第37話 失踪者の謎と不気味な地鳴り
教会の中は簡素なものだった。
必要最小限の装飾が飾られた屋内は礼拝に訪れる信者のための木製の長椅子が置かれているが、ライセたち以外に訪れている者は誰もいない。辺りを見回しても特に何か目を引くような物も置かれていない。あるとすれば奥の祭壇に安置されている女神像だろう。
――女神ライセリア。千年前に実在したとされる伝説の聖女だ。ライセはルシルに促されるままに女神像の前に跪き両手を組んで祈りのポーズを取る。ノアもそれに倣い、アインはそんな二人を少し離れて見ていた。
(これが私のオリジナル?と言うべき人かあ)
ライセリア像は右手を掲げ、左手を胸元に当てている。以前ノアが言っていた有名なポーズだ。どこの教会に置かれている女神像もこのポーズをしているという。
像の頭部の上――掲げた右手の上部には星を模ったような像が光背のように取り付けられている。
「この星って……」
「あら、ライセさんは女神様より大神様のほうにご興味がおありで? この星は大神様のシンボルですよ」
「えっ……あ、まあ……」
ライセは曖昧に言葉を濁した。この世界の信仰についてまだよく知らないのに迂闊なことを言ってはまずいと思ったからだ。しかし、ライセのそんな考えを見抜いているのかいないのかルシルは続ける。
「エデン教会と名は付いていますが、民間の信仰はライセリア様のほうが人気なんですよね。教義としては大神様のほうが主なんですけど、やはりみなさんわかりやすい女性の姿をしたライセリア様のほうが親しみやすいんですよ」
「あー、なるほどー……」
抽象的な星でしか大神エデンを表せないのに対して女神ライセリアは千年前に世界を救った実在の人物を神格化した存在だ。ゆえに彼女の逸話も多く残っているのだろう。わかりやすい偶像として民衆に親しまれているのも頷ける話である。
ライセはもう一度女神像を見上げる。白い大理石のような素材でできたの像の顔立ちはやはりというか当然というか、ライセ自身に似ている。
自分自身の大元になった人物なのだから当然と言えば当然だ。
女神像のライセリアのほうが今の自分よりも大人びた顔立ちをしている気がしなくもない。
その時――ゴンッと地面を下から突き上げる振動が教会内に響き地面が小刻みに揺れ始めた。
「――地震!?」
ライセは身構える。元日本人としての習性がそうさせた。
しかし地震らしき揺れはものの十秒も経たずに収まった。
ノアはキョロキョロと周囲を見回しアインは腕を組んだまま振動でかすかに揺れているシャンデリアをただ眺めていた。
「ここ数日、忘れたころに地震が起こるんですよね。小さな揺れですし、建物に被害を及ぼすほどでもないのであまり騒ぎ立ててかえってパニックになられるのもよくないと静観してるのですが――」
ルシルは頬に手を当てて困ったように言う。
地震大国である日本出身のライセとしてはどうしても気が気でなかった。
遺跡探索中に大規模な地震に遭遇すれば最悪生き埋め、なんてことは普通にあり得るからだ。
「この辺りに火山とかあったりするんですか?」
「いえ……そんなことは……」
何か違和感があった。
地震ならもっとゴォォォと地鳴りが響きそうなものだが、それがなく変な揺れのように感じた。
例えるなら地下で掘削工事をしているような……そんな揺れ。
もっとも、この地域の地盤がどうなってるかなんてライセには知りようがないので憶測にしかすぎないのだが。
とりあえずこの地震についてはあまり気にしすぎても仕方ない。
「ところで……ライセさんたちは何用で教会に? “視た”ところお祈りだけして帰るというようなわけではなさそうですけど」
ルシルも地震についてはこれ以上触れるつもりもないようで話題を変えてきた。
むしろこちらが本題なことを彼女はわかっているのだろう。
「十日前、ここの地下遺跡に冒険者が潜って帰ってこないという依頼がギルドで出されてな。俺たちはその捜索に来たんだ。名前はレイモンド・ブライトというんだが……あんたは心当たりないか?」
アインが手短に依頼内容を説明する。
ルシルは最初は要領が得ないといった表情だったが、すぐに合点がいったようでああ……と声を漏らして手を合わせた。
「申し訳ありません……私は一週間前にここに赴任してきたばかりでしてレイモンドさんには直接お会いしたことがなくて……前任の司祭様ならお会いになったと思うのですが……」
ルシルは申し訳なさそうにそう言った。
それはそうかとライセは思った。彼女はつい先日までこの街の司祭として赴任してきたばかりで後任の彼女が全て把握しているとは限らない。
「……その前任者さんは今どこにいるんですか?」
「ええと……お恥ずかしい話なんですが、前任の司祭様はここの治安の悪さに辟易して半年と持たずに――逃げるように聖都エデニアにお戻りになられまして……それで私が後任としてこの街に遣わされたという経緯が……」
「……それは前任者をあまり責める気にならんな」
ノアの問いにルシルは肩をすくめて答えた。アインも仕事をほっぽり出して逃げ帰った前任者に同情している。アインが前任者の司祭を慮る程度にこのスラムの治安の悪さは折り紙付きというわけだ。
ルシル曰く、前任者からの仕事を引き継ぎ作業の際ギルドから地下遺跡に潜った冒険者が行方知れずになっているという連絡を受け、初めてレイモンドのことを知ったという。
「私がもう少し早くレイモンドさんが地下遺跡に潜ったことを知っていれば――」
「いや、あんたはよくやっている。気にするな」
ライセもアインと同じ気持ちだった。ルシルは前任者の尻拭いをきちんとこなしている。責める道理など何処にもない。
レイモンドがクエストを受注したタイミング、前任の司祭が逃げ出したタイミング、全てが悪い偶然に重なっただけだ。ルシルが気に病む必要はない。
「……生存の望みは正直薄いが、できる限りのことはやろう」
「あの、もし……縁起が悪い話ですが、レイモンドさんのご遺体を発見した場合、私にご一報ください。私としても司祭を任ぜられる聖職者のはしくれ。そうなってしまった時は“
ルシルは真剣な声色と表情でそう言った。
どこか胡散臭い印象を受ける彼女であるが、ことレイモンドの消息に関することは聖職者らしい使命感に燃えているようにも見えた。
「それには及ばないさ。この娘が――ノアが“
ライセはノアの肩を叩いてそう言った。ノアもこくんと頷いて肯定の意を示す。
「あなたが“
「はいっ! まずは生きて連れて帰ることを第一に考えますから、“
「私も大神様と女神様にレイモンドさんの無事を祈りますから。あなたたちもお気を付けて――」
少々長話となってしまったがこの教会でやるべきことは済んだ。
ライセたちはルシルに別れを告げて、そのまま遺跡へと足を向けるのだった。
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