第15話 強烈に愛され護られている
季節は冬本番。
山岳地帯の真ん中に築かれ、雪に閉ざされた学都サピエンティアは静寂に包まれている。
窓の外では綿雪がしんしんと降りつづけ、目のまえにはそれよりも白い、白騎士ルシア・カルデロンさんの肌があった。
ロレーナ殿下と3人で丸テーブルを囲み、温かいココアをいただく。
「……ルシアたちは、女と生まれた幸せをすべて捨てさせられ、帝国の平和に尽くしてくれている」
「はい……」
淡々と語られるロレーナ殿下の話にも、ルシアさんは穏やかな微笑を浮かべたままだ。
魔導具〈大聖女の涙〉の魔力を発現させるため、子宮をさし出す白騎士たち。
最終形ばかりでなく、その過程、魔導具を挿入されていく時間を思えば、眉を険しく顰めずにはいられない。
そして、畏れ敬われるけど、男からも女からも憧れられることは決してない。
「帝国の覇権は、白騎士たちの献身によって支えられている」
「はい……」
「女として生きる夢も希望も奪い、兵器として生き、やがて生命も身体も〈大聖女の涙〉に吸い取られて消滅する〈終焉〉を迎える。この非人道的な扱いをやめれば、大陸は瞬く間に戦乱の世にもどる」
ロレーナ殿下が、眉をピクリと震わせられた。
「やめることはできん。だが、せめて……」
「……はい」
「元の身体に戻す方法が見付かれば、任期制にすることも考えられる」
「任期制……」
「これまで英明な皇帝を戴くたび、帝国は〈大聖女の涙〉を白騎士の胎から取り出す試みを行ってきた。……しかし、そのたびに失敗して〈大聖女の涙〉は失われ、白騎士の命も落させた」
太陽皇家を象徴する紋章――、金環から伸びる10本の剣。
それはかつて帝国が、10人の白騎士を従えていたことに由来する。
「いまや、帝国の白騎士は6人。これ以上、数を減らせば帝国の覇権が揺らぐ」
「はい……」
「だが、マダレナ。そなたの可愛らしい卒業論文には、パンを美味しく焼くだけではなく、〈大聖女の涙〉を白騎士の胎から安全に剥がす、その可能性が秘められていたのだ」
「……えっ?」
「……すでに、白騎士の胎から〈大聖女の涙〉を取り出す研究は、帝国のタブーだ」
「はい……」
「次代の大賢者候補筆頭、ビビアナ教授といえども、おおっぴらに進めることはできない」
「ビビアナ教授でも……」
「そうだ。だから、マダレナ。ビビアナ教授の研究を基礎から学び、そなたの研究を出来るところまで進めてもらいたいのだ」
「……出来るところまで」
「理論が確立すれば、議論の俎上に乗せられる。それは、我ら皇家の役目だ。そなたやビビアナ教授に責任を負わせることはない」
「はい……」
と、ロレーナ殿下はルシアさんに目を向けられた。
「……私は、ルシアに遅れて来た青春を、謳歌させてやりたいのだ」
「もったいないお心遣いにございます」
ルシアさんは、穏やかな微笑を絶やさない。
白すぎる肌に儚げな美しさを湛えるルシアさんは、14歳で白騎士となられて10年。今年24歳だという。
微笑の意味がご自分の使命への誇りなのか、それとも諦念なのか、お心の奥底まではうかがい知れなかった。
「我らが恋だの愛だの浮かれている間もずっと、ルシアたちは帝国の矛となり盾となって、我らの平和を守り続けてくれている……」
と、ロレーナ殿下は、わたしに悲痛な笑みを向けられた。
「そんなの、心が痛すぎるではないか?」
「……もっともなことです」
「うむ……。私の気持ちを知ってもらいたく、敢えてルシアの前で話をさせてもらった。……許せよ」
というロレーナ殿下のつぶやきが、
わたしに向けられたものなのか、
ルシアさんに向けられたものなのか、
わたしには判別することが出来なかった。
「あっ」
と、ロレーナ殿下が唐突に、いつもの快活な笑顔を浮かべられた。
「アルフォンソ兄上が、マダレナに惚れたのはこれが理由ではないからな!?」
「え?」
「たとえ兄妹とはいえ、私から兄上の愛情を伝えられてはマダレナも興ざめというものであろう? いつの日か、兄上の口から直接聞いてやってくれ」
「あの、えっと……」
「はははっ。ルシアは知っておる。なにせ、エレオノラ大叔母上を馬車でネヴィス王国に送り届けたのは、ルシアだからな」
「あ……、そ、そうでしたか」
「将来の皇太子妃殿下のため。当然のことにございます」
一瞬、わたしの時が止まった。
「うええええっ!? こ、皇太子……妃……?」
「こら、ルシア」
と、苦笑いを浮かべるロレーナ殿下。
「口を滑らせ過ぎだ。なぜ第2皇子たるアルフォンソ兄上が皇太子に? と、マダレナが固まっておるではないか」
「これは……、失礼いたしました」
「……帝都におれば、泥沼の政治闘争に身を置くことが当たり前になってしまう。ルシアもしばらく学都で、心をキレイに洗い流せばどうだ?」
「ロレーナ殿下の御心のままに」
「はははっ、マダレナ」
「は、はいっ!」
「忘れよと言っても忘れられぬであろうが……、アルフォンソ兄上は純粋にそなたを好いておる」
「は、はい……」
「マダレナも、いまは純粋にアルフォンソ兄上という人を見てやってほしい。……ま、しばらくは直接会うことも、恋文のやり取りも叶わぬというのに、無理なことを言ってすまぬが」
「あ、いえ……、そんな……」
「……だが、アルフォンソ兄上を皇帝陛下に、そなたを皇后陛下に戴く世は、さぞかし清らかなものとなろうな」
ごちそうの日の晩ご飯を楽しみにする子どものような笑顔で、宙を見詰めるロレーナ殿下。
事態のほとんどが、いまのわたしには理解不能であることは、よく分かった。
だけどロレーナ殿下の浮かべられた笑顔を見て、
遠く離れた第2皇子アルフォンソ殿下から、自分が強烈に愛され、護られていることも、
なぜか突然に、実感できたのだった――。
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