第22話 星空の下

 シャワーを浴びて汗を洗い流して浴室から出たら、もう疲れ切ってしまって脱力してしまった。

 ふうとため息を漏らして、それでも何とか、例の魔法のドライヤーで髪を乾かし、床に座り込んでしまう。

 ケティがシャワー室に入っていくのを見送って、畳まれた布団を広げておこうかと立ち上がったところでふと、外の様子が気にかかった。

 砂漠の夜って寒いって聞くけど本当かな。


 出入口の扉を開けて外気に触れた途端、流れ込んできた空気があまりに冷たくてすぐ扉を閉めた。

 戻って畳んでおいてあった衣服の中からマントだけを手に取り、頭の上にかぶってもう一度外へと向かう。


 マントの防寒効果は高いのか、今度はそこまで寒さを感じなかった。

 開いた扉から素早く外に出て扉を閉める。


 冷えた空気が頬に触れてぼんやりとしていた意識がしゃきっとした。

 吐く息が白い。昼間が嘘みたいな空気だ。

 日中はあんなに暑かったのに、こんなに冷えるなんて嘘みたい。

 向こうの世界の真冬よりは寒くないけど、昼間とのギャップで余計冷たく感じるのかも。


 地平線の境界から上がもう空だ。無数の星が夜空を彩っている。

 そのまま頭上まで見上げれば、星、星、星、空全面を星という星が輝いていた。

 月が見えないのは新月なのかな。月明かりがない方が星が良く見えるっていうけど全くもってそのとおりだと思う。

 思わず言葉を失ってしまうほどの満天の星空だった。圧巻っ!


「……プラネタリウムみたい……」

「プラネタ……? 何ですか、それ?」

 

 背後から声をかけられて、驚いて飛び上がってしまった。

 まさか呟きを聞かれているとは思わなかった。

 振り返れば、寝間着に着替えたケティがドアから半分くらい顔を出してこちらを見ていた。


「え、ええっと、星空の映像を見る、機械? みたいな……」


 いきなり問われても満足な答えなんて捻り出せるわけもなく、何だかよくわからない答えになってしまったけれど、答えればケティは満足したのかドアの向こうに引っ込んでしまった。

 ……プラネタリウムって、どう説明すればいいんだろう? 星空を見る映像? 空を模したドーム型のスクリーンに星空を映し出す装置? そもそもスクリーンって言葉、こっちの世界で通じるのかな?

 そんなことを考えこんでいたら、ふわっと何かが頭上から降ってきた。視界が覆われて慌ててそれが何かを確認すればふわふわの毛布だった。


「冷えますよ」


 もがいて毛布から頭を出せば、毛布で全身を覆ったケティが横に立っているのがわかった。

 この毛布ってケティが持ってきてくれたんだ。

 ありがたく受け取ってマントの上から毛布を体に巻き付けるようにかぶる。あったかい。

 

「ありがと」


 素直にお礼を口にすると、ケティは微笑んだ。

 聖女の笑みだーなんて軽口めいたことを思いつつも、その場に腰を下ろした。

 毛布があるからもう少し外にいても大丈夫かな。

 こんな見事な星空、眺めないなんて勿体ない。

 ケティも私の横に並ぶように座った。一緒にいてくれるみたいだ。


「寒いところで何をしてたんですか、 ユエ?」

「星見てた。こんなに綺麗な星空見たことなくって!」

「本当ですね」


 ケティも空を見上げて、私の言葉に同意してくれた。

 美しい星空に感動するのはこっちもあっちも同じってことでいいんだよね。万人が抱く感覚で間違いなしってことで。

 私もケティも口を閉ざしてただ空を眺める。


 見えている星々は、大きさも眩さもそれぞれ違う。

 向こうと同じ仕組みなら、星のそれぞれの距離が関係していて、こっちの世界も広大な宇宙の中にある小さな星の中の小さな人ってことになるんだけど。

 そんな細かいこと考えなくても、ただぼーっと眺めているだけでもいい。

 優しい星の光はそれを許してくれるような感じがする。


「あの、ユエ」


 静寂を破るように突然ケティが私に向き返った。


「は、話、しませんか?」

「話? 別にいいよ、何の話?」


 こんなに改まってするような話ってなんだろう?

 ケティとするお喋りは楽しくて、暇さえあれば何か話している気がするのに。


「……ユエの世界の話、聞きたいです!」

「私の?」


 あ、そっか。ケティにこの世界について質問をぶつけまくってたけど、私の世界の話ってしたことなかったっけ。

 向こうの世界の話か、どこから話せばいいのやら。

 

「駄目ですか?」

「全然! 聞いてくれるなら何でも話したい、けど、どんな話しよっかなって悩んでただけ」

「どんな話……、あ、じゃあユエは向こうの世界で何をしている人なんですか?」


 問われて少し考える。

 何を、と言われても、普通の高校生なんだけど。

 高校ってこっちの世界にはあるのかな?


「学校ってこっちにもある?」

「はい。読み書きを習うような小さなものですけど、王都には官吏や役人になるための高等教育の場もありますよ」


 そうなんだ、こっちの世界にもちゃんと学校はある。けど、学校は超初歩的なことを教えてくれる学校と専門的な学校だけしかないってこと?

 え、その間の勉強ってどうやってるんだろ? 自主勉強かな?

 

「読み書きみたいな初歩的なことを教えてくれる学校も、専門的な職業について学ぶ学校もあるんだけど、私が通ってるのはその間に位置するような学校」

「間?」

「うん、専門的なことを学ぶ学校に行く前に一般的な知識を身に着ける……って位置づけでいいのかな」


 多分間違ってないと思うけど、自信がない。

 高校も専門的なことを学ぶ学校もあるし。高卒就職ルートっていうのもある。

 例外は除く。今はそういうのは除外する。

 

「そうなんですかー。私の年齢だと既に働いている人もいますし、それこそ官吏になるために学んでいる人もいますし、神官でしたら見習い神官として修業をされている人もいて、バラバラなんですよ」


 そっか、私の年齢で皆そろって学生やっているってのはこっちの世界だと常識じゃないんだ。

 どれぐらい自分の進路を自由に選ぶことができるんだろう? それは今度改めてケティに聞くとして。

 

「学校って勉強だけじゃなくて、部活ってスポーツをやったり、音楽やったり、絵を描いたり、いろいろな経験ができるんだよ」

「そうなんですか。なんだか楽しそうです」

「学校によっては校則、ルールが厳しいところもあるけど、私が通っているとこはそんなに厳しくなくて基本自由で過ごしやすいの」


 自由といっても完全に自由じゃないんだけどね。

 当たり前だけど飲酒喫煙は法律違反になるから即退学になるし、バイトも禁止されてる。

 そういえば今年の1年生に入学して2ヶ月で停学になった人がいるって噂があったなー。

 期待の新人とか揶揄られていたっけ。

 男子なのか女子なのか詳細はわからないけど、その人は一体何をやらかしたんだろう?

 

「学校――」


 言いかけて口ごもる。

 学校、苦しいと思ってたんだって昨日気づいたんだった。お母さんの子として見られること、比べられること。注目されること。そういうのが全部息苦しいことの原因で。だけど。


「学校ね、楽しいよ」


 少し躊躇って、それでもやっぱりそう断言した。


「食堂があるの、卵が入った麺があってそれがすごく好き。ケティにも食べてほしいぐらい」

「学校の中に食堂があるんですか! 神殿の中にもあるんですけど、同じ感じでしょうか」


 なんか自分の説明が下手すぎてあんまり伝わっていない気がする。

 それでも興味深々で楽しそうに話しを聞いてくれるケティに伝わるように、かみ砕いて丁寧に説明した。

 そのうちだんだん眠くなってきて、ケティの相槌も眠気まじりのものになっていき――


「そろそろ中に戻ろっか。さすがに冷えてきたし、眠いし」

「そうですね」


 ケティが立ち上がったのを見て、私も立ち上がる。

 毛布からはみ出していた指先が冷たくなっているのがわかる。

 寝る前に白湯でも飲んで少し温まった方がいいかもしれない。


「ユエ、異世界の話、また聞かせてくださいね」

「うん。……あんまりうまく話せている気しないんだけど」


 伝えたいこと、全然うまく伝わっている気がしない。

 何だかちょっとだけもどかしい。

 大丈夫ですよ、と笑うケティの後ろに続いて小屋の中へと戻った。


 適当に寝る準備をして、床の上に敷布を広げて二人で同時に転がる。

 

 おやすみなさい。

 明日もがんばろうね。

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