第2話 そして異世界へ
ストーカー予備軍を避けるように、放課後は本気を出して逃げてみた。
本当に部活がなくてよかったと心から思う。
家バレしてるから、自宅付近で待ち伏せしていることを想定し、寄り道をしてから帰ることに。
まあ、待ち伏せまでやったら犯罪だから通報すればいい話だけど、顔も見たくないわけだしね。
本日は両親とも泊りがけの仕事で不在だし、ちょっとぐらい遅くなっても誰も何も言わない。
学校最寄りの駅周辺の店を適当にぶらつく。
駅ビルのテナントを適当にひやかしながら、ビルを出てスポーツ用品店へ移動する。
テナントビル1階にあるスポーツ用品店でジャージやらアウトドア用品やらじっくり吟味してまわる。
ふと顔を上げれば窓ガラスに映る自分の姿が目に入った。
髪を一つに束ねて、制服は校則に定められた通り着こなしている。地味にしているつもりなんだけど、何となく視線を感じるような気がする。
気のせい、だといいんだけど。
そろそろ帰らないと、と、思い窓から顔を背けようとしたその時、窓の外に咲いている花が妙に目についた。
向かいの家の庭先から伸びる枝に、こぶし大の白い花が咲いている。
椿のようにも見えるが、時期が違う。ちょっと形も違うかもしれない。
何よりも一輪だけしか咲いていないのも無性に気になった。
ちょと見てこようかな。
この窓は、方角的に店舗の裏通り側なはず。
そう思い立って私は店を出ることにした。
店から外に出ると、もう日が暮れてしまって薄暗いため、人通りの少ない裏通りはなんだか気味が悪かった。
でも、好奇心の方が強く躊躇わずに足を進める。塀の上に伸びた白い花を目指し、真っ直ぐに進む。白い花の真下にたどり着き――。
――と。
「あれ?」
ぐるっと視界が回った。
頭上にあったはずの花が足元にある。
「え?」
何これ?と口に出すよりも前に、ぐるっともう半回転した。
目に映る白い花だけ、回転している世界からぷつりと切り離されるように私の手の中に落ちてきた。
こんな激しい目眩を起こすなんて、ヤバいのかもしれない?
死ぬの、かな?
死ぬのはイヤだな。
手の中の花を握りつぶさないように、それでも離さない様にしっかりと握り締めて、ぎゅっと目を閉じた。
でも、不思議なことに、怖いと思う気持ちはわいてこなかった。
◇◆
「……っん」
音が、自分の喉で鳴らされた音だと気づいた瞬間、目が覚めた。
背中に堅い床の感触。
そして、ぼんやりとぼやける視界にあるのは、おそらく天井。
白い石みたいなつるつるとした素材でできた天井だなー……なんてぼんやり考えて。
「ここ、どこ……」
少しだけ思考がクリアになったので、声をだしてみる。が、声が枯れてる。ガラガラだー……。
喉、渇いたなー、ぼんやりとそう思う。
ん、なんかすごく声が辺りに響き渡ってない?
ホールにいるみたいな反響音? ここってどこ? まるで体育館にでもいるみたいな……?
「お気づきになられましたか?」
ぼんやりとした頭で周囲の状況を窺っていれば、どこか幼さを感じる女の子の声が耳に届いた。
「気持ち、悪い」
あまり物を考えられるような状態ではない。それだけ口にすると、私の意識はまた
次の目覚めは穏やかだった。――比較的。
やばい、遅刻!? と一瞬焦ったが、すぐに見慣れぬ天井にここが家ではないことを思い出す。
知らない場所だった。
つやつやした天井の材質は、石、だろうか。
やたらと高い。吹き抜けか何かってくらい天井が高い。
視線を動かすと、枕元にある花瓶に一輪の白い花が生けてあるのが目に映った。
ボタンに似ているけど、花びらがちょっと厚めで、おしべが長め。
さっき私が気になった花みたいに見えるけど。
しかし、あれは木の枝に咲いていたが、これは一輪の花だから違うか。
にしても、というか、ともあれ? つまり私は花に見とれて、貧血かなんかを起こして倒れてしまったところを誰かに介抱してもらった、と考えるのが妥当?
「気分はいかがですか?」
唐突に声がかかる。おぼろげだが、聞き覚えのあるような声音。
あ、さっき
いつまでも寝転がっているのも申し訳ないので、とりあえず上半身を起こす。
「あ! あまり、ムリしないで下さいね」
起き上がった私に駆け寄ってきたのは、顔立ちに幼さを残す女の子だった。
「? どうしました?」
丁寧な口調で言って、首を傾げるその女の子。
私よりも少し年下なのだろう。
カラーリングとは無縁そうなつやつやした黒髪をショートカットにしていてとても可愛らしい女の子だ。
――けど、その服装が全身白い魔法使い? のようなローブ? そしてひらひらしたマントをはおっていたりしなかったら、の話。
疑問符で頭の中が満たされるのを覚えた。
これは、もしや、趣味のコスプレ?
「えーと、色々と思うところはあるのですけど、とりあえず、ありがとうゴザイマス?」
お礼が疑問系なのもどうなんだろう。でも頭の中は「?」がいっぱいで、細かい気遣いまでできない。
「いえ、そんな丁寧にしてくださらなくても……」
女の子は恐縮した様子だが、私なんかより彼女の方がだいぶ丁寧だと思う。
「えーと、何かちょっとは元気になったし、そろそろ帰らなきゃ」
ベッドから立ち上がると、女の子は困ったように眉を下げて私の前に立った。
私の方がほんのちょっとだけ身長が高かった。
「帰ってしまうのですか?」
「はい。いつまでもお邪魔してちゃ悪いし」
本音を言うと、このコスプレ少女がコスプレじゃなくて、怪しい宗教だったら怖いなぁと思ったから早く逃げたいだけなんだけど。
「あなたは宗教ですか?」なんて直接聞けない。
なるべくうまく濁して帰るのが懸命だと思う。
「家族も心配――」
「あのっ!」
口実を探しながら口を開いた私の言葉に彼女は言葉を重ねてくる。
「ちょっとだけでいいので、話を聞いていただけませんか!」
必死なセリフに、嫌な予感を覚えた。やはり宗教だろうか。
どんな言葉が出てきても驚かないように身構える。できればダッシュで逃げるのがベスト。
「な、何?」
「帰れ、ないんです。帰すことができないんです。――あなたが、世界を救ってくださらないと」
「は?」
そうして、冒頭に戻る。
何言ってんの? と思いながらも、「やっぱ宗教だ。それもカルトっぽいやつ」と咄嗟に判断をくだす。
勧誘される前にこの場から
やばい、逃げられない!
「あ、大丈夫ですか?」
彼女が手を差し伸べてくるが、手を振って断りつつも慌てて自力で立ち上がる。
この女の子をどうにかしなければ逃げられない。
武器になりそうなものは……と頭をフル回転して状況分析をする。
完全にパニックになっている自覚はある。
でも、パニックになっても仕方ない状況だ。
何とか冷静にならなくちゃ! 焦りが焦りを呼んでいるのがわかるけど、どうすればいいの! この状況!
「えー……、えーと、つまり、どういうこと?」
「あなたは、伝承にある救世主様なのです!」
必死で冷静になろうとしている私に少女はずずいっと詰め寄ってくる。
だめだ、この子、電波っぽい!
説得とかは、無理目じゃない?
「私が、そんな大層なものなわけないでしょ?」
いやだなぁと無理やり笑い飛ばしてみたけれど、真剣な顔で少女は首を横に振った。
「いいえっ! 救世主の訪れを予言するというシルキアの花が、あなたがこちらにいらした途端花を結びました。間違いありません」
花の名前は聞いたことがなかったけれど、彼女が一瞬だけ向けた視線からそれが枕元に飾られていた白い花がそれなんだと思う。
しかし、この花、私が見た時には既に咲いてなかった? あれは木に咲いていたからこれとは違う花なのかな? よく似ているけど?
「そんなこと言われても、世界って何? 日本? 地球全体? 脳内ワールド?」
「説明が足りなくて申し訳ございません! 救っていただきたいのは、この世界――あなたの存在する世界とは異なる世界です」
「はぁ?」
あまりにもブっとんだ答えに思考が追い付かず、そう返すことしかできなかった……。
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