうかがっていると、声をあげた1匹に向かって、別のエイが1匹、また1匹と吸い寄せられるように突進していく。

 飛び回っていたエイたちすべてがその1匹へと集結したかと思ったら、1匹の巨大なエイへと姿を変えていた。


「え、合体? え?」


 え? 魔物って合体できんの?

 驚いたけど、標的の数が減るのは助かるわけで。

 

 私の方へ尾びれを振るってくる巨大エイへ跳ねるように駆ける。

 二歩目を踏み出した途端、先ほど感じた「何か」の気配を覚えた。

 気配に目を向ければ、エイの前に巨大な水球が形成されているところだった。


 なるほど、この「何か」は魔法の気配だったのか。

 魔法を感知するってすごいような気がする。これも強化魔法の効果なのかも?


 出来上がった大きな水球魔法は、真っ直ぐに私に向かってくる。

 私に魔法は効かないんだってば! と、剣で魔法を切り捨てようと剣を振り上げた途端、水の球がはじけ飛んだ――ように見えた。


「え?」


 細かくはじけた水球の破片、一つ一つが刃のような形に変わり、一気に私に襲い掛かってくる。

 ちょっと! 待ってってば!

 歯を食いしばって何とか逃れようと身じろぎしたところに巨大エイの尾びれが振り下ろされた。

 やば! 細かい水の刃か尾びれのどっちを先に対処するべき!?

 

「ユエちゃん、油断しちゃダメよぉ?」


 焦りながらも尾びれの動きに視線を向けた時、やたらとのんびりしたメイオラ様の声が耳に届いた。

 襲い掛かる尾びれを横に跳んで躱し、魔法の被弾に身構えたところで四方八方から私に向かっていた水の刃がその動きを止めていることに気づいた。

 え……何で、止まってるの?


 見えているその光景を信じられない思いで茫然と眺めてしまっていると、メイオラ様が掲げていた右手の指を鳴らした音が小さく響く。

 同時に水の刃は最初から存在しないかのように一気に消失した。


 「あ……ありがとうございます!」


 茫然としてる場合じゃなかった。

 慌ててメイオラ様にお礼をいいつつ、再び振り下ろされた巨大エイの尾びれに剣を叩きつける。

 魔法を消すとか、そんなことできるんだ。

 さすが神獣様。

 

 剣が触れた巨大エイの尾びれは普通の魔物のように空気に溶けるように消えていった。が消えていったのは尾びれの先っぽだけで、本体は無事。

 そんな簡単にはやらせてくれないか、なんて考えているうちに巨大エイに新しい尾びれが生えた。

 それずるくない? 何ていうか、その容貌も相まってバケモンだ、とでも言ってやればいいの?

 

 再び「何か」の気配を覚える。

 魔法を放たれるまえに始末をつけよう、と全速力で巨大エイへと迫った。

 エイの前に発生している水球を手早く斜めに斬りつけ消滅させ、振り下ろした剣を脇を締めながらも少し引いて巨大エイに突進する形で突きを入れる。

 

 手ごたえなく、墨のような躰が空気にとけて消えていく。

 

 ――終わりだ。



 

「よくやったわ、ユエ!」

 

 誰よりも誇らしげに歓声をあげる王妃様は退避してなかった様子。

 護衛の面々が途方に暮れたような顔つきをしている。かわいそうに。


 それでもまあ、皆無事だからいいか。

 スマホに剣と装備品を収納してとりあえずケティの方へ足を向けた。

 あー、マントまで一緒に吸い込まれちゃったー……。

 

「ユエ、怪我してないですか?」

「なんともないよ」

「砂まみれですよ!」


 砂浜を思いっきり転がったもんね、そりゃ砂まみれにもなる。

 体中を払いながら、近くに立っているメイオラ様へ頭を下げた。


「助けていただいてありがとうございました」

「いいのよぉ。ユエちゃんものすごくかっこよかったぁ!」

「メイオラ様もかっこよかったです!」


 やはりかっこいいと言われるのが一番嬉しいな。

 褒められて嬉しかったので、お返しとばかりにめいっぱいメイオラ様も称賛しておく。

 魔法を打ち消すんじゃなくて動きを止めて消滅させるなんてすごい。 

 

 

 さすがに王妃様はお城に戻らねばならないらしい。護衛みたいな人に土下座にも近い懇願をされて渋々承知していた。

 唇を尖らせ「全くもう少し自由な時間を与えてくれてもいいじゃない」と文句言われてもコメントなどできない。


「ユエ、ケッティル、また会いましょう」

「はい」

「……そうですね」


 素直にうなずくケティの横で私は曖昧に笑うだけにとどめた。

 まあ、その機会があればね。多分「また」はないな。


「ユエ、次に会う時までにちゃんと考えておいてね、私は諦めていないわ。だから『また』なのよ?」


 王妃様は小さく手を振り、護衛の皆様に連行されるような形で王都への階段を登って行ってしまった。

 すごく疲れた。

 嵐みたいな方だったなー……。


「全くぅ、オーラリティアってば! 強引なところ昔からぜぇんぜん変わってないんだからぁ!」

 

 頬を膨らませ、怒りを表現しながらもメイオラ様は王妃様の背中に向かってずっと手を振っている。

 何だかんだ言って仲はいいんだろうな、王妃様と。


「ねえ、ユエちゃん、ケティちゃん、二人ともお腹空いてない?」

「……はあ」


 お腹は空いている。

 昨日から移動に継ぐ移動であんまりしっかり食べてなかったし。

 ケティと目配せあって同時にメイオラ様に向かって頷いた。


「オーラリティアからお小遣いをもらってるからぁ、三人でぱぁっと美味しい物でも食べちゃいましょお!」


 メイオラ様の提案はとてもありがたかったけど、王妃様からのお小遣いって……それ私たちも享受しちゃっていいの?


 


 ◇◆



 

 王都の大通りにある一角、食堂兼酒場のような店。

 慣れた様子で店に入ったメイオラ様の後を追う。

 どうやら個室があるようで、小さいながらもきちんと扉がしまる完全個室へと案内された。

 スマートに個室を使いこなすとはさすがメイオラ様というべきか。

 恐る恐る辺りを見回していたらメイオラ様に笑われてしまった。

 個室と言ってもどうやら高級店ではなくて、居酒屋の少人数個室みたいなものなんだろう。


「あたしのおすすめでいぃい?」

 

 と聞いてくるメイオラ様にケティと一緒になって何度もうなずいて、気づいたらちょっとずつお皿に盛られた料理がたくさんテーブルに並んでいた。

 メイオラ様の前には果実酒を炭酸水で割ったものが置かれ、私とケティにはリンゴジュースのソーダ割が渡された。

 食事も野菜中心で、あとはチーズとか果物を使ったものが多い。

 そこはかとなく女子っぽさが漂うメニューだ。

 

 どんどん食べてと促されるまま遠慮なく食べ進める。

 食べたことがあるようなものもあったし、初めての味もある。

 お腹がすいていたせいもあってテーブルに並んだ料理がどんどん吸い込まれるように無くなっていく。


「若いっていいわねぇ」


 しみじみとメイオラ様が言ってくる。

 確かに普段より食べているけど、これは昼食を食べ損ねてしまったせいだ。昨日の夜からまともに食べていないせいもある。

 食べられるときに食べる、それがこの世界における常識だと思っていた。

 

 カッテージチーズっぽいざらざらしたチーズをクラッカーに乗せてはちみつをかけたのが美味しくて三枚目を口に運びながらも次は何を食べようかなとテーブルの上に残った料理を見回す。どれも美味しそうで目移りする。

 もうカップラーメンだけの寂しい食卓には戻れそうにないな。


「本当にごちそうになっていいんでしょうか?」


 私と同様にハイペースで食べていたケティが遠慮がちにメイオラ様に問いかけている。

 それは私もちょっとだけ気になっていた。高級店ではなさそうだけど結構凝っている料理が多いからそこそこのお値段するんじゃないだろうか。


「言ったでしょうぉ、オーラリティアからのお小遣いだからぱーっとやっちゃいましょぉ! 大丈夫よぉ、あたし、こっそりとめっちゃ高ぁいお酒飲んでるのぉ。だから気にせずに食べてねぇ」


 そう言ってくれるんなら、好意に甘えよう。トマトのピクルス漬けっぽいのを一口食べてうなずく。

 何を食べても美味しいから幸せだ。


「王妃様がお小遣いを?」

「うぅん、正確には違うんだけどぉ。あたしね、小さいころから未来がぼんやり見えるって力があってぇ、それで占い師になったんだけどぉ、ぼんやりだからあんまり当たらないのよねぇ」

「当たらないんですか……?」


 神獣だから占いもばっちり当たるもんだと思っていたのに、そうじゃないんだ。

 ちょっと驚いてしまった。

 黒いフードはかぶったままの姿はよく当たる占い師風なのに。


「それでも女の子たちはいつの時代も占いが好きだからぁ、何となくしか見えない未来をそれっぽく伝えればまあまあ満足してくれてぇ、あたしは色んなところで気が向くままに占い師をやってこれたのぉ」

「そうなんですか」

「それでもうかなり昔の話になるんだけどぉ、このクランの裏通りで露店の占いやってた時に小さな女の子がお客さんとしてやってきたのぉ。『誰からも尊敬される王妃になるにはどうしたらいいの?』って言っててねぇ」


 小さい女の子がそんなことを占いにくるんだ。

 まあそれが王妃様って展開なんだろうけど、小さいころ頃から王妃様は王妃様か。

 

「それがオーラリティアよぉ。かわいかったのよぉ、それはもう必死でね~。ぼんやりとこの子は偉くなる子だなぁて見えたから、うーんといい子にして一生懸命勉強すればよい王妃様になれますよぉって言っておいたの」


 占いってそんな適当なこと言って大丈夫なの? と疑問を口に出しかけて、でもどこかで『背中を押してもらいたいだけ』と聞いたことがあるなと思って口を閉じた。

 王妃様はその言葉に背中を押されて頑張ってきて、誰からも尊敬される王妃様になったってことだから。本当に尊敬されているかはこの際置いとく。


「その時お金を持ってなかったオーラリティアは『大きくなって王妃様になったら出世払いで』って約束したの。結婚してからは会うたびに占い料を支払ってくれてるのよぉ」

「なるほど」


 何とも義理堅いお話だ。

 国のお金を神獣に流してるって……大丈夫なのか!? ってちょっとだけ思ったけど。その疑問は心の中にしまっておこう。

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