第37話 騎士学校の入試


 先日、やっとローゼは地下牢から出してもらえた。アメリー嬢が何度も家に来てローゼを説得してくれたんだ。

 しばらくはアメリー嬢が学校でもローゼに付き添ってくれるらしい。アメリー嬢は準男爵家の令嬢で爵位が低い、父はローゼを親身になって説得してくれたことで気に入って、将来はローゼ専属の侍女としてうちで働き、ローゼが王宮に嫁いだ際にはそのまま王宮の侍女にならないかとまで言った。

 アメリー嬢はその話にはまだ回答していないようだけど、僕もそれがいいのではないかと思う。


 エルヴィン殿下は、ローゼがあんなことを言ったことに対して何も言ってこなかった。陛下や他の人にも言っていないようで、何事もなかったかのように過ごしている。

 日課を変えたくないのか本当に何事もなかったかのように、エルヴィン殿下は近衛騎士と共に僕を毎朝迎えに来る。ローゼはしばらく休むと告げているのにだ。

 今日こそはローゼに会えると期待しながら毎朝迎えに来てくれているのなら申し訳ないと思いながら、僕は一度だけ殿下にお礼を言った。

「殿下、妹の失言について大事にしないでくれてありがとうございました」

「全く気にしていない。俺だって考えて行動している」

 そう殿下は自信満々に言って僕の髪をぐちゃぐちゃにした。本当に髪をかき混ぜるのはやめてほしい。

 婚約者がちょっと拗ねただけと受け取ってくれたのかもしれない。


「それと、僕しかいないのに毎朝のお迎えもありがとうございます」

「ああ。ハル、大丈夫だ」

 こうして殿下に守ってもらえるローゼが羨ましい。そんな風に思ってしまうくらいに、殿下は優しい顔を僕に向けてくれたんだ。僕は慌てて顔を逸らしたんだけど、心臓がドキドキと鼓動して苦しかった。

 結婚式、僕は二人を笑顔で祝福できるんだろうかと不安になった。



 秋も深まった頃、騎士学校の入試が行われた。

 ファビアン様にもカミル兄さんにも実技は大丈夫だろうと言ってもらえた。あとは本番で実力を出せるかどうかだ。


 試験は実技と筆記と面接がある。

 実技は自分の好きな武器を選んで実際に騎士と模擬戦を行うものと、的に向けての攻撃魔法や防御魔法を試験官の前で披露するものがある。筆記は簡単な読み書きと計算があるが、自分の名前さえ書ければいいらしい。騎士学校に入ってから報告書の読み方や書き方、兵糧の計算などは教えてもらえるからだ。

 面接は試験官の前で騎士を目指す理由を告げると聞いているけど、予期せぬ質問をされる場合があるとも聞いている。


 受付で番号と試験の順が書かれた紙をもらって、それぞれの試験会場を回っていく。

 模擬戦も攻撃魔法も周りと比べて劣っているとは感じなかった。魔法はやはり火魔法を使える人の魔法は威力が高く派手だった。ないものねだりをしても仕方ないが、やっぱり羨ましい。自分の見立てでは実技は及第点かなと思う結果だった。

 読み書きと計算は本当に簡単で、学園に入学する際のクラス分け試験より簡単だった。答案用紙は全て埋めることができたし、筆記は問題ないだろう。あとは面接だ。面接はどれほど重要なのか分からない。

 一応僕は貴族だから身元もしっかりしているし、他国から流れてきた諜報員だと疑われることはない。悪いことをしてきた過去もない。面接で重要視されるのがどんなことなのか分からないのが少し不安だ。


 番号を呼ばれて面接の部屋に入ると、試験官が前に三人座っており、受験者はその対面に五人横並びで座る。質問は個別に行われるが、他の受験者四人にも聞かれることになる。


「次、五七番、騎士を目指す理由をどうぞ」

 五七番は僕の番号だ。とうとう僕の番がきた。

「はい! 僕の兄は近衛騎士をしています。そんな兄や、第三騎士団団長のファビアン様に憧れ、僕もこの国や戦えない国民を守りたいのです」

 緊張で喉が渇いてカラカラだった。もっと色々言いたいことはあったのに、失敗できないという緊張から必要最低限のありふれた理由しか言えなかった。

 一緒に部屋に入った他の人は、過去に騎士に助けられた経験があり自分もそのような騎士になりたいとか、冒険者をやって鍛えた力を国のために使いたいとか、親や兄弟に楽をさせてやりたいとそんな理由だった。


 面接官は答え難いような質問もしてきた。隣の人には子どもを庇って死ねるかと聞いていたし、その向こうの親兄弟を楽させたいと言った人には高ランク冒険者の方が稼ぎは多いがどう思うと聞いたりしていた。

 そして僕もとても嫌な質問をされた。

「国内唯一の『聖人』であるキミは騎士ではなく聖職者になった方が国民や国のためになるのではないか? どう思う?」

「騎士は僕の夢です。それ以外の選択は考えていません」

 質問をされた時点で、僕は騎士団に望まれていないのかと血の気が引いた。だから答える時は少し声が震えていたかもしれない。


 僕は望んで『聖人』になったわけじゃない。

 聖魔法なんて発現しない方がよかったと思おうとしたんだけど、僕の聖魔法が発現したおかげでエルヴィン殿下を救うことができた。そこだけは今でも誇りに思っている。それはなかったことにはしたくなかった。

 でも『聖人』という肩書きが確実に邪魔をしている。僕はやっぱり騎士になれないのかな……


 全ての試験を終えて、もうダメだと落ち込みながら歩いていると、ファビアン様が訓練場にいるのが見えた。目指した場所が今はとても遠く感じる。

 せっかく教えてもらったのに受からないかもしれない。失望させてしまうのかと思うと合わせる顔がない。

 ローブのフードを目深に被って、気付かれる前に立ち去ろうと僕は足早に通り過ぎた。


「ハルトくん」

 それなのにファビアン様は僕を見つけてしまった。

 後ろから追いかけてきて、彼に腕を掴まれたんだ。

「ごめんなさい」

 僕はそれしか言えなかった。

「何かあったんだね。ちょっと話を聞かせて」

 僕は腕を引かれるまま、ファビアン様についていった。振り解いて帰ることだってできたのにしなかったのは、苦しくて誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。


 連れて行かれた先は団長室と書かれた部屋だった。シンプルな部屋には飾り気のない木製の執務用の机と椅子、入って左手には革張りのソファとローテーブルの応接セット、奥にも部屋があるようで扉が見えた。

 僕はその応接セットのソファに座るよう促された。浅く腰掛けると、ファビアン様は僕の隣に座った。


「私の目から見てハルトくんの剣技も魔法も、騎士学校に入るレベルには十分達している。実技は問題ないように思うし、筆記はあってないようなものだ。だとすると面接で何かあった?」

「……」

 ファビアン様には分かってしまったか……

 実技で失敗したことを疑われないのは、それだけ僕のことを信用してくれているということかもしれない。

「面接官は第一か第二に所属する高位貴族の弟や息子が多い。第三は実技の担当だからな。侯爵家のハルトくんに言うとしたら第一の誰かか。もしかして『聖人』だからという理由で何か言われた?」

 思い出すと、呼吸が上手くできなくなる。泣きたくなんかないのに悲しいわけじゃないのに、悔しくて涙が込み上げた。

 俯いたまま膝の上で握り締めた拳に、ポタリポタリと何粒もの雫が落ちる。

「騎士より、聖職者に……なった方がいいと……」

「あいつら、人の努力をなんだと思っているんだ。何が騎士だ。そんな奴が騎士を語るなど許せない。面接官は面接しかしないから、実技を見ていない。実技担当は私の部下だから、ちゃんと公平な点をつけるよ」

 僕の代わりに怒ってくれて、公平な点をつけると言ってくれたことで、やっと少し救われた気がした。


 卒業まであと少し。もうすぐ成人なのに泣いてしまって恥ずかしいと言うと、「私しか見ていないから大丈夫だよ」と言って背中を撫でてくれた。ファビアン様はやっぱり僕の憧れだ。僕もこんな騎士になりたい。

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