第15話 家族の再会

 勢いよくポータルの光を踏みつければ、瞬きする間もないほど一瞬のうちに周囲の景色が変わっていた。

 ついさっきまで石の塀で囲まれた場所にいたはずなのに、今は木々に囲まれている。

 

 全然移動したって感じがしないから、何だか変な感じ。

 これがワープ装置なんだ。やっぱり魔法ってすごい!

 

「あっという間でしたね」


 おっとりとした声音で横に立つケティが言ってくる。

 横目でケティを見やればいつもどおりのケティだ。どこも変わった様子はない。


 無事でよかった、と、ケティに笑いかければ、ケティも笑った。

 こういう時、事故が起こることで物語が始まるのはセオリーだからちょっとだけ心配だったのだ。セオリーから外れてくれて本当によかった。

 

「ケッティル!」


 ケティと笑顔を向けあっていたら、突然ケティの名を呼ぶ声が辺りに響き渡った。

 声をした方を見やれば、軽装備で帯刀をした二人の若い男性の姿があった。

 今私たちがいるのは、空が見えるから屋外なんだと思う。その二人の後ろには建物と、その建物に入る扉があるのが見えた。


 ケティの名前を呼んだってことは、この二人はケティの知り合い?

 このポータルの担当の係員?

 

「兄上っ!」


 二人が何者なのか、ケティに聞くよりも前に、ケティは自分の名前を呼んだ男性へと飛び跳ねるように駆け寄って思い切り抱き着いた。

 『兄上』ってあの人、 ケティのお兄さん?


「お久しぶりです! お元気でしたか?」


 ケティが抱き着いているその人は黒髪黒目で、柔和な顔つきはケティに似ているといえば似ている。

 そのお兄さんと一緒にいた人は微笑ましいと言わんばかりに笑いながら兄妹の再会を眺めているけれど、私はぼーっと二人の様を眺めていることしかできない。


「ケッティルも元気そうでよかった! ケッティルの名前でポータル申請連絡が来た時は驚いたよ!」

「わたしも兄上がこちらにいるとは全然知らなかったのでびっくりしました!」


 ぎゅーぎゅーと抱きしめあう兄妹の様子を見ていたら、私も無性にお姉ちゃんに会いたくなってきた。

 でもお姉ちゃんとは、あそこまでベタベタしないけどね。

 兄と姉では接し方が違うのかな。お姉ちゃんでよかった。


「あ、ユエごめんなさい!」


 声をかけるより前にケティが我に返って、私の方へ駆け戻ってくる。


「兄に会ったのが久しぶりで、つい……」

「大丈夫、気持ちはわかるよ」


 私もお姉ちゃんと会ったら同じ感じになると思う。

 ケティはブラコン気味だと思うが、私も大概シスコン気味だ。


「紹介しますね、私の兄のキタンと、相棒のガネスさんです」


 ケティの兄だという男性はしっかりお辞儀をして、相棒の紫がかった灰色の髪の人は小さく頭だけを下げた。

 相棒の人も知っている人だったのに、ケティはこの人のことガン無視してなかった? 挨拶すらしていなかったような……。


「こちら、救世主様のユエです」

「はじめまして、優絵と申します」


 救世主ではなく名前を呼べという気持ちを込めて自己紹介を行っておく。

 二人はそれぞれ私にお辞儀をしてみせた。雰囲気的には友好的な感じだと思う。


「ケッティル、ユエ様、少しお時間いただくことは可能ですか?」


 お互いの紹介が終わった後、すぐにケティのお兄さん――キタンさんからそう切り出され、私はケティと顔を見合わせあった。



 ◇◆


 

「普通のお茶ですが、どうぞ」


 私とケティはガネスさんにポータル警護の詰め所に連れてこられて、お茶を用意されてしまった。キタンさんはあの後どこかに行ってしまって今は不在だ。


 休憩用であろうテーブルを三人囲んで座る。

 とりあえず、目の前に置かれたマグカップを手に取って匂いをかいでみた。

 うん、大丈夫あの香草茶じゃない。あれを出されたら悪意を疑うし、多分飲める気がしない。

 ありがたく一口飲みこんで、なぜか隣に座っているガネスさんを見やった。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 お礼を言えば、普通にそう返してくるけど。何となく、このガネスさんって人、苦手な空気だ。

 警戒を緩めず、失礼にならない程度を意識して観察してみる。

 紫がかった灰色の髪って、異世界人だなと思う。

 そういえばケティも、キタンさんも馴染みのある黒髪の黒目だったな。

 この髪や目の色の違和感から、この人のことを敬遠したいのだろうか?


 キタンさんとガネスさんは二人とも長身。180cmぐらいに見えるけどどうだろう?

 体型はキタンさんがやせ型というか細マッチョって言える感じで、この人はそれよりがっちりしている。

 ゴリマッチョまではいかないけど。鍛えてるなって感じ。

 

 二人とも短髪だけど、ガネスさんは少しだけくせ毛なのか毛先がうねっている。キタンさんはケティと同じストレート。そういうところは兄妹だなーって感じか。


「ユエ様、お会いできて光栄です」


 ガネスさんは、立ち上がると私の横に立ち、おもむろに私の手を取った。

 やば、あまりに自然な動きに対応が遅れた! ぞわっとして全身に鳥肌が立つ。


 「う、ど、どうも……」

 

 悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえた。

 さりげなさを装いながらガネスさんの両手から手を引き抜きつつも、再度手を取られないように、後ろで手を組んでおく。

 物語の騎士っぽい仕草だと思うけど、こういう気障っぽいの駄目!

 こういう時、私自身の異性嫌いを自覚させられるというか……うう、後で手、洗おう。

 

「大丈夫ですか、ユエ!」


 私の様子に気づいたのか、ケティが慌てた様子で立ち上がると私の近くに駆け寄ってくれた。

 さりげなくガネスさんとの間に入ってくれる辺り、苦手に思っていることにも気づいてくれたのだと思う。やっぱケティは優しい。


 とはいえ、ただ、苦手なだけで自分でもちょっとだけ過剰な反応かなとは思うけど。

 当のガネスさんは笑顔を浮かべているから、気分を害してはいない……と、思いたい。

 ちょっとは克服しなきゃ駄目なのかもしれないなー……。

 

 少し居心地悪くなっていると、扉をノックする音が聞こえてキタンさんが入ってきた。

 そのキタンさんの後ろには、熊みたいなガタイのいい男性がいる。

 ……誰?

 

「父上っ!」

 

 横に立っていたケティが、そう呼びかけてその熊みたいな人に駆け寄っていった。ってことは、この熊みたいな人がケティのお父さんなの!?


 一旦視線をキタンさんに向けてから、ケティを一瞥する。うん、この二人は雰囲気から言って似てる。

 神官長様もこの二人と同じ色合いだから親子関係があるのは、ギリギリ許容範囲。

 で、ガタイがいい人、言い換えれば筋肉ダルマみたいな人はというと――。


 「遺伝子! どうなってんの!?」

 「心中お察しいたします」


 思わず疑問を口にだしてしまったが、ケティたちには聞こえていなかったみたいだった。よかった。

 横にいるガネスさんが心底同情している風に言ってきたけど、あんまり絡みたくないからスルーした。悪いなとは思っている。一応。

 

 

 ケティのお父さんはカイザーさんと言うそうだ。

 見れば見るほど、熊みたいだなと思う。野生の熊みたいな風体。

 国が擁する辺境警備隊の隊長職に就いていらっしゃるとのこと。

 現在はキタンさんたちをはじめとした部下たちを連れ、このケレート南の森で訓練演習のため一時滞在をしていたんだそう。

 そこへタイミングよく私とケティがやってきた、と。


「救世主様のお供になるなんて、本当に成長したなあ」


 カイザーさん、割と厳つい顔つきしてるのに、やはり娘がかわいいのかケティを見るその顔は目尻が下がってニッコニコだ。

 ケティやキタンさんはお父さん似かもしれない。二人ともあの神官長様の雰囲気とはちょっと遠い。


「お母さんは元気か?」

「はい、とても」


 浴びるように酒飲んでけろっとした様子を思えば元気なんだろうな。

 って、そうか、この人って神官長様の旦那さんなんだ!

  あのおっかない人と、このおっかない人が夫婦なのか。怖っ。

 

「もう母上には1年以上会ってないですからねえ」


「修行修行で忙しくしてたからなー、たまには顔を見せないとな」


 キタンさんもカイザーさんも笑顔でとんでもない爆弾発言かましてるけど、とても笑って言えることじゃないと思う。

 年単位って、それでいいのか親子! 夫婦関係は大丈夫!?


「あの、父上、わたしたちそろそろ行かなければならないのですが」

「ああ、聖地だったか。しかし、ここ数日連続して魔物が出現してる。危険だぞ」


 おずおずといった様子で切り出すケティにカイザーさんが頷いた。

 魔物ってあれだよね、影みたいな

 それでも行かなきゃいけないんだから、気をつけて行くしかないんだよね。頑張ろう。


「父上、僕がケッティルたちを護衛しては駄目でしょうか?」


 キタンさんがそう申し出てくれた。


「ああ、そうだな。そうしてやってくれ」

「兄上、よろしいのですか?」

「うん、聖地までの往復だけだから」

 

 いざとなれば神の剣で魔物は簡単に倒せるけど、不慣れな私とケティだけでは不安が大きいわけで、キタンさんの申し出はとてもありがたい。


「ユエも構わないか?」


 呼び捨てでお願いしますと伝えたら、全く遠慮なく呼び捨てしてくるカイザーさんの血は間違いなくケティに受け継がれていると思う。最初からケティは呼び捨てだ。


「助かります。ありがとうございます」

「そうと決まれば行きましょうか!」


 そう言って立ち上がったのはガネスさんだった。

 えー、この人も行くの?


「あれ、ユエ様、今少し嫌そうな顔をされませんでしたか」


 バレてるし。


「ご迷惑をおかけするのでは?」

「手数は多い方がいいですよ」


 さあ行きましょうと言うガネスさんを誰も止める気はなさそうだった。まあ、いいけど。

 なるべく近づかないように気を付ければいいや。

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