ドファンブル~蟹江先生、蟹へ転生~
メアー
一章 弱肉強食
第1話 弱肉強食ゲーム。
「おぎゃあああああっっ! 待って! 待って! 死ぬ! 死ぬ!」
発された言葉は産声ではなく、悲鳴であった。木々が生い茂る熱帯雨林のこの地に、命がけの戦いが繰り広げられている。
『
「そんな運動会での放送委員みたいな! やる気のない応援で頑張れるかぁ!」
『がんばれっ♥ がんばれっ♥』
「それだと応援の意味合いが変わってくる! うぉおぉっ! この魚! 口の奥に鋭い歯が仕込まれている! 生まれた次の瞬間に死んでたまるかぁ!」
大地を踏みしめる前の小さな子蟹が、鯉の様な魚に飲み込まれようとしている。他にも産み落とされた命も、様々な魚の群れに、次々と食い荒らされていく。
何故、この様な惨事が展開されているのか、説明をする為に時間は少し巻き戻る。
――――――――――――――――
神奈川県出身の中学教師である【
薄らぐ意識の中、頭の中で聴き慣れない声が、彼女の脳を徐々に覚醒へと導く。
『こんにちは、蟹江静香さん。わたくし共は、【
「こ、これは、ご丁寧にありがとうございます。蟹江静香と申します!」
蟹江静香は、自分の置かれた状況も分からないまま、正体不明の相手に対して、呑気に名乗って返事をした。
『細かい事情は
「えぇ……! 私、異世界転生するんですか⁉ この誰もが羨むナイスバディを失うなんて……! とてもじゃないけど、耐えられない……!」
『……明確に言えば、死んだ訳ではないのですが、あなた達は、神界機構の手から逃れた、魔人の呪いによって、命の形を書き換えられてしまい、転移させられた先で、地獄の様な体験をすることになります』
「話が急展開過ぎます! なんでそんな目に遭わないといけないんですか⁉」
『詳しくは転移先で担当してくれるオペレーター、【天の声システム】に解説していただきます。今この場では、【良識ある大人として】時間節約の為に、疑問を飲み込んで下さると助かります』
「……! ……分かりました! 今は飲み込みます! 【良識ある大人】なので!」
『助かります。あなた達はこれから、魔人の領域に転移されます。そこは過酷な環境下で、ありとあらゆる生物が、明確な弱肉強食をしている世界です。あなたの目的は、その世界で力を蓄え、あらゆる望みを叶える宝具【願いの宝珠】を現地にて集めてもらい、その宝珠の力を以てして、魔人の領域に英霊を召喚してもらう事です』
「つまり、その条件を達成すれば、元の世界に戻る事が出来るんですね⁉」
『はい。英霊の力で魔人を討伐すれば……! と言っている間に時間切れです。向かった先では、神界機構のオペレーターが、あなたの進むべき道を案内をしますので、その指示に従ってください』
「あっ! 説明パート終わり⁉ もっと任務達成の役に立つ情報とか……!」
蟹江静香の意識は、白い空間に溶け込んでいく。
【トピックス】――――――――
ジャンルにおける【異世界召喚】とは、何らかの形で、住んでいた場所とは違う世界へと呼び寄せられる事をいう。ちなみにこの作品にはチートも、ハーレムも、追放も、ざまぁな展開もない。厳しく理不尽な世界に抗う、人々の物語である。
――――――――――――――――
その後、再び意識を失った蟹江静香は、転移後、しばらくして意識を取り戻した。そして目が覚めた時。彼女は十脚目
いわゆる、カニとして、この世界に呼び寄せられたのであった。
カニ生活 1日目――――――――
山の様に大きな蟹が、水辺で産卵を行っている。その周辺には、産まれたばかりの赤ん坊蟹を、自身の生きる糧にしようと目論む、野生生物たちで溢れていた。
蟹江静香は水辺に産み落とされ、本能で泳ぎ始めた。大きさはピンポン玉程であり、通常の生物と比較すれば大きな部類だが、捕食する動物にとっては、それは食べ応えのある、ありがたい存在と言えるだろう。
「いや、まず、なんで⁉ 苗字が蟹江だからじゃないよね⁉」
『神界機構オペレーターシステム、天の声です。その疑問に解答しますと、その姿に、あなたの苗字との因果関係ありません。このたび、魔人によって引き起こされた呪いは【弱食の因果】というものであり、あなたの人生で、一番ヘタクソに食べられた生物の姿が、
「嘘でしょ⁉ 私の人生で、一番ヘタクソに食べたのが蟹だったの⁉」
『改めて、挨拶もしておきたいのですが早速、バトル開始です!』
「なんて⁉ バトルなんかあるの⁉」
『この世界は弱肉強食。油断すれば即座に、外敵の餌食となってしまいます。覚悟を決めてください』
「待って待って‼ 自分の状況も分からないのに、戦うなんて出来ないよ⁉」
『
天の声システムがそう言葉にすると、蟹江静香の目の前に半透明のボードが表示される。
〈状態〉 ソフトシェルクラブ
〈名前〉 蟹江静香
HP 10
MP 2
筋力 1
頑強 1
素早さ 1
器用さ 1
知能 1
幸運 1
〈
――――――――――――――――
「弱過ぎぃ‼ 何ができるの⁉ 赤ちゃんじゃん‼」
『まぁ、産まれたばかりですので……』
ふたりが
「あーれー! たすけてー! うぎゅっ! 痛い! うぎゅっ! 丸呑みされる!」
魚は小さな蟹を、丸ごと口に放り込み、噛み砕こうとする。
その激痛は堪え難き苦痛となって全身を駆け巡り、死の恐怖が襲う。
「おぎゃあああああっっ! 待って! 待って! 死ぬ! 死ぬ!」
『蟹江先生! 頑張ってください!』
「そんな運動会での放送委員みたいな! やる気のない応援で頑張れるかぁ!」
『がんばれっ♥ がんばれっ♥』
「それだと応援の意味合いが変わってくる! うぉおぉっ! この魚! 口の奥に鋭い歯が仕込まれている! 生まれた次の瞬間に死んでたまるかぁ!」
足掻いている間も容赦なく、魚の奥歯は蟹江静香の身体を蝕んでいく。
『
「ちくしょう! こんなところで死んでたまるか! 喰らえ!我が鋏を!」
達成判定 【2】【3】 ダメージを与えられませんでした。
一心不乱に突き出した鋏は、『ぶにゅり』という情けない音と共に砕けた。
「わ、割れた――! 待って! 待って‼ 弱すぎる‼ 私が弱すぎるって‼」
パニックの最中、一筋の線が走る。『シャキン!』と鋭い音を立て、魚の胴体は両断されていた。目の前に現れたのは巨大な鋏。命を両断した無骨な鋏であった。
今しがた、蟹江静香をこの水辺へと産み落とした、大いなる存在。それは山の様に大きな巨躯をしており、熱帯雨林における覇者の風格を持ち合わせていた。
「うおぉ! 助かった! 怖かったよぉ! この巨大な鋏、きっとこの個体を産んだ大いなる母が、我が子を守るために助けに来てくれたんだ――うべっっ!」
『クシャリ』と紙を握りしめたような弱い音と共に、小さな蟹の命は潰えた。蟹江静香。この世界における、初めての死である。
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