第22話 小屋の爺さん

ロイは谷間の中腹で立ち止まり、深呼吸をした。鉱山から逃げ出し、初めて感じる自由の空気が肺に満ちる。ワイバーンの咆哮がまだ遠くから聞こえるが、その声さえも風に流されて遠ざかっていく。


空を見上げた。鉱山の重苦しい空気から解放された彼の目には、広がる青空が新鮮に映る。風が彼の髪を撫で、頬に当たるその感覚は、まるで生きていることを実感させてくれるようだった。


「俺は、自由だ…!」


その言葉が口から漏れるたびに、ロイの心には希望が満ちていった。これまでの重圧から解放され、自分の力でここまで来たという実感が、彼の胸に強く響いていた。全身を駆け巡る喜びに、思わず笑顔を浮かべる。


「これから、俺の人生が始まるんだ」

そう言いながら、再び歩き出す。

足元の不安定な岩場を慎重に進みながら、彼の頭にはこれからのことが浮かんでくる。


「まずは…どこか安全な場所を探そう」

そう考えながら、周囲を見渡した。谷間を抜けた先には、森が広がっている。

密集した木々の間から差し込む光が、次の目的地を示しているように感じた。


「この森を抜ければ、何か見つかるかもしれない」

足を踏み出し、森の中へと進んでいく。

鳥のさえずりや葉の揺れる音が、耳に心地よく響く。

鉱山の騒音とは違う、自然の音が、心を落ち着かせる。


ロイは森を進む中で、川のせせらぎを耳にする。

その音に導かれるようにして、川の方へと足を向けた。


「水だ…」


川を見つけると、駆け寄って顔を洗う。

冷たい水が顔に触れるたびに、鉱山での疲労が少しずつ和らいでいくような気がした。

水を手にすくい、喉を潤す。


「やっぱり、生きてるって素晴らしい」

笑顔でそう呟きながら、川の流れを見つめる。

その時、ふと遠くに小さな灯りが揺れているのに気づく。


「誰か…いるのか?」


ロイは慎重にその灯りの方へと歩き始めた。森の中を進んでいくと、やがて小さな小屋が見えてきた。少し緊張しながらも、小屋に近づいていく。


小屋の中には、老いた男性が一人、暖炉の火を囲んで座っているのが見えた。

しばらく躊躇していたが、勇気を出してドアをノックした。


「誰じゃ?」

老人の声が中から聞こえてきたので、

少し間を置いてから答える。


「…旅の者です。少し休ませてもらえませんか?」


できるだけ自然な声を出そうとした。

奴隷だったことを隠すため、できる限り冷静に振る舞おうとする。


ドアが開き、老人がロイを見つめてくるが、

しばらく観察した後、静かに頷く。


「旅の者か…まぁ、ここで良ければ休んでいきなさい」

老人の言葉に感謝し、ロイは小屋の中に入った。


暖炉の火が温かく、冷えた体を優しく包み込む。

ロイはその温もりにほっとしながら、老人の前に座る。


「お前さん、一人でこんな森の中を旅しているのかぃ?」


老人は興味深そうに尋ねてくる。

少し緊張しながらも、笑顔を作って答える。


「ああ、そうなんだ。ちょっと、いろいろとあってね」


ロイはできるだけ自然に振る舞おうとした。

彼の心の中では、奴隷だったことを絶対に悟られないようにという思いが渦巻いている。


「そうか…まぁ、無理はせんことじゃ。若い者はつい無茶をしがちだからなのぅ」


老人は笑いながらそう言った。その言葉に、少しだけ肩の力を抜いた。


「ありがとう。ちょっと疲れてたから、ここで少し休ませてもらうよ」


そう言いながら、火の前で体を温めた。

老人は黙って頷き、火を見つめながら何か考え込んでいるようだった。


しばらくの沈黙の後、老人が再び口を開いた。


「お前さん、名前は何と言うんじゃ?」


「俺の名前はロイ」


老人は再び頷き、ロイの名前を口にするように小さく呟く。


「ロイか…良い名前だのぅ」


「ありがとう」

その言葉に少し照れくさくなる。


それからしばらく、二人は言葉を交わさず、ただ火を見つめていた。

ロイは心の中で、老人に奴隷だったことを隠し通すことができたことに安堵していた。


「これから、どうするのじゃ?」



「俺は…これから、強くなるために旅を続けるよ」


その言葉に、老人は微笑みながら答えてくれる。

「そうか、それなら気をつけての。若い者にはまだまだ未来がある。無駄にせんことじゃ」

 

その言葉に励まされ、強く頷く

「ありがとう、おじいさん」

ロイはその言葉に励まされ、強く頷き、心から感謝しながら答えた。


それから、しばらくの間、二人は静かに火を見つめながら過ごした。

ロイはこの小屋での短い休息を大切にしようと思った。

これからの旅に向けて、心と体を整えるために。


(シアとの再会を果たすために、生きないとな・・。)


そして、再び旅立つことを考え始めた。

老人との出会いが生きる力を与えてくれたと感じながら。

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