第18話 unknown0578
街中を歩いているだけで、すれ違っていく通行人たちが俺の方を振り返る。
男だけでなく、女性まで振り返る人がいるのは驚いた。
「ねえねえ、お姉ちゃん。お暇あったらちょっと時間もらえない? お話しようよー」
「あいにく忙しいの」
何人かの男に声をかけられるがそれは軽くあしらう。
「そんなこと言ってー、さっきからこの辺り歩き回ってんじゃん。ナンパ待ちでしょー」
「結構だって言ってんだよ!」
しつこいやつには地声を聞かせてやった。
「なんだよくそ、ネカマかよ」
ナンパ男は捨て台詞を残して去っていく。
イベント発動条件は魅惑の扉のママにメイクされて街中を歩き回るだけだ。
だが、そのイベント発動は完全にランダムでここからは根気強く歩き回るしかなかった。
このようなイベントだ。
見つかったのは完全に偶然で、検証スレに報告がされたときには最初みんなに釣りの疑いをかけられたものだった。
またそのイベントの特性上、イベント自体がまだ実装途中のバグではないかとも言われている。
だが、公式にも連絡がいってるはずにも関わらず、その事象は一切修正されることはなかった謎イベントでもあった。
1時間くらい歩き回った。
最初は街中を歩くのもナンパなどされたり物珍しく楽しかったが、流石に飽きてくる。
それに、いつイベント発動するか分からないというのは気が滅入りそうになる。
そんな感じで少し、疲れと焦りが出てきた時のことであった。
突如、一瞬で景色が切り替わった。
気づけば周囲の景色が歪み、異質な世界に足を踏み入れていた。
大地はデジタルノイズのように断続し、空は無数のグリッドラインとチラつく文字化けの符号で埋め尽くされている。
空間そのものが不安定で、時折視界が揺らぎ、場所によっては異常なまでに色が歪んでいる。
目に見える全てがプログラムのエラーで構成されているかのような不安定さだ。
不自然な静寂の中、遠くから微かな電子音とともに、どこかでコードの断片が崩壊するような音が聞こえる。
空気は静まり返り、まるでこの世界全体が正常に機能していないような感覚を覚える。
「すごいなこりゃ……」
ゲームで訪れたことがある空間ではある。
だが、実際に足を踏み入れるとその異質さに圧倒される。
その中心に一人の男が立っていた。
全身を漆黒の鎧に包み、赤い瞳でこちらを見据えている。
角を持つヘルムの下から覗く表情は冷酷で、口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
背後に漂う黒いオーラは、空間そのものを歪めるように揺らいでいた。
すかさず「鑑定」を試みる。
名前:unknown0578
年齢:悕燰�焧�
身分:瞮獢�餧�
レベル:攡�窩跰
体力:藦瓮暙氿
魔力:蟟憥鸖�
スキル:麰緢跇楆
ユニークスキル:鐎崬皽滐
名前以外はすべて文字化けして表示される。
このunknown0578という名前や他のステータス表示の文字化けも、このイベントが実装途中なんじゃないかと言われた所以であった。
「私はこの異界を支配する者だ」
唐突に男は声を発する。
その声は地の底に響くようで、だがどこか甘美な響きを含んでいた。
「お前、なかなか美しいな……。我が眷属として迎えたい。どうだ、私と契約しないか?」
その瞳には、冷酷さと欲望、そして美しいものを手に入れたいという強烈な執着が宿っていた。
ここからの問答は失敗できない。
一つでも返答を誤れば死を招きかねないのだ。
というのも、このunknown0578。
ゲームのラスボスよりも遥かに強い。
検証スレの猛者たちが、最強パーティーで何度挑んでも瞬殺されるという規格外の強さを誇っているからだ。
俺は片膝を地面につき、頭を垂れながら返答する。
「異界へお招きいただき光栄に存じます。非常に魅力的な提案では御座いますが、私は元の世界でやり残した使命がありますので、眷属というのは辞退させていただきたく存じます」
「うーむ……」
unknown0578はそう唸ると口に片手を当てて少し考え込む。
うまく返答を進めればこのunknown0578から、ゲームバランスを崩すようなアイテムを手に入れられる。
「良かろう。では、出会いの記念にお前に何か贈ろう。美しきものよ。お前は一体何者だ?」
ゲームではここで選択肢が表示されるが、今までと同じ通り何も選択肢の表示はなく自由回答のようだ。
ここで失敗するわけにはいかない。
俺は慎重に返答する。
「私は狩人でございます。自然界に存在する数多の獣や魔物を狩ることで生計を立てております」
「狩人か…………ならば、これが良かろう。受け取るがよい」
unknown0578はどこからか、なにかを取り出して俺に手渡す。
それはホイッスルのような小笛だった。
「それは魅惑の
「ありがとうございます。有り難く頂戴いたします」
よし!
目的のアイテムを入手できた。
すると突然、周りの空間が歪みだす。
「我を忘れるな…………我は美しきものを愛でるもの…………我の名は…………」
その名を聞く前にまた目前の景色は一変した。
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