第47話 オアシス

「もしかしてあれか?」

「そうかもね……」


 ワイバーンの背に乗った上空から、果てしなく広がるアムール砂漠の先に蜃気楼のようにぼんやりと都市があるように見えた。

 ある程度高度もスピードも出ている為、多少マシではあるが強い日差しにジリジリと焼かれ続けてそろそろやばい。

 エリーゼもシオンも顔色が悪く、昨日から水分補給をせずに飛び続けているワイバーンもどこまで持つか分からない状況だ。

 頼むからあのぼんやり見える都市がカルディア王国であって欲しい。


 蜃気楼へはじりじりと近づいているが、途中で渾然と消えたりして心臓に悪い。

 だがあるラインを超えると一気に都市の輪郭がはっきりしてきた。


「よかった、これで助かる……」


 ほっと胸をなでおろす。

 山脈を超えてからここまで3日かかっており、目算が甘かったようでもう水分も残り少なかった。

 強敵にひと思いにやられるならまだしも、砂漠で脱水症状で死ぬなんてまっぴらごめんだよ。


 王都の目の前までたどり着いてワイバーンから地上に降りる。

 

 どこから生じているのか、カルディア王国の王都は澄んだ青々とした水に一円囲まれていた。

 それは砂漠のど真ん中の都市であるというのを、忘れてしまうような光景だった。

 だけどこれで水の心配はいらないということだ。

 

 ワイバーンはお金はかかるが門衛に預けることになった。

 俺たちは門衛との手続きを終えて、王都に足を踏み入れる。


「わあ、すごい……」


 皆から感嘆の声が上がる。

 そこは、砂漠の厳しさを忘れさせるかのような、まるでオアシスそのものだった。


 透き通るような青空に、いくつもの白い鳩が舞い、街並みは美しく整然と並ぶ石造りの建物に彩られている。

 道沿いには水路が張り巡らされ、その流れに沿って歩けば水のせせらぎが心地よい音を立てている。

 市場にはさまざまな果物や香辛料が所狭しと並び、香ばしいパンの香りや、異国の甘い香水の匂いが混ざり合い鼻をくすぐる。

 

「こんなところが砂漠の中にあるなんて、信じられないわ……」


 シオンが呟く。

 エリーゼも少し顔をほころばせながら、背伸びをしている。


 俺たちはまず宿を取った。

 宿に荷物を預けた後、目についた大きな噴水広場のベンチに腰を下ろす。

 すぐそばには商人たちが並んでおり、冷たい水や果物を売っている。

 俺たちはお互いに無言で頷き合い、すぐに商人の方へと歩み寄った。


「水を……それと、何か甘い果物をお願い」


 商人は笑顔で頷き、冷たい水の入ったグラスと、熟したオアシスの果物を差し出してくれた。

 手にした瞬間、俺たちはまるで命を吹き返したかのように、それをむさぼり食った。


 オアシスの果物を口に含むと、まずその甘さに驚かされた。

 熟しきった果肉は口の中でとろけるように柔らかく、瑞々しさが喉を潤していく。

 果汁が口いっぱいに広がり、乾き疲れきった体に命を与えるかのようにも感じられた。


「甘い……でも爽やかで、少し酸味もあって……これは本当においしい!」


 エリーゼが感嘆の声を漏らす。

 砂漠の厳しい日差しを忘れるほどの、甘さと冷たさが体の隅々まで染みわたる感覚があった。

 冷たい水もまた、喉を心地よく冷やし、乾ききった体を癒してくれる。


「これは……生き返るな……」


 俺も深く息をつき、久々に感じる冷たい水の清涼感に、思わず顔がほころんだ。 


「あー、おいしかった!」


 シオンは満足げに幸せそうな顔をしている。

 俺たちは美味しいものを食した後に訪れる、幸福感にしばらく浸っていた。


「それじゃ、俺はちょっと寄るところがあるからさ。エリーゼたちはカルディア王への面会の手続きお願いしていい? どうせすぐには会えないだろうからさ」

「いいわよ。で、グレイスはどこに行くの?」

「俺はこの街の案内所に行ってくる」

「案内所? ふーん、分かった!」


 エリーゼはシオンを伴って、王城の方へと向かっていった。

 俺は俺で目的の場所へ向かう。

 案内所というのは方便で俺が向かうのは路地裏のマザーと呼ばれてる、占い師がいるところだ。

 その占い師というのが、ゲームで困った時に道しるべを示してくれたり、時にはアップデートやDLC情報を提供してくれるという存在なのだ。


 ではゲーム情報に精通しているはずの俺が、なぜそんな所に情報を求めにいくのか?

 というのもイリスから竜たちを蹂躙したという始祖の存在を聞いたからだった。


 始祖などという存在は聞いたことがなく、竜たちを一瞬で滅したその実力からラスボスの魔王よりも遥かに高い実力をもっていると思わる。

 路地裏のマザーはゲームのアップデート情報などにも精通しており、始祖のような謎めいた存在についても何か有力な手がかりを持っているかもしれない。


 王都の下町方面へ向かって進んでいく。

 すると少しずつスラム感が出てきて、道行く人たちの人相も悪くなってきたので少し警戒を強める。

 まあ襲われようが対処はできるんだけど、無警戒にアホ面さげてたら襲われる可能性も高くなるだろうし。


 その時だった。俺は一人の男に突然声をかけられる。


「ねえねえ、お兄さんちょっといい?」


 物売りだろうか?

 だが、売りつける商品は持っていなさそうで、見た目はどちらかといえば冒険者風に見えた。


「悪いけど、急いでるんでね」


 無視しようかと思ったが、しつこくついてきそうだったのでそう断る。

 先を進むが、男は後ろについてきていた。

 うっとうしいなあ。ずっとついてくるつもりか?

 すると男が唐突に言い放った。


「つれないなあ。同じ転生者同士仲良くしようよ」


 俺は立ち止まり、男の顔を凝視した。

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