第14話
よく分からないが、彼は彼で納得してくれたらしい。
ローランドは肩を竦め、そして人差し指をくいくいと曲げて合図した。こっちへ来いと言ってるようだ。
「俺は犬じゃないんですけど……」
さすがにひと言言ってしまったが、彼は依然として態度を崩さない。諦めて真隣へ移動すると腕を引っ張られ、バランスを崩した。
「っ!」
ローランドが素早く受け止めてくれたものの、今度は彼の胸にしがみつく体勢になってしまった。色々な意味でまずい……。冷や汗をかいていると、不意に頭を優しく撫でられた。
「へ……陛下?」
あろうことか彼の膝に乗り、恋人のように抱き合っている。誰かに見られたら死刑確実の状況。
「前も訊いたな。ひとりは楽か?」
「……」
……ああ、なるほど。また“それ”か。
うんざりだ。否定の言葉を期待してるなら、容赦なく切り捨ててやる。
仕事は真面目にしてるんだし、迷惑なんてかけてない。どうでもいいじゃないか。
なのに何で……。
「……っ」
怒りと混乱と、謎の感情が綯い交ぜになる。これが夢ならどれだけ良かっただろう。視界が歪み、気付けば涙を流していた。
最悪だ。よりによって彼の前で弱みを見せるとか。
何よりこれは、「ひとりが嫌」だという最高の証拠になる。恥ずかしくて顔を背けると、さらに抱き寄せられ彼の胸にすっぽり埋まってしまった。おかげで顔は見られずに済むが、かつてない密着具合に焦燥感が加速する。
「陛下……ちょっと、もし誰かが来たら」
「鍵はかけてる。誰か来たとしても、お前が大泣きしてる姿を見れば黙るだろ」
それはそれで困る。浮気には見られないかもしれないが、これ以上痴態を晒すなんて耐えられない。
彼の服を掴む手に力を込めた。
「お前は既に限界を迎えてるんだよ。鈍感だから気付いてないだけだ。本当は、早く以前の生活に戻りたいんだろう」
目元に触れられる。たまっていた涙がまたこぼれ落ちた。
鬱陶しくて袖で乱暴に拭う。一度溢れると際限なく流れてしまい、羞恥心を刺激した。
「子どもはいないとかいう言葉が気になってな。……お前のことは全国民に知られてるというのに、まさか外でもそんな嘘をついてるのか?」
「外では別に……陛下にだけです。俺には夫も子どももいませんから。縁を切ってます」
「手続きはしたのか」
「してません」
「じゃあ何も変わってないだろう」
ローランドはノーデンスの泣き腫らした顔と左手の指輪を交互に見て、困ったようにため息をつく。
「……仕方ない。私から話し合いの場を設けてもらうよう、王子に掛け合ってみよう」
「やめてください!」
ノーデンスは瞬時に顔を青ざめ、指輪を外してテーブルに置いた。いくら国王でも他人の家庭事情に首を突っ込むなんて非常識だ。
「顔も見たくない! ……それは、向こうも同じ気持ちです。俺に嫌気がさして出ていったんですから」
「……自分に非があると自覚してるのか? じゃあその原因を改めれば解決するんじゃないか?」
「できません。俺の生きる目的そのものに関わってくることなんです。だから彼の気持ちを否定するつもりはない。帰ってくるなとか戻ってこいとか、そのどちらも言う気はありません」
「……よく分からないが、お前が頑固なことが原因なのは分かった」
何度目か分からないため息をつき、ローランドはソファの背に深く凭れた。
ノーデンスはしばらく黙り、そしてまた嗚咽した。怒りなのか悲しみなのか、自分に対するやるせなさからなのか……分からないが、それは全く収まる様子がなく、やがて泣き疲れて眠ってしまった。
寄りかかるようにして、子どものように眠っている。まさか自分も、泣き寝入りする男に付き添う日がくるとは思わなかった。
でもそういえば、彼がまだ幼い頃に昼寝してる姿を見たことがあったか。生憎王子の自分に昼寝の時間はなかった為、少し羨ましく思ったこともあったけど。
指を絡ませると透き通る銀髪。近くのブランケットを手に取り、彼が目を覚まさないよう静かに掛けた。
「ふぅ……」
自分の子ども達にも頭を悩ませているが、ここにも大きな子どもがいた。苦笑しながら彼の目元をそっとなぞった。
「……こんなところを見られたら、私がお前の旦那に殺されそうだ」
彼らに安寧の時が訪れるのはいつだろう。
テーブルの上で虚しく輝く指輪を一瞥し、ローランドは瞼を伏せた。
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