第三章「新生、永青高校バドミントン部始動!」
【幕間:初めて挫折を経験した日】
あたしが初めて挫折を経験したのは、小学校五年生のときだった。
小三から公式戦に出るようになると、すぐに一目置かれた。そこから一年ほどの間に、北海道地区ではほぼ敵なしになった。
勝てるのには、ひとつ大きな理由があった。
見えるのだ。相手の次の一打が。
とは言っても、本当に見えるわけじゃない。ごく自然に、相手がどのコースに打ってくるのかがわかってしまうのだ。
あたしはただ、その場所に動いてシャトルを返すだけ。勝ち方は実にイージーだった。
これが、類まれなる動体視力の賜物だと知るのは、もう少し先の話。
ところがこの年の夏、あたしは全国の舞台で惨敗を喫する。
相手はこの年の全国王者で、一つ上の六年生だった。
コースが読めなかったわけじゃない。読めて、追いついてなお、相手の動きについていけなかった。
成長期の女子にとって、一世代違うと想像以上に差が大きい。基礎体力が全然違っていたのだ。
ゲームカウント二対〇で負け、負けた腹いせにラケットを床に叩きつけて破壊した。
試合が終わったその後で、母にそのことを手厳しくしかられた。
『自分の感情をコントロールできない選手は、この先絶対に勝てない』のだと。
『ちょっと辛いことがあったからって、すぐ下を向いちゃダメ』
平手打ちをされて、じんわりと熱をもったように痛む頬を押さえ、この日あたしは思った。
あたしが勝てば、母は喜んでくれる。勝てなければ、こうして叱られる。だからあたしは勝たなくちゃいけない。勝つために不要なものは、すべて排除しなくちゃいけないと。
『勝負の八割が、試合前に決まっている』と聞いたことがある。
心を整える。緊張を解く。最善をイメージしつつも、最悪を常に想定する。試合中でもリラックスして冷静に状況を見るためには、自分以外の他者は不要だった。
このときからあたしは感情の起伏が少し弱くなった。
ダブルスに興味を示さなくなったのは、きっとこのときからなんだ。
◇ ◇ ◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます