第18話
建国記念日当日の朝は普段と何ら変わらなかった。空の色も気温も鳥のさえずりも、知り尽くしたもののせいで心を動かさない。
それよりずっと激しく自分を動揺させるのは、身体の不調。
「はっくしょん!」
震えを抑える為に厚いブランケットを体に巻き付け、ノーデンスは自身の熱を計った。
三十八度二分。最悪だ。この大切な日にまた熱を出してしまった。しかも何故か前より高い。
昨夜は祭典前日ということもあり、一日中動き回っていた。
寝不足と近頃増えた頭痛も拍車をかけ、朝のコンディションは最低だ。開会式では何もしないとはいえ席を用意されているし、熱を出して欠席なんてシャレにならない。
しかし熱を誰かにうつしたら、そっちの方が問題だ。どうする。
頭を抱えて唸っていると、ドアをノックする音が聞こえた。現れたのは上質なスーツを着たオッドだった。何もなければ恰好を褒めるところだが、今はとてもそんな余裕はない。
「ノーデンス様! おはようございます! とうとう今日ですね。祭典が無事に終わるよう、俺も気を引き締めていきます!」
「オッド、そこで止まれ。俺は熱がある」
「そうですか。……え? 熱ぅっ!?」
爽やかな笑顔から一転、オッドは扉を勢いよく閉めて駆け寄ってきた。
「こんな大事な日に!? 貴方がいなかったら俺達はただの市民と同じ扱いで、満足に動けないんですよ!?」
「分かってる。分かってるから大声出すな。誰かに聞かれたら困るだろ」
オッドに移さないよう距離を置き、ブランケットを引き摺りながら窓の外を覗いた。
「開会式には絶対出席する。……オッド、薬師の爺さんから薬を貰ってきてくれないか。強いもので構わないから、即効性の解熱剤を」
「えっ! でも……」
「もしテロリストが攻撃を仕掛けてきたらどうする。明日なんてないも同然だぞ」
彼はまだなにか言いたそうに口を開けていたが、やがて小さなため息をついて背を向けた。
「……すぐにお持ちします」
オッドは足早に部屋を出ていった。遠ざかる靴音にほっとする。
王族お抱えの薬師に相談するわけにはいかないし、強い解熱剤は絶対にくれないだろう。だから今回だけは一族で変わり者として通っている老齢の薬師に助けを求めることにした。
陛下達が市民の前に顔を出すのは今日だけ。最悪今日を凌げればいい。
一時間が経った頃、オッドは息を切らして戻ってきた。手に抱えた包みを確認し、グラスに水を入れた。
「えっと……ノーデンス様、その解熱剤は即効ですが、今日一日は何も食べてはいけないそうです。それとあまり興奮はしない方がいいと」
「興奮って何だよ。人を発情期みたいに……」
「いや、そういうんじゃなくて。要は激しい運動やストレスがかかるようなことはしないで、効果が切れるまで安静にするように、ということを。あとは」
小さな紙の包みに入った薬剤を二錠口に含み、水で胃に押し込んだ。
「ふぅ……ありがとう、オッド。もう時間がないから行こう」
「あ、はい! ですがノーデンス様、なにか異変があればすぐに仰ってくださいね。どうもその薬、今回ノーデンス様が初めて服用するらしくて」
歩き出そうとしたノーデンスは金縛りにあったかのように固まった。視線だけ移すと、オッドも額に汗を浮かべて佇んでいた。
すごく嫌な空気が流れる。
「俺が初めて? 初めて……俺が飲む薬、ってこと?」
「いいえ。その薬を飲む人が、貴方が初めて、という意味です」
かろうじて繋がっていた細い糸がぷつん、と切れる音がした。
「はああああっ!? ふっざけんなよお前! それじゃ俺はモルモットじゃねえか!」
「わーっごめんなさい、だってノーデンス様が説明してる最中に飲んじゃうから! あっあと興奮しないでください! 落ち着いて落ち着いて!」
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