第44話 明晰夢

【グレイスside】


 夢だとはっきり分かる夢というものがある。

 今回見ている夢がまさにそうだった。

 体験しているのだけど、どこか俯瞰してその光景を眺めている感じ。


 その夢はおそらく前世の一場面を投影したものだと思われた。


「状態はどうだ?」

「悪くない。さすが如月きさらぎ博士だな。ここまで治験がうまくいくとは思ってなかった」


 おそらく病院の一室思われるような無機質な部屋の中に、白衣を着た二人の研究者風の男がタブレットに何か入力をしていた。

 前世の記憶でも見覚えがない場所だ。


「この治験が成功すれば、会社は莫大な利益を手にする。今のうちに株を買っておくのも悪くないかもな」

「いやいや、それは流石にインサイダーになるだろ。会社に株の割り当てしてもらうのが現実的じゃないか」

「現金支給じゃなくて株での支給をお願いするってか? ……まあそれもありだな」


 病室には二人の男が寝転がっていた。

 二人とも頭部に機器を取り付けられていて、顔を確認することができなかった。

 麻酔なのか二人とも眠りについており、ピクリとも動かない。


「俺達もリスク負ってるんだ。この治験がバレたら間違いなくブタ箱いきだからな。その分、いい給料はもらってるが……これはどうも」


 そこで部屋の自動ドアが開き一人の男が入ってきた。

 口髭を蓄え、年配で恰幅がよくどこかしら威厳を感じる男だ。


「治験の進行はどうだ?」

「順調です。いずれの数値もポジティブ反応を見せており、今からリリースした時の反応が楽しみですね」

「そうか、それはよかった。数値によってマーケティング費用が変動するので計測は正確に頼むぞ」


 年配の男は満足げに顎を撫でる。


「承知しております。ただ、弊社の過去に類を見ないポジティブ反応ですから、未曾有の宣伝広告になるのではないでしょうか?」

「ああ、すでに動きはじめてはいる。こちらも大金を投入する分、失敗はできん」

「ちなみにいくらほどの予定でしょうか?」

「10億は軽く超えるだろうな」


 研究者風の男は唾を飲み込む。


「それは……」

「これまでに投入した開発費はすでに100億を超えておりまさに社運をかけたプロジェクトで、このプロジェクトがこければ我が社は倒産するだろう。だがこのプロジェクトが成功すれば我が社は業界のイノベーター、マーケットリーダーとして君臨することになる。そうなれば未来は思うがままだ!」

「素晴らしいですね! 是非とも成功させましょう!」

「ああ、もちろん言うまでもないが、成功すれば社員にも給料やストックオプションという形で還元させてもらう」

「遠野CEO、ありがとうございます」


 遠野CEO?

 どこかで聞いたことがある名前だ。

 顔も見覚えがある。

 思い出せそうで思い出せない。

 まるで喉に引っかかった魚の骨が、中々取れない時のようなもどかしさだ。

 

 その時――――俺は突如頭痛に襲われ、夢から醒めることになった。





 

「っ、はあ!」


 目覚めると辺りは人気ひとけのない、森の中だった。

 傍らでは、エリーゼとシオンが横になって寝息を立てている。


 ラグナ郷でワイバーンを借りて、海を超えてバルカン山脈を越える前にワイバーンが力尽きそうになった為、翼休めで野宿をしているところだった。


 焚き火は寝ている最中に消えている。

 辺りはまだ薄暗いが、東の空からは薄っすらと陽の光が出はじめていた。

 異世界の野宿なので、上等な空気式の寝床みたいなものはなく、固い地面を直下じかに感じながらの睡眠だ。

 明晰夢めいせきむを見たということもあるが、あまり寝た気がしなかった。


 一体なんだったのだろう、あの夢は。

 前世の俺の何かしらの体験に即した夢なのだろうが……。

 最後に登場してきたあの男。

 

 彼は確か有名ゲーム開発会社のCEOとかだったはずだ。

 なんであんな夢を見たんだろう?


「…………」


 澄んだ早朝の空気と静かな森の中で考えを巡らす。

 少し考えてみたが、答えは出なかった。

 気持ちを切り替える。


 傍らで眠りについているシオンに視線を向ける。

 突如ラグナ僧を辞めて、俺たちと冒険を共にすると宣言したシオン。

 

 彼女の印象はあの宴の日以降、180度変わった。

 思いもよらない事実を突きつけられて、ある種俺の人生観を変えたともいえる。

 まあ、それはちょっと大げさかもしれないけどな。


 俺はあの忘れ得ぬ宴の日を回想する。

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