異界帰還者

第4章: 現実世界の葛藤

翔太が異世界から戻ってきて数日が経った。彼は再び日常生活に戻っていたが、異世界での体験が強烈すぎて、どうしても現実に馴染めないでいた。

自分の部屋で横になりながら、翔太は異世界での冒険を思い出していた。魔王を倒し、仲間たちと共に数々の試練を乗り越えたこと。それは間違いなく人生で最も輝かしい瞬間だった。だが、その輝かしさが今、現実世界での生活を淡白で無意味に感じさせていた。

「結局、俺は元の世界に戻ってきたけど…この世界で俺に何ができるんだろう？」

学校の授業やバイト、友達との会話、すべてが今では色褪せて見える。異世界では英雄だった自分が、ここではただの平凡な高校生に過ぎないという現実が重くのしかかっていた。

学校では、以前と変わらない日常が続いていた。クラスメートたちは、誰一人として翔太が異世界でどんな経験をしてきたか知らないし、知る由もない。翔太自身もそのことを話すつもりはなかった。異世界での冒険は、あまりに現実離れしており、誰かに話したところで信じてもらえるわけがない。

「おい、翔太、最近どうした？なんか元気なくね？」

放課後、友人の達也が翔太に声をかけてきた。達也は幼い頃からの友人で、翔太の様子に敏感だった。

「いや、別に…ただちょっと疲れてるだけかな。」

翔太は曖昧な返事をしたが、達也はそれで納得しなかった。

「お前、何か悩んでんだろ？別に話したくないならいいけどさ、無理すんなよ。」

達也の言葉は心強かったが、翔太はどう返事をすればいいか分からなかった。自分が異世界で魔王を倒した英雄だったことなど、到底話せる話題ではない。

「ありがとう、達也。でも、ほんとに大丈夫だからさ。」

そう言って微笑む翔太に、達也はそれ以上突っ込むことなく肩をすくめて「ならいいけどさ」と答えた。

家に帰ると、母親が台所で料理をしていた。異世界にいた間は、この家の温かさを懐かしく思い続けていたが、今ここに戻っても、何かが違うように感じる。

「翔太、夕飯すぐできるわよ。今日はあなたの好きなカレーにしたから。」

母親の声に返事をしながら、翔太は自分の部屋に向かった。異世界にいた時は、この家族のことを考えることも多かった。しかし、今はまるで別世界にいるかのような感覚に陥っていた。

カレーの香りが漂う中、彼は机に座って考え続けた。

「俺は、このままでいいのか…？」

現実世界では、誰も彼の異世界での功績を知らないし、誰もその経験を共有できない。それが孤独感を強くさせていた。異世界での仲間たちは、今どうしているのだろうか。セレーネやレイノルドたちが、彼のいない異世界でどのように過ごしているのかが気になった。

だが、異世界への扉はもう閉ざされている。自分の意思で再びあの世界に戻ることはできない。それがさらに彼の焦燥感を掻き立てた。

次の日、翔太は学校で授業を受けながら、いつもと変わらない日常を過ごしていた。教師が黒板に数式を書き、クラスメートたちはその内容をノートに写していた。しかし、翔太の頭の中には、その内容は一切入ってこなかった。

「俺がこんなところで何をしてるんだ…？」

授業が終わり、昼休みになった。翔太は屋上に行き、風に吹かれながら空を見上げた。異世界での青空は、現実のそれよりも遥かに鮮明で美しかった。だが、今見上げる空はどこか冷たく、無機質に感じられる。

「異世界では、俺は誰かの役に立っていた。だけど、ここでは…」

翔太は深い溜息をついた。自分の居場所がどこにあるのか、まったくわからなくなっていた。

そのとき、彼のスマートフォンが振動し、画面にメッセージが表示された。メッセージは、バイト先の先輩からのものだった。

「今日、急だけどバイト入れるか？急にシフト空いたんだ。」

翔太は一瞬返事をためらったが、何も考えたくない気持ちから「わかりました」とだけ返事をして、バイトに行くことを決めた。

バイト先はファストフード店で、いつものように忙しい時間帯が訪れていた。翔太は注文を受け、キッチンに指示を伝え、ドリンクを作るなどの作業をこなしていた。異世界での戦いとはまったく違うが、現実的な労働は彼の心を一時的に忘れさせてくれた。

「翔太、忙しいけど大丈夫か？」

先輩の声に、翔太は「大丈夫です」と返答し、作業に集中しようとした。だが、ふとした瞬間に、異世界での戦いの記憶が蘇り、自分が今ここにいることに違和感を覚えてしまう。

バイトが終わり、翔太は制服を脱ぎ、疲れた体で店を後にした。夜の街を歩きながら、ふと立ち止まり、自分自身に問いかけた。

「俺は、どうしてここにいるんだろう…？」

異世界での戦いは終わった。だが、翔太の心の中では、まだ戦いが続いているように感じていた。それは、現実世界と異世界の間で揺れる自分自身との戦いだった。

家に帰ると、部屋の中で一人、ベッドに横になりながら、翔太は再び考え始めた。異世界では英雄だった自分が、この現実世界で何をすべきなのか。自分の力はどこで役立つのか。

「このままじゃダメだ…」

そう思いながらも、どうすればいいのかがわからない。異世界での経験はあまりに現実離れしており、それを活かす場が現実には存在しない。

その夜、翔太は眠れないまま、悶々とした思いを抱え続けた。現実世界での自分の居場所を見つけることができるのか。それとも、再び異世界に戻る方法を見つけるべきなのか。

いずれにせよ、翔太の葛藤は終わりそうにない。

翌日、翔太は再び学校に向かったが、心はどこか浮ついていた。教室に入っても、授業に集中することができず、ぼんやりと外の景色を眺めていた。

「おい、翔太、最近ほんとにどうしたんだ？」

隣の席に座る友人が心配そうに声をかけてきた。

「なんでもない。ただ、ちょっと考え事してただけだよ。」

そう言って笑顔を見せたが、その笑顔はどこか虚ろだった。

翔太は、自分が抱えている葛藤を誰にも話せないまま、ただ時間だけが過ぎていくのを感じていた。この現実世界で、彼は何を成すべきなのか。その答えを見つけるための戦いは、まだまだ続くのだった。