第36話 今更もう遅い!

【シオンside】

 

「それは一体どういうことですか?」


 聞き捨てならないという様子で大僧正はシオンの近くまで歩み寄って問いかける。


「グレイス様とエリーゼ様は今日、門前払いをされました。そこにいる、リュウゲン副僧正によって!」


 皆の視線がリュウゲンに集中する。


「だ、黙れぇ!!」


 するとあろうことか、リュウゲンはシオンの顔面にグーパンチをお見舞いした。

 シオンは顔を抑え、その鼻からは血が流れ出ている。


「なにするのよ!」

「うるさい! 貴様がさも私が悪いかのように大僧正に報告するから、鉄槌を下したまでだ!」


 リュウゲンは真っ赤になって抗弁する。


「なによ! 大僧正様を子どもジジイ呼ばわりして、そのうち蹴落としてやるとも言ってたじゃない!」

「黙れ黙れ黙れーーー!!!」


 リュウゲンは発狂したようにシオンを殴りつける。

 シオンは僧院の中で数少ない若い女性で、その中でもとりわけ美しいときている。

 僧の中に彼女のガチ恋勢は多くいる。

 純情な恋愛経験の少ない若者たちだ。

 彼らは激情にかられて考えなしにリュウゲンに飛びかかった。


「止めろ! いたいけな女性に向かってぇ!」

「この外道がぁ!!」


 だが、飛びかかったものたちはいずれも教士、守人といった位のものたちでリュウゲンとは大きな実力の開きがある。


「がぁああああああ!!!」


 リュウゲンは凄まじいい裂気を身に纏い、飛びかかってきたものたちをあっという間に一蹴する。


「雑魚どもが勘違いするな! わしは副僧正だぞ、貴様らなどが束になろうと敵う相手ではないわ!」


 無双するリュウゲンの雄たけびが堂内に響く。

 その時、イリスがリュウゲンに向かって手をかざした。


「ぐぅううあああああああ!!!」


 するとすぐにリュウゲンは地面に押し付けられる。


「お前こそ勘違いするのでないのだ。私の使い手、グレイスへの暴言は万死に値するのだ」


 イリスは彼女の重力転換の能力によって一瞬でリュウゲンの四股の自由を奪った。

 リュウゲンに与えられる重力の力がどんどんと増して、彼の額に浮き出ている血管が切れそうになっている。


「イリス様。郷の不始末は郷でつけたく存じます。ここは私の顔を免じて、矛を収めていただけないでしょうか?」

「…………」


 するとイリスはかざしていた手を降ろした。


「分かったのだ。けじめはしっかりとつけるのだ」

「御意にて。心得ております」


 今度は大僧正のギョクレイがリュウゲンと対峙する。


「お前が、お前さえいなければ……」


 リュウゲンはうわ言のように呟きながら立ち上がる。


「リュウゲン副僧正。未来の英雄を門前払いしたというは事実ですか?」

「何が未来の英雄だあんなガキ。変態令息とまで呼ばれてる公爵の子息だぞ? あんなものは我が総本山にふさわしくはないわ!」

「……では百歩譲って未来の英雄のことは仕方ないとしましょう。しかし、郷の大恩あるナディア様のご子息はなんとしても引き留めるべきでしたし、私に相談があるべきでした!」

「いつまで過去を引きづってんだ! 俺たちはもう未来を向くべきだ!」

「未来を向いたとしても過去の恩を忘れていい事にはならない!」

「黙れ! ここでてめぇをぶちのめして俺が大僧正に成り代わってやるわぁ!」


 リュウゲンは懐から小瓶を取り出すとその中に入っていた竜の血を一気に飲み干した。

 彼から発せられる烈気が爆発的に増加する。

 

「愚かな……」


 ギョクレイも懐から小瓶を取り出し、その中に入っていた青い血を一気に飲み干した。

 だが、ギョクレイは一見すると何も変わっていないように見受けられた。

 

「来なさい」


 ギョクレイはリュウゲンを手招きする。

 すると、リュウゲンは講堂の床の板を蹴り壊して、一足一瞬でギョクレイの元に到達すると直拳を顔面に叩きこもうとした。

 しかし、その直拳は空振り、目の前からギョクレイの姿は消えていた。


「んな? どこに……」

「ここです」


 ギョクレイはいつの間にかリュウゲンの後方へと移動していた。

 彼の動きを目で追えたものはイリス以外にはその場に一人もいなかった。


「はっ!!」

 

 気合一閃。

 ギョクレイは一足で踏み込み、その小さな体ごと肘打ちをリュウゲンに直撃させる。

 

 リュウゲンは「ぎゃっ!」という声を上げた後に吹っ飛ばされて講堂の太い柱に打ちつけられた。


「ぐぅううううう」


 彼はその一撃でグロッキー状態になり、立ち上がることもできない。


「今です! リュウゲン副僧正を拘束しなさい!」


 大僧正の指示に僧たちが動く。

 拘束されたリュウゲンはどこかへと連れていかれた。


 大僧正は講堂に残った僧たちに向かって話す。


「いいですか、皆さん。ラグナ郷は今、存亡の危機にあります! 一刻も早く英雄グレイス様をここ総本山へとお招きする必要があります! 第一種戦時体制を取り、各班の班長の指示との下、最優先で英雄グレイス様への接触と説得を行ってください! この命令はラグナ郷のしきたり、決まりをすべてを超えて優先されます! それでは第一種戦時体制を開始!!」

「「「はい!」」」


 僧たちは大きな声で大僧正の指示に応える。

 彼らはそれぞれの使命を果たすために散っていった。


「大丈夫ですか、シオン」


 大僧正は今度は血が吹き出ていたシオンの元へ来て、彼女を労う。


「ありがとうございます。もう血も止まったみたいですので、大丈夫です」

「辛い思いをさせました。副僧正の暴走は私の責任です。彼の野心の高さと粗暴さは把握してましたが、あれほどとは……。実務能力と向上心を買っていたのですが、考えなさなければならないようですね」

「そうですか……」


 シオンはどこか悲しげな表情を浮かべながらそう返した。


「英雄グレイス様がつかまればいいのですが」

「ですが、例え捉まったとしても郷のしたことを考えれば……」


 ギョクレイは神妙な表情へと変わる。


「そうですね、今更もう遅い! っと叱責を受けることになるかもしれません。ですが、どんな叱責を受けたとしても彼は郷の未来に必要を不可欠。例え土下座をしようが、泣き落としをしようが、秘蔵の宝物を送ろうが、どんな手段を用いてでも、彼を総本山に招き入れなければなりません」


 ギョクレイはその瞳に強い決意の色を浮かべていた。

 彼は今言った通り、きっとどんな手段でも取るだろう。


 こうしてラグナ郷の総力を上げてグレイス大捜索隊が組まれて、グレイスたちの行方が必死に捜されることとなった。

 そんなこととは露知らず、グレイスとエリーゼはマイペースに冒険の旅を続けているのであった。

 

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