第57話 地下世界
「なるほどのう。そんなことがあったとはのう……」
カルディア王は顎に蓄えた白ひげを撫でる。
俺たちはそのホテルの特別最上階のロイヤルスイートルームに招かれて、エリーゼが身の上から今までのこと伝えていた。
「それでお祖父様にはできればご支援いただきたいの。このままではオルデア王国はイザベラ妃に乗っ取られてしまうわ」
「エリーゼ……お前、カルディアに来い。もちろん王族対応となるし、優遇もする。イザベラ妃からも守ってやる」
「お祖父様…………オルデアは私の生まれ故郷です。母の愛した王国に国民たちがいます。彼らと国を見捨てて、私だけ安全圏に逃げることなどできません!」
エリーゼは強い目の光を発しながら宣言する。
「そうか…………助けてやりたいのは山々なんじゃがのう。勘違いされることが多いが王だからといってなんでも好き勝手できるわけじゃないのじゃ」
「いえ、陛下は随分と好き勝手されていらっしゃいますが?」
そこでシグナスが割り込む。
「お前は黙ってとれ! 血を流す可能性があるとなれば臣下たちや国民に対して説得材料が必要になる。生き別れていた孫娘が泣きついてきたから……という理由だけでは残念ながら説得材料にならんじゃろう」
カルディア王の反応は予想されていたものではある。
ここで俺は旅の最中に練っていた案をぶつける。
「恐れながら、陛下。私からも進言させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ん…………貴様はグレイスとか言ったか?」
「はい、グレイスです」
「うむ……許す。申せ」
「陛下はヒカリゴケというものをご存知でしょうか?」
「ヒカリゴケ? ……いや、知らんな」
「それではそこから説明させていただきます。ヒカリゴケとは暗闇の中でも光源となる、文字通りの光る苔になります」
「ほう……」
カルディア王の目の色が変わる。
食いついてきたようだ。
「カイマン領ではそのヒカリゴケの産地となっておりまして、特産品として領外へも出荷しております。ただこのヒカリゴケ。光源にはなりますが、苔なのであまり見た目がよくはありません。それに強い光を必要とする場合はそれなりの量が必要となります。なので、ランプやろうそくなどの代替には好まれない傾向にあります」
「そのヒカリゴケはどれくらい持つのだ?」
「一度生えると数年は持ちます」
「繁殖は?」
「それは残念ながら特定の気候風土でしか繁殖はしないようです」
「なるほど……」
カルディア王はそこで言葉を切る。
「事前にエリーゼより、カルディアには巨大な空間の地下世界が広がっていると聞いております。豊富な水源もそこから引いていると。ただその地下世界は真っ暗闇で光源がない為、手つかずになっており有効活用できていないと。そこの地下世界の天井へヒカリゴケを設置すれば人が住むにも十分な光源となります。ただ設置には手間はかかりますが……」
「例えばじゃ、例えばあそこの広場が地下世界だとしてその天井一杯へヒカリゴケを設置するのにかかるコストはいくらじゃ?」
「設置コストは分かりかねますが、ヒカリゴケ自体のコストであれば大口購入いただけるということであれば…………おそらく白金貨1枚くらいでいけるかと。ただこれには輸送コストは入っておりません。ああ、後ヒカリゴケは日光をそれほど必要としない穀物であれば栽培可能なことが分かっています」
「なんだと!!」
カルディア王は血相を変えて椅子から立ち上がる。
「いや、失礼。…………なんということだ、地下で穀物が栽培できるだと? 我が国の悲願が叶うじゃないか……」
彼はしばらく一人で何事か呟きながら熟考する。
「よし、申し分のない話だ! カルディア王国は全面的にエリーゼを支援し、オルデアと対決姿勢を取ることを約束しよう!」
「ありがとうございます!」
「ありがとう、お祖父様! やったね、グレイス!」
「ああ、やったな!」
「ところで、グレイス。話は変わるのじゃがな」
カルディア王は先程の喜んでいた様子から一転、元の鋭い眼光へ戻っていた。
「お前、エリーゼとどういう関係じゃ? まさか、わしの可愛いエリーゼたんに手出ししておらんじゃろうな? 一緒に旅をしておるようじゃが……もしや、エリーゼたんとあんなことやこんなことを……しておらんじゃろうな!」
「お祖父様止めてください!」
「なぜ止めるんじゃエリーゼたん!」
「陛下」
そこへ冷たい声色のシグナスが割り込む。
「そのような陛下の過干渉の振る舞いをキモいとナディア様が王国を飛び出したのを忘れたのですか? ナディア様がいなくなってあれほど気落ちしたのに、学んでください。このままだとまたエリーゼ様にもそのうち愛想をつかされますよ」
「ぐぬぬぬぬぬ…………分かった……」
カルディア王は明らかに気落ちした様子で引き下がる。
「それで世界会議までにご協力願いたいことなのですが……」
俺はそんなカルディア王に若干の不安を感じながらも、必要となる手立てについて協力を求めていった。
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