第29話 いざ戦闘!

 前方の風景がゆらりと揺れたと思えば、黒い生き物が出現していた。

 顔が小さく胴体が大きい、そして尻尾が細く長い四足歩行の動物――虎かな。それが3体。

 そのうち1体が開戦同時にとびかかってくる。

 

「やば!」


 速い。

 まずい! これは捌ききれない!

 でも、目は閉じない。こちらに向かってくる影をじっと見据えて隙を探る。一撃食らっても耐えきって反撃に転じる!


「拘束の糸!」


 ケティが叫んで襲い掛かってきている魔物に手を向けた瞬間、手のひらから白い光の糸が魔物に向かって伸びその体を絡めとった。

 1本、2本、5本と次々と絡まり魔物を拘束して、後方に引きずっていった。

 間合いが開いたことで、少しだけ安堵した。

 これって、魔法? ケティが放った?

 息を吐いて仕切り直しだ。一瞬安堵してしまったけど、まだ始まったばかりだから。

  光の糸からはずれようともがいている魔物に切っ先を向けて突進。すうっと消えていくのを横目で見やって残り二体へと視線を移す。


「ケティ、ありがと!」

「ユエ!」

 

 視界の端に入ったケティにお礼を言って足を踏み出すよりも、ケティが駆け寄ってくる方が早かった。


「無理はしないでくださいね!」


 ケティは言って剣を握ったままの私の手を包み込んで目を閉じた。

 包み込まれた手から流れ込んでくる熱い感覚に、呻き声が漏れそうになって何とか飲み込んだ。

 体内に注がれた熱い何かは一瞬で冷め、同時に昂揚感が湧いてくる。

 あ、これは初めて魔物と相対した時にも感じた感覚だ。

 『身体強化魔法』か。


「絶対ですよ」

「ありがとう、本当に助かる!」


 足を踏み出すとわかる。ものすっごく体が軽い!

 力が、暴れ出しそうで押さえつけるように剣を握りしめ駆け出す。

 絶対勝つ。

 

 低い声で唸っている2体との間合いを詰め、剣を振り上げ、手前にいる方の魔物に向かって剣を振り下ろす。

 が、これはするっとよけられてしまった。

 やはり猫の仲間。猫は液体説があったっけ。液体というか軟体っぽいけど。


 地面をたたきつけてしまった剣を引き戻している間に、後方にいたもう1体が爪を立てて襲い掛かってきたが、右足を引き半身になることでそれを躱す。

 躱したと思ったけど、額からこめかみにかけてのあたりが痛い。

 攻撃がかすったかな。


「ユエ! 魔法攻撃です! 気をつけて!」

 

 ケティの言葉に頷きつつ、二体の動きを目で追う。魔物も魔法を使えんの?

 飛び道具って対戦経験に乏し過ぎて、対処は得意じゃない。風に舞う落ち葉を玩具の剣で叩きつけるような特訓を良くんとやっていた幼少時代。あんなのなんの役にも立たない。

 だから、得意じゃないからこそ先に潰す。

 

 幸い傷の痛みはそこまで深刻ではない。

 左足を踏み出し瞬時に間合いを詰めると、容赦なく魔法を放った方の魔物の喉のあたりをめがけて剣を突き上げた。

 剣が触れた場所から魔物は消滅していく。

 よし、残りは一体だ。


 再び構えた途端に残った魔物が飛びかかってきた。

 冷静に私に迫りくる魔物を見据えつつ剣を振り上げる。

 ある程度接近を待ち、力を込めて振り下ろす。が、魔物の手前で剣が何かに阻まれ魔物まで届かない。

 それでも衝撃は伝わったのか、魔物は後方に飛ばされ地面に転がった。

 

 すり足で魔物に詰め寄り、起き上がろうとする魔物に向かって剣を振り下ろす、が、また刃は魔物の体に届かない。

 これは――障壁みたいなものか?

 

 後方に飛び退き、魔物が起き上がるのを警戒を解かずじっと見やる。

 正面からの攻撃が通じないんだったら、正面以外を狙うだけ。

 

 起き上がった勢いを使用して飛びかかっている魔物をよく見て、ぎりぎりまで引きつける。

 魔物が大きく口を開けるのをまっすぐ見据えて、もう少しだけ! と堪える。

 ここだ! 後方に軽く飛んで更に先ほどと同じく右足を引いて魔物の攻撃を躱す。

 足を引いたのと同時に振り上げた剣を、私の横をすり抜けていった魔物の背後に向かって振り下ろした。

 

 手ごたえは――ない。

 触れただけで他の魔物と同じようにみるみる消えていく。

 やっぱり後方には障壁を展開できなかったか。

 

 スマホに剣等を収納しケティの元へと駆け寄った。


「やった! ケティ! 終わったよ!」

「ユエ!」


 ケティも私の方へと駆け寄ってきたが、私の一歩手前で足を止めると顔をしかめた。

 私も足をとめ、ケティの表情の理由がわからず首をかしげているとケティの手が私の額の辺りに伸びた。


「な、なに?」

「癒しの光!」


 温かい感触が額から右のこめかみあたりを数秒触れたかと思えばすっと消えた。治癒魔法だ。

 ケティは小さく息をついてから、ようやく微笑んでくれた。


「ありがとう、ケティ」

「あまりひどい怪我じゃなくてよかったですけど……」

「まさか魔物が魔法を使うとは思わなかった」


 多分、まともにくらわなかったからちょっと切ったぐらいで済んだのだと思う。

 傷が深かったり、大量に出血してたらヤバかったな。

 血が目に入ってたらもっと面倒なことになっていただろうし、……今回は運に助けられたというか。


「それよりケティ、さっきの魔法、糸のやつ! 危ないところだったからめっちゃ助かったよ! すごいね!」

「あ、あれは、ちょっと練習してたんです……」


 ケティの魔法を素直に誉めると、照れたような表情になって、ケティは視線を下に落とした。

 あれがなかったら勝てなかったかもしれない。

 滅茶苦茶焦っただろうに、ちゃんと魔法を発動できたケティはすごい。

 

「助けてくれてありがとう!」

「いいえ! ユエを助けられてよかったです!」

 

 ケティの手を取って感謝の言葉を伝えると、はにかみながらも、ケティは笑顔を見せてくれた。

 勝ちは勝ちだから一緒に喜びたい。


「神器もあと二つだね」

「はい」


 ケティの手を放し確認するように口に出すとケティも頷いた。

 六つってそんなに多くないとは思っていたけど、順調すぎるぐらいのペースで入手できているように思う。

 寂しいような気もするのは、毎日がとても楽しいからかもしれない。


「次――ここから一番近い聖地ってどこにあるの?」

「あ、えーとですね」


 その辺の小枝を拾って、ケティはしゃがみこむと地面に図を描いた。

 私もその図を覗き込むようにケティと向かい合わせにしゃがみこんだ。

 左右に丸を描いて、私から見て右側がケレート、左側がクランだと説明してくれる。

 

 ケレートの南に広がるのが例の荒野、荒野の端にあった山脈が国境にあたるそう。

 つまりイェルサール様に乗って国境を越えてきた、ってことか。

 それで、現在いるのは、ケティは左側の丸の目前側に丸を付ける。


「クラン南端にあたる辺境の村にいます」

「なるほど」

「一番近い聖地は――」


 と、更にケティはこの村の丸印から北東の端に丸を描いた。


「ここの、クラン王都なんです」

「王都……」

「そして王都まで行けばポータルがあるので、もう一つの聖地まではポータルで移動できますよ」


 王都まで行けばってことは、ポータルは王都まで行かないとないってことなんだよね。

 そうすると、王都までは自力で移動しなきゃならないのかな。


「クラン王都までは徒歩?」

「村の近くに駅馬車乗り場があるんです。王都までは駅馬車で行けます」

「駅馬車? あ、待って、やっぱ実際見るまでの楽しみにしときたい」


 教えてもらってもいいけど、ある程度自由に想像しておいた方が楽しめそう。

 そう言って立ち上がって、ケティに手を差し伸べた。

 ケティは持っていた小枝を地面に置き、私の手に掴まって立ち上がった。


「そろそろ戻ろう?」

「はい、なんだかお腹すきましたね」

「朝食べたきりだったもんね。食事できるお店とかあるのかな」


 朝保存食を食べてそれから何も食べてない。この村に着いた時にも思ったけどお腹すいた。

 我ながらよく戦えたもんだと思う。

 ケティの横に立って村へと降りる階段へと足を踏み出す。


「ねえ、ケティ。ここって聖地なんだから、いずれは私たちここに来たわけでしょ。イェルサール様、救世主を見たいって言ってたけどわざわざ荒野まで行かなくてもここで待っててもよかったんだよね?」

「え! ええと、多分、待ちきれなかったんじゃないでしょうか」


 ケティは一生懸命考えてイェルサール様をフォローするようなことを言う。

 確かにイェルサール様があそこにきてくれて私としてものすごく助かったから別にいいんだけど。


「ひょっとしたら、ここが聖地ってお忘れになってらっしゃる、のかも……ですよね」

「ボケるって怖いね」

「……はい」


 恐らく他人事にはできない。私だって将来はそうなる可能性がある。

 イェルサール様はニコニコ笑っていたけれど。そうなったら私もそんな穏やかでいられるのかな。

 わからないけど、忘れてしまう前に大事な気持ちは伝えておきたいなと思う。


「あーもう、お腹すいたー」

「さっきのユエのチャーハン食べたかったです」


 話題を戻せば、ケティも乗ってくる。


「いや、あれは、ちょっと自分的には納得いってないんだよねー……」


 中華だしがあればもっとマシなものができたはずだ。

 チャーハンは私が唯一まともに作れる料理でしかも好きな食べ物だからもうちょっとどうにかしたかった。

 後悔ばかりだ。

 

「でも、すっごく美味しそうでした!」


 ケティに美味しいチャーハンを食べてもらいたい。

 向こうの世界に戻れば作れるけど、ケティは向こうの世界に行くことはない。

 私が向こうの世界に戻るってことは、お別れの時だ。


 急にそれに気づいて、不意を突かれたようにドキっとした。

 ……あれ、なんでこんな風に動揺するんだろう……?

 突然心の中に生じたさざ波に気もそぞろなまま階段を下り切れば――

 

「おかえりなさい! 救世主様!」


 畑が広がる広場に村の人たちが大集結していた。


「え!」

「まさかこのパターンは……」

「救世主様、お疲れさまでした! ご無事で何よりです」


 私たちに声をかけながらスージアさんが歩み寄ってくる。


「おかげさまで。この集まりは一体なんですか?」

「イェルサール様が連れてきた救世主様の歓迎会とお疲れ様会を兼ねた宴会の席を用意しましたー!」


 人の多さに動揺を顕わに問いかけると陽気にスージアさんは答えた。

 やっぱり宴会。……こっちの世界の人、宴会好きすぎない?



 さっきイェルサール様が飛来した広場には既に料理も飲み物も用意されていて、いつでも始められそうな状況に固辞することもできず。

 そうやって宴会が始まった。

 眠っているイェルサール様は当然ながら不参加だったが、住民の皆様はそんなこと一切気にしないはじけっぷりで、多分救世主とか神獣とかの名目で飲みたいだけなんだろう。……どこの村も同じだ。

 

 

 でも、ま、料理はおいしかったし、小さい子供たちがこぞって乾杯しにきてくれたりしてかわいかったし、スージアさんの息子さん(私たちより年上っぽかった! スージアさん30代ぐらいに見えてたのに、実際いくつ!?)に挨拶することができたし、なんだかわからない男性陣の踊りが面白かったし。


 結論、楽しかった。


 夜まで騒いで、一晩スージアさんの家に泊めてもらうことになった。

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