第11話 裏切り
「神宮司さん………」
「大丈夫ですよ守さん俺にはここを脱する術がありますから」
「ではその術をぜひ聞きたいのぉ神宮寺郎」
「………会長」
俺の檻の前に現れたのはくそ長いひげを引きずっているじじいが薄気味悪い笑みを浮かべて前に立つ。
確かこいつは今の魔法統一会のトップだったか。
名前は忘れた、原作でも意味深な影でしか映らなかったからな。得体のしれない強者枠というやつだろう。
「貴様、今日死ぬというのに随分と余裕そうな顔だな」
「いやこえーよ」
「ならなぜ笑う?」
「ん?おかしくなったんじゃねぇのか?」
「………おかしくなった奴は得てして自分がおかしくなったことに気付かないものだ、このピエロめ」
「………まぁまぁいいじゃねぇか俺が怒っていようといまいと、どうせ死ぬんだろ?」
「はっまぁいい守、出してやれ」
そして守さんが俺の檻の鍵穴に開錠用の鍵をさし、俺の1か月にも及ぶ獄中生活は終わりを告げた。
そして守さんが声を出さず口を動かしたその瞬間とてつもない轟音が上の階から響いた。
「な、なんじゃ!?」
じじいは焦りそのたくましいひげを激しく揺らす。
彼は強いのだろう、その魔法にも自信があった。だからだろうか、上の階で起こっている何かに反応して背後にいる自分より弱い存在に意識を向けることができなかった。
「何が起こっておる!?」
会長と呼ばれる初老の男は現状が理解できないのか後ろにいた守に視線を向け冷や汗を飛ばす。
「おそらく上の階に何者かの侵入者が入ったのかと」
「何ぃ!?くそなぜだ!門番は何をしておるんだ」
初老の男のポケットに入れていたスマホが揺れる。
『会長!侵入者です、たった一人の男が基地の扉を破壊し今も一直線に会長のいる下に向かっています!』
「即刻止めろ!」
『今止めようとしていますが以前勢いが止まりません!』
「くっ!どうしたら!?」
いらいらが立ち込めたのかスマホを強く握る。
「進言します、犯罪者神宮寺郎の身柄を今一度牢屋に戻し会長は侵入者の対応に向かわれた方がよろしいかと」
「む、そうだな、そうしよう守よ神宮寺を檻にもどせ、お前と神宮寺は仲がいいようだが変な気は起こすなよ?この監獄はカメラが設置されている証拠は必ず残るからな」
「そんな気は起こさないのでご安心ください」
「では任せるぞ」
「はい………」
そういって会長は守にくぎを刺してから上の階に向けて走り出した。
「では神宮司さん今です逃げてください………」
振り返った守は神宮寺の肩に触れる。だがその肩が異様に硬いことに違和感を覚える。
「?、神宮司さん?」
肩に触れても依然として反応しない神宮寺に向かって問う。すると鉄の人形が支えをなくしたせいか後ろに倒れた。
「は?」
神宮寺の形をした精巧な鉄人形はずしん、とけたたましい音を立てた。
「………これは」
檻の前には横に向かって廊下が広がっている。どちらにも上の階に通ずる階段があるため会長が向かおうとする方向とは逆の方向に走ればかち合わずに上の階に合流することができるのだ。
それに気づいた瞬間守は反対方向の廊下を見る。
”俺を追ってきてください”その視線の先には口パクで感謝を伝えてきた神宮寺郎の姿があった。
この廊下はカメラによって映像がとられている。もし逃げ出す神宮寺郎を守が見逃しでもすればすべてが終わった後に厳罰、つまりは処刑されるのは目に見えている。
その意図を察してか守も神宮司を追うように走り出した。
「どこまで優しいんだあなたは」
・
神宮寺が捕まってから3日が経ったときのこと。
「やぁ神宮寺郎」
「やぁじゃねぇよカス」
「うわぁもうそのとげとげしい態度やめてくれないかな」
「なんの用だ」
「いやいや単に君と話をしに来ただけさ」
飄々とした様子で如月はけらけらと笑う。
『聞こえるか?』
「あぁ!?なんだこりゃ!?」
突然頭の中を反響する如月の声に神宮寺はたじろぎ後ろにあった魔獣死体ベッドに身を預けた。
『騒ぐな』
「おいおい急にどうしたんだ?このびっくりピエロはそんな怖かったのかい?」
如月は掌に小さい箱をいつの間にか出現させており、そしてその箱はすでに開かれているようでバネガついたピエロが反動のせいで振り子のように反復運動をしている。
如月は頬の横に垂れてきた緑の髪を耳にかける。
「おまっ何を」
『君も頭の中で私としゃべれる、やってみろ』
『ほんとうかよ』
『あぁ本当さ』
『がちか………』
『会話はこの思念だけで行う、あとは適当に口を動かして表面上では普通の談話をしているように見せかけろ』
如月の表情は依然穏やかなままだ。
神宮寺は少し無言を貫いた後如月を睨みつける。
「はっそうやってくそみたいないたずらして、100年以上生きた魔獣が聞いてあきれるぜ」
「こういう茶目っ気が私のいいところなんだけどね」
『どういうことだ、こりゃ』
『万が一でも私達の”神宮寺脱獄作戦”が聞かれちゃまずいからね』
『意味わかんねぇこと抜かしてんじゃねぇぞ』
『まぁまぁこの魔法石を手に持ってみろ』
すると如月は神宮寺の手に持っていたびっくり箱を置く。
「これあげるよ」
「いらねぇわかすが」
魔法石とは離れた人とも交信できるという魔法界での携帯電話のようなものだ。
『あ、聞こえる?神宮寺』
『竜胆か』
この魔法石を持った人同士は会話できる、そんな石を持った瞬間神宮寺の頭の中に聞こえてきたのはあの竜胆雅の声であった。
『まずは礼を言わせてほしい、あのとき私達を助けてくれてありがとう』
『はっ、あんなのは助けたうちには入らん』
『素直じゃないよね、神宮寺は』
『そんなことより俺に何の用だ』
『うん、神宮寺脱獄作戦を伝えにきたの』
『なんだ、そりゃ』
聞きなじみのない言葉に神宮寺は一筋の汗をかいた。
『ごめん、時間もないから単刀直入に言うね………』
作戦は神宮寺の処刑当日の牢屋の鍵が開かれる日に行う。
牢屋の鍵が開かれたらこのびっくり箱に触れながら合図して、そしたらまず小鳥遊君がかく乱のために突撃するからその隙に逃げてほしい。
そしたら多分牢屋を開けに来た奴は幹部だと思うから上の階にいる小鳥遊君の方に行くとはず、それを見たらそいつとは逆方向に向かって突きあたりまで走って。看守とかもいると思うけど、そこはごめんなんとかしてほしい。
けど魔法統一会に常駐してる最強戦力の幹部たちは最上階のビップルームで休憩してるはず、そいつらが小鳥遊君に意識を割いていると思うからそこらへんは安心して。
そしたら階段があると思うからその正面の壁を破壊して、そしたら私と小鳥遊君で作る予定の抜け穴があるから、そこに入ってその道に沿って走って。
『おい、ちょっと待て魔法統一会の内部の情報をなんでそんな知ってるんだよ』
『それは私が集めてきた』
神宮寺はふんぞりかえるように胸を張る如月をげっそりとした顔で見つめる。
『信じていいのか?こいつの情報を』
『つくづく君は失礼だね』
『うるせぇお前を信じるって方が難しいわ』
軽口をたたきあう二人だが、神宮寺の如月を睨む目つきは徐々に強くなっていく。対して如月の方は頬を緩ませていく。
『ごめん神宮寺、確かに信用できないかもしれないけど、魔法統一会内部に入ってその内部の情報を知ることができるのは如月しかいないの』
『確かにそうかもだけどよぉ』
『ふふんっ』
如月の鼻はさらに高くなっている。
『………むかつくけど、納得するかぁ』
『むかつかないでよ』
『ごめん続けてくれ竜胆』
『了解』
『無視は流石にどうかと思うけど』
むっと頬を膨らませた如月は緑色の髪を赤く染める。
『じゃあ続けるね』
道に沿って走り続けたら路地裏に出るのね、そこを右に向かって走って。その途中で私は待機してるから。
私と合流したら一緒に古い洋館まで走るよ。
ここまでの逃亡劇はなるべく早く終わらせたい小鳥遊君が大変だと思うから。
『なんで小鳥遊まで………』
(まさか魔力が覚醒したのか?)
『小鳥遊君は魔力を持っていたの、内なる体にね、その力はとんでもなくて軽く魔法統一会の連中を蹴散らせるくらいのものよ』
『ははっやっぱすげぇや』
『………大丈夫よ、あんたも十分すごいんだから』
小鳥遊累への情景が見えたからか定かではないが竜胆は慰めるように優しい声色でそう言った。
『るせぇ』
『じゃっそういう感じで、時々如月が連絡係で来ると思うから新しい情報が入ったら都度連絡するね』
『なぁ竜胆』
『何?』
早めに切り上げようとした竜胆を神宮寺は制す。
『いいのか?このままいけばお前も小鳥遊も魔法統一会に追われることになるぞ、あいつらは世界各国の警察を動かせる権力を持ってるからな、監視カメラを確認されれば即アウトだ』
『今更?』
『っ!』
その竜胆の言葉は神宮寺の言葉はうれしくもつらいものだった。
たった一人の少女の運命が自分のせいでねじ曲がってしまうのだ。そう簡単に喜べるはずもなかった。
それでも彼はそれを受け入れる。すべての責任を負う覚悟で、竜胆雅と小鳥遊累、そして自分の親や二人の親、それらすべてを一生をかけて守るという誓いを己にたてた。
そして口にする覚悟の言葉。
『ありがとう』
彼は真っ直ぐな瞳でそう言った。
『………そんなの、私の方がっ』
『竜胆?』
『ううんなんでもないっ、どういたしまして、じゃ当日はそんな感じで』
『おう』
そこで竜胆の声は完全に途切れた。
『じゃあ私もここでおいとましよう、あ、わかってると思うけど君が書いてる日記には作戦のことは一切書いちゃだめだから』
『わかてるわくそがっ!さっさとどっか行け!』
『じゃあね、私のおもちゃ君』
『はっ俺はてめぇのおもちゃになる気はねぇぞ』
如月はぱんっと手を合わせた。
「ふっもうなっているんだけどな」
「あぁ?なんて言いやがった」
その最後の言葉を問い直した神宮寺だったが、すでにそこに如月はいなかった。
「なんだってんだよ」
神宮寺は言いようもない幸福をどう受け止めるかわからず微妙な顔をしていた。
・
ずさんな竜胆雅の計画、それは理想と幻想で固められた現実性のないものだった。あまりにも敵だよりな計画はイレギュラーへの対処を用意していなかったのだ。
だから………
「へっ誰が侵入者への対処なんかするかよめんどくせぇ、ってあ?」
ビップルームから抜け出してきた劉はそのがさつな犬歯をむき出しにして牢屋に通ずる階段を下りている。
本当なら彼も侵入者への対処に向かうはずだったのだが、どうせ侵入者くらいなら他の幹部連中がどうにかしてくれるという考えがあったからかその足取りに迷いはない。
彼は見て見たかった、これから処刑される人間の顔というのは一体どんなものなのかを、間近で見たかっただけだった。そう、いわばただの暇つぶしだ。
だが幸運なことにそこで彼は見てしまったのだ、脱獄しようと壁を破壊した神宮寺郎の姿と、それを追いかける守の後ろ姿を。
「くだらねぇこと考えやがって、はぁめんどくせぇ」
ため息を一度吐いた劉はとげとげしい自分の頭をかきむしる。
そしてゆっくりと歩き出した。
「捕まえねぇとな」
・
「はっはっはっ」
守は必死になって神宮寺郎の後ろを追いかけ続ける。
「神宮司さんってあんなに早かったんだ」
守は神宮寺についていくだけで精一杯だ。
神宮寺が入っていったこの地下道は粗雑ででこぼこではあるが道としてのていをなしていた。これを作るのに一体どれだけの労力を費やしたのか、それを考えるだけで生唾を呑み込んでしまう。
この人は一体いつから脱獄を考えていたのか、と。
「ははっすごいなぁ俺の恩人は………」
しばらく走っていると、坂が見えてきた。神宮寺はその坂をためらいもなく昇る。
それに習うように守も昇ると上にかすかな光が見えた。神宮寺が光を遮っている何かを動かすと、その光は強くなっていき暗い地下道から見ればまばゆく映るようになった。
神宮寺はその光の先に身を投げた。
「ここは………」
「ついてきてくれてありがとうございます、守さん」
「いえ、私ができることでしたなんでもしますよ」
光の先は上からの太陽の光しか通さないような路地裏だった。周りには人の気配が希薄であり、生ごみなどが無造作に捨てられているだけだ。
きつい臭いを我慢しながら目のまえにいる神宮寺郎を見る。
「神宮司さん、こんな道作ってたんですね」
「はい、脱獄のために友達が作ってくれたんです」
「いい友達をもっていますね」
「そりゃもう大好きですよ、………っとすいませんが俺は急いでここを離れなくてはなりません、今からちょっと守さんの体を触りますがいいですか?」
「それはいいですがなにを………」
その返しの言葉を聞くよりも早く神宮寺は守の腹と背中に手を当てた。
「すぅ………」
すると守の腹と背からでてきたのは一本の槍だった。背中には刃の部分が、腹には持ち手の部分がある。
「あの神宮寺さん、これって」
「すいませんが、守さんの背中と腹に槍を接着させました」
「うえ接着!?そんな高度技術いつの間に………」
「必死にやってましたからね、魔法の練習を」
二人は軽く笑いあう。まるでその先には希望しか待っていないと、錯覚してしまうほど明るい空気がそこに流れていた。
「あとは俺の血を………」
「ちょっ!神宮司さん!?」
神宮寺は取り出したナイフで急に自分の手首を切りつけ、大量の血を先ほど接着した槍のあたりに垂らした。
「切るなら俺の手首の方を………」
差し出してきた守の腕を神宮寺は優しくどける。
「大丈夫ですよこのくらいの傷、すぐ治ります、ほら」
見ると先ほど傷つけられていた手首の傷は既にふさがっていた。
「すごい………」
「はっ化け物の能力ですけどね」
「そんなことはっ!」
「あぁ大丈夫ですよ、別にこの体質も嫌いじゃないので」
気遣おうとした守を手で制す。
「じゃあ急いでるので簡単に言います、守さんは増援がこの裏道を通って来た時に俺にやられたと言ってください」
「………はい」
できるなら口答えをしたかった、そんな恩人を裏切る真似を守はしたくなかったのだ。
だがそんなことをすれば俺への脱獄の疑いを晴らそうとしてくれているであろう神宮寺の努力を無駄にしてしまう。
その方が守にとっては嫌だった。
「じゃあ俺は行きます、またどこかで会いましょうまぁ次会うときは俺は大犯罪者になってるでしょうけど」
「私にとってはヒーローです」
「いやぁそこまでのことをした覚えはなかったんだけど、うれしいもんですね」
気恥ずかしいのか神宮寺は後頭部をかいた。
「じゃ、また」
「はい、また」
そういって二人は別れた。いつかまた会えると未来の話をして………。
「………行ってしまった、次に会ったときはあのことも伝えないとな………」
腹にくっついている槍をさすりながら守はつぶやく。
するとどんっ!と地下道をふさいでいたはずの板が吹き飛んだ。
「なっ!」
(いくらなんでも早すぎる、まさか尾行されてたのか!?)
そこから現れたのは幹部の中でも荒くれものと名高い劉だった。
劉は自慢の犬歯をカチカチと鳴らし威嚇しながら路地裏に立つ。
「はっあいつはあっちに行ったか、………うん?」
劉はほんの少しだけ見えた神宮寺の背中を見てほくそ笑んだ後傍にあった死にかけらしい守を見やる。
「あぁなんだ、神宮寺にやられたのか」
「っ、は、はい」
眉をひそめて守は答える。
(俺にできるのは劉さんが神宮司さんを追いかけるまでの時間稼ぎをすることだ)
「あ、あの俺ひどい怪我で、すいませんが止血をしてくれませんか?」
止血されてしまえば本当は出血していないことがばれるだろうが劉はそんなことをする人間ではないことを知っている。
だから救急車にでも電話してくれれば………と、願っていたが。
劉という男は守の予想を下回るほどに最低な人間であった。
「やだよ、勝手に死ね」
「そんなっ!せめて救急車を!」
「そんなことしてたらあいつを逃しちゃうだろうが馬鹿が」
「っ!でも」
「でもじゃねぇよ死にぞこない」
守を見下す劉の視線はあまりにも冷たかった。
そんな劉はすぐに守から視線を切り神宮寺の方を向いて走り出す。
もし、劉を行かせてしまえば?きっと神宮寺は死ぬまではいかぬまでもかなりの足止めを喰らうだろう、そんなことになれば次第に他の魔法統一会の人間も集まりだし一斉放火を喰らう。
(それは、だめだ………)
どうしようもない善人である天才守はその光景を想像してしまった。
だからだろうか、彼の手は勝手に動いていた。
「ごめんなさい神宮司さん、俺はあなたを裏切る」
「あぁ!?」
守は走り出した劉の目の前に創造魔法で土の壁を作り出した。
「劉、お前をこれ以上先にはいかせない」
「はってめぇ!殺す!」
頭に血が上った劉は思いっきり歯と歯をぶつけかちん!と鳴らしてから守の方に体を向かせ走り出した。
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