第23話 決闘の日

【グレイスside】


 遂にイベントの日がやってきた。

 

 本来はグレイスが街の女性に痴漢行為をしている所に勇者が通りがかり、それを咎めて戦闘になるはずだった。

 だがグレイスは俺だ。たとえ冗談でも痴漢なんかしたくない。


 どうなることかと街にいってみると、俺に思いっきりぶつかってきた男がいた。

 男は盛大に書類を道端にぶちまける。

 前日雨だったこともあり、道には水たまりもあって一部の書類は使えものならない状態になっていた。


「どうしてくれるんだ! 大事な書類なんだぞ!」

「いや、ごめん。悪かったって。でも不注意はお互い様だろ?」


 男を避けられなかったこちらも悪いかもしれないが、不注意はそちらも同様だ。


「何ぃお前、開き直るつもりかぁ! これは高貴なお方の為の書類なんだ。お前の首なんぞすぐに飛ぶぞ!」

「……それは脅しか?」


 面倒な事になったと思いながらも問いかける。

 

「一体どうした? 国王へ報告する書類は問題なく送れてるんだろうな?」


 そこへ勇者アルフレッドが通りかかる。


「勇者様! この野郎がぶつかってきて書類がぐちゃぐちゃになりまして」

「なぁにぃーー?」


 いや、ぶつかってきたのはそっちだろうが。

 勇者と男は俺に敵意のこもった視線を向ける。

 

 そこで俺はそういうことかとピーンっとくる。

 おそらく勇者は俺と揉めようと因縁をつけてきたのだろう。

 登場が芝居じみていて三文役者の匂いがぷんぷんするのだ。


「ぶつかってきたのはそっちだろ」

「いや、てめぇがぶつかってきたんだろうが! 勇者様、こいつどうしましょう!」

「お前、その身なりとで剣を持っているということは騎士の心得はあるな」

「あるが?」

「では騎士らしく決闘で白黒はっきり決めるというのはどうだ? 俺が勝てばお前は重要書類を破損した罪で牢獄いき。お前が勝てば、今回の不始末はチャラにしてやろう」


 なんでこっちだけにペナルティがあってそっちにはないんだよ。

 納得できない条件ではあったが、直接対決はこちらも望むところだ。

 どのみちストーリーの進行上、勇者とは必ずぶつかることになるんだしな。


「いいだろう。じゃあ、俺が勝ったら二度と今回みたいな変な因縁をつけてくるなよ?」

「因縁だと? 変な言いがかりはよしてもらいたいな。では、決闘は明日の昼。太陽が真上に上がった時にこの街一番の広場で行うこととする! 逃げるなよ」

「そっちこそな」


 勇者は男を伴って去っていく。

 これで確信できた。勇者アルフレッドは転生者だ。

 そして俺が転生者ということにも俺の行動を分析して勘づいている。


 王女との出会いのイベントでの不自然な待ち伏せ。

 それにこのイベントでの明らかに作為的な因縁の付け方。

 奴は前もってイベントを知り、そして俺がどういう行動を取るかも予測した上で行動している。


「転生者か……厄介だな」


 ただのゲーム上の勇者ではなく、転生者を相手取るのは攻略難易度が跳ね上がる。

 あいつが俺以上に攻略情報に精通していたらやばいからな。

 

 だがこの日の為にやるべきことはやってきた。

 勇者対策のための装備を揃え、レベルも序盤ではあり得ないレベルまで上げてきたのだ。

 人事は尽くしたので、後は天命を待つのみだ。


 俺は逸る気持ちを抑えながら、今日はゆっくり宿で過ごすために帰路にたった。




【アルフレッドside】


「頑張れー勇者アルフレッド様ー!!」

「変態貴族のグレイスなんて、やっちゃってください!」

「頑張れ、頑張れアルフレッドー。頑張れ、頑張れアルフレッドーーー!!」


 広場には、中央の俺とグレイスが戦うスペースを除いて、ギャラリーで埋め尽くされていた。

 おそらく数百人は集まっているだろう。ここまでよく集まったものだ。


 まあ、このギャラリーや応援団は秘書隊に命じて、俺が用意させたものなんだけどな。


「グレイス様、頑張ってください!」


 そんな中、王女エリーゼの応援の声がグレイスに飛ぶ。

 ちっ、と思わず舌打ちで出る。


「俺の未来の妃が悪役モブなんて応援しやがって……」


 俺は他人に聞かれないようボソリと呟く。

 王宮にも今回の決闘の情報を流し、王女エリーゼがこの場に駆けつけるようにしていたのだった。


「それではこれより、勇者アルフレッド様と、公爵令息グレイス様の決闘を執り行います! 戦闘にルールは設けず、敗者は勝者の言う事に従うこととします!」


 金を握らせている審判が決闘の開始を宣言する。


 この決闘、展開すべてが俺の計算通りだ。

 そこにグレイスはアホ面をさげて、何も知らずに決闘の場にやってきたのだった。

 クックック、飛んで火に入るなんとやらだ。


 俺の方はレベリングも装備もバッチリだ。

 軽くもんでやろう!


「それでは――――始めぇ!!」


 審判の合図により戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 グレイスが黒色の剣を振り上げ打ち下ろしてくる。


 キィイーーーーーンッ!!


 剣と剣が火花を散らしながら金属音を響かせ、鍔迫り合いの状態になる。


 ふん!

 見え見えの攻撃だ!

 見え見えの攻撃なんだが…………なんか重くないか?


「うおっ!?」

 

 グレイスが剣を前に突き出すことで後ろにふっ飛ばされる。

 

 まさか俺が力負けした?

 おかしい、俺の今のレベルは58だ。

 序盤ではそこまでのレベルにソロでは上げられないはず。

 報告ではグレイスはソロで活動していたはずだ……。


 なるほど、分かったぞ!

 奴め剛力系のスキルを得たな。

 それなら説明がつく。

 力には気をつける必要があるということか。

 だが、力だけならただのでくの坊だ。

 目にもの見せてやる!


『風の歩み!』


 一瞬でグレイスの背後へと回る。

 足元に風を纏い、移動速度と回避力を飛躍的に上昇させたのだ。

 

 突如グレイスの背後に現れた俺に観客から感嘆の声が上がる。


「おらぁ!」

 

 剣を横薙ぎに払うと――


 生意気にもグレイスは攻撃を防ぎやがった。

 でくの坊のまぐれ当たりか!


「……随分とゆっくりとした攻撃だな。それで全力なの?」

「はあっ!?」


 グレイスから思いもよらない言葉をかけられる。

 ゆっくりとした攻撃だと?

 まぐれでたまたま防いだ奴が何を調子に乗ってやがるぅ!!


 風の歩みを連続で発動する。

 グレイスの周りを縦横無尽に動き回る。


「アルフレッド様の姿が……」

「信じられない。人があんなに早く動き回れるなんて!」


 観客たちはすでに俺の姿を目で追えてない。

 グレイスは身じろぎもせず、全く俺のスピードについてきていないようだった。


「ゆっくりとした攻撃だとぉ? ならばこれならどうだぁ!!」


 グレイスの死角から剣を振り下ろす。


 やった!



 ――――しかし、打ち倒したはずのグレイスは目前から消えていた。


「はあ!? ど、どこにいきやがったぁ!!」

「こっちだよ」

「はっ!!」


 声がした後方を振り返る。

 振り返ってグレイスの方へと向いた途端に腹部に強烈な前蹴りを食らった。


「ぐぅうおおおおおおお!!」


 ……息ができない。

 痛みと衝撃で目に涙がたまる。


「ぐはぁっ!」


 ようやく息継ぎできる。

 グレイスは剣を肩にトントンとして余裕の表情でいる。

 この野郎……。


「まぐれ当たりが調子に乗るなぁ!」


 剣を振り回すがグレイスはそれを尽く躱す。


「えっ、あの変態があんなに速い攻撃を全部躱してるの?」

「グレイスってすごくねー」

 

 くそくそくそぉおおおおおおお!!

 モブの悪役令息如きに勇者の俺様がぁ!!!


 まてよ。こいつ……まさか、空間系のスキルも得ているのか?

 でも勇者以外のキャラクターは二つ以上のユニークスキルは得られないのでは?

 悪役令息はコピースキルが固定のユニークだったはずだ。

 ……もしかして剛力系がユニークじゃないのか?

 

 まあいい、からくりが分かれば対策は可能だ。

 俺は周囲に神経を凝らす。


『無明感知!』


 これは例え暗闇であっても敵を探知できる能力だ。

 瞬間移動した瞬間に制裁を加えてやる!


 そこでグレイスはニヤリと笑みを浮かべる。

 何を笑ってやがる!!

 また激昂しそうになるが、なんとか抑える。


「え!?」


 気づくと右肩の下から鮮血が吹き出していた。


 痛っ!!?

 攻撃を受けた!?

 いつ? どうやって?

 無明感知で何も感知できてないぞ?


『慈愛の加護!』


 回復スキルですぐさま傷を癒やす。

 この程度の傷ならすぐに治る。

 しかもこのスキルは戦闘中はずっと効果が継続するのだ。

 作中最強の勇者の俺様に死角なんてないんだよ!


 しかし、一体どうして三流の装備屋で購入した剣でなぜ俺の鎧を切り裂けるんだ?

 上質なミスリル製で白金貨35枚分の3億5000万もの大枚をはたいて購入した最上級の防具だぞ!?


「おい、お前なんだその剣は? なんで三流装備屋で用意した装備でそんな威力が出せるんだ!」

「なんだって、お前が馬鹿にした三流装備屋で用意してもらった剣だよ」

「嘘つけ! あんなクズ店主にそんな上等なもん作れるわけねぇだろうが!!」

「いや、実際作れてんだからしょうがなくない?」


 グレイスはポリポリと頭をかきながら答える。


 ……こいつ舐めたつらしやがって。 

 予定では今頃地面に這いつくばらして、俺の足でも舐めさせている予定だったのに……。

 そう思うとむかっ腹がたってきた。

 

「てめぇこらぁ、モブ雑魚が調子乗ってんじゃねえぞぉ!! 一体、誰を相手にしてると思ってんだ? 俺は勇者様だぞぉ!!」

「勇者様ね…………まあ、レベル差が30以上もあればいくら勇者様であっても赤子みたいなもんだね」

「は? 何を言って…………」

「お前、レベル58だろ。俺はレベル92だよ」

「はぁっ!?」


 絶句する。レベル92!?

 序盤でそんなのあり得るわけが……。

 だが、それなら今までの戦闘での奴の力やスピードが説明がつくにはつくが……。

 

「っ!」


 気づくとグレイスはまた一瞬で横に来ていた。

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