第12話
「お父様、ごめんなさい。私がノーデンスに森へ連れて行ってほしいって我儘を言ったの。今日行けたら我儘言わないで勉強するから、って。もう外に行きたいなんて言わないし、どんな罰も受けるから。だからノーデンスのこと怒らないで」
こちらの方が怯みかけていたのに、ロッタは前に出て両手を合わせた。普段の彼女からは想像もできない姿に、ローランドの側近達も驚いたのか目を丸くしている。
「……顔を上げてください、ロッタ様」
彼女の隣に跪き、陛下に向かって頭を下げた。
「陛下のお許しもなく王女を外へお連れしたのは俺です。申し訳ございませんでした。罰は全て、俺にお与えください」
視線を一身に感じる。
城の中では自尊心が高いと言われている自分がこんな状態になってることにわ内心笑ってる者もいるかもしれない。
俺だってそうだ。何で憎い王族の為に、王に頭を下げているのか……それも自ら処罰の対象になろうとしているのか。自身の行動が解せないものの、身体は一向に動く気配がない。
心臓を握られてるような緊迫感の中……靴音が聞こえ、彼の後ろから人影が現れた。
「ロッタ!」
「お母様。お体は大丈夫なの?」
雪のように白い肌のお妃が、安堵した表情でゆっくり歩いてきた。ロッタは迷った末、立ち上がって母の元へ駆け寄った。
「ごめんなさい……」
ロッタはそれまでは毅然としていたが、優しく諭された為に感極まったのだろう。肩を震わせて涙を流した。
「お母様、最近毎日寝込んでるから……」
そして腰元に付けたポーチから、森で摘んできた薬草をいくつか取り出した。
王妃はそれを見ただけで察した様で、ロッタのことを強く抱き締めた。
立場が何であろうと……これが“親子”なんだ。
ロッタは王妃に連れられ、後宮へ戻った。最後まで心配そうな顔で振り返っていたので、微笑みながら立ち上がった。
二人が去った後、ローランドは護衛も下がらせた為、広い王室で二人きりとなった。次に響いたのは言葉でも何でもなく、頬を叩く乾いた音。
「……今回は勝手が過ぎたな」
乱れた前髪が邪魔で、彼の顔が見えない。いや、本音を言えば見たくない為、そのまま俯いていた。
「ロッタの為にやってくれたことは分かってる。これは仕来りのようなものだ」
ローランドは手を離し、ノーデンスから背を向けた。
本来なら厳重な処罰を下すところだ。しかしどうやら今の平手打ちで終了らしい。
「本当に申し訳ございませんでした。……陛下」
「もういい。ロッタが周りを困らせていたことは皆も知っている。それも妻を心配していたのだと分かって、感謝してるぐらいだ。……今日はもう休むといい。お前も子どもと同じぐらい汚れてるぞ」
不意に頬を撫でられ、びくっとする。離れていく彼の指に泥がついていることに気付いた。
「子どもというのは難しいな。自分がしていたことが本当に正しいのか、改めて考えさせられる」
響く、自身の靴音。それに被せるようにローランドの深いため息が聞こえた。
取っ手に手を掛け、重たい扉を開ける。廊下に設置された燭台が一斉に灯り、飲み込まれそうな闇を照らした。
「お前も親なら分かるだろう」
ずっと感じていた、細い針が刺さったような痛み。
「陛下……大変恐縮ですが」
全て忘れてしまえたら楽なのに。
「俺に子どもはいませんよ」
息苦しい記憶を黒で塗りつぶす。
怒りも慰めも、今は煩わしいだけだ。彼の回答を待つ前に廊下へ出て、扉を閉じた。
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