45話 姉
ああ、そうか。
妹が、番外が私に向けている視線の意味が、ようやく分かった。
私は十二分に殺意を向けられるに値している。
姉でありながら、妹を見捨て、その末に忘れた。
妹は実験を受けて、その末に化け物となった。
私が想像するのもおこがましいほどの苦痛にあふれていたことだろう。
こうして、二人が一つとなって、精神が崩壊するほどに。
私が過去を忘れて、孤児院でリィンたちと笑って過ごしているときも。
兵士として華々しい活躍を挙げているときも、妹は実験を受け続けていたのだ。
「ししんだだしんしんだだ?あああああーーーーーーー!!」
地面に手を当てて崩れ落ちる。
番外は、アインの様子をみて、歓喜の声を上げる。
アインは下を向いたまま動かない。
「うん、魂が弱っているね。今ならいけるかな?」
博士はアインが動かないことを確認して、ゆっくりと上階から降りてくる。
「ぱぱぱぱぱぱ?あぶなないないよよよ?」
博士がアインの射程圏内に入ったことで、番外が博士の身を案じる。
今の距離だと守り切れるか怪しいからだ。
「いや、大丈夫だよ。アインにはもうそんな気力は残っていないだろうしね」
こつこつ、とわざとらしく靴を鳴らしながらアインに近づく。
「でも、念には念を……ってね」
下を向いているアインの顔を上にあげる。
「や、め」
「———最後にとっておきの情報をあげよう」
アインの精神状態はもうボロボロだ。
言葉を理解できるような状態には無い。
だが、不思議と耳に入って、理解してしまった。
君と番外が脱走した理由は、おおよそ失敗作の末路を見たからだろう?」
失敗作。
番外を除く妹たち。
実験で死んでしまった妹たち。
「違うさ。違うよ、アイン」
博士は嗤う。
「君が脱走しなければ、ここにいたままであれば、番外がこんな姿になることはなかったんだよ」
「……ぇ」
「番外と違って、君の器はそのままで最高だった。君さえいれば、番外は実験を受ける必要なんてなかったのさ」
つまり。
つまり。
———私のせい。
何も知らず、何も考えず。
三人一緒に過ごして行けたのだ。
番外がこんなことになることはなかった。
「なん、で」
なんであの時、逃げてしまったんだろうか。
黒い女に脱走を唆されていなければ。
「もう……嫌だ」
後悔をしても、もう遅い。
後悔は過去の事で、変えられることなんてない。
何もしない。
それだけが今のアインにできる事だった。
「うん、これならば、器にできる」
博士はアインを抱える。
ある扉の前まで歩いていく。
これ以外の扉は機械により自動的に開くのだが、この扉だけは違う。
石扉、とでも形容すればいいのか、研究所にそぐわないほどの重厚さである。
「番外」
「わかたわかたたかったたかた」
番外に命令して、扉を開けさせる。
力いっぱいに番外が開けた、扉の向こう側。
階段が地下深くまで続いており、階段の先には円形の舞台場だろうか。
そしてその中心には祭壇が置かれている。
「大昔、神々がいた時代……いや、終わった時代か。ある人間がこの祭壇を作った」
博士は祭壇へと歩き出す。
「その目的、それは神々を封印するため。神代から、人の時代にすることだった」
近づいてきたことで、祭壇の姿がより鮮明になってくる。
「人は神々を騙した。世界最大の劇を見せると言ってすべての神をここに集めた」
祭壇は朽ちている。
蓋が無い棺桶が祭壇とつながっている。
「神々には争っていた者もいたから、神の力を使ってはいけないという不戦の契りを結んでいた。この場所だけだけど、神の力は一切使えなくしたんだ」
円形の舞台には幾何学模様が溝になっている。
「これが罠であることに気付いたころには遅かった。契りを解除できる神が、最初に封印されたからだ」
溝には赤い、乾いた血が残っているのがわかる。
「逃げ場は封じられ、そうして神々は封印された。こうして神代は終わりを告げたんだ」
博士は階段を降りきる。
祭壇まで、あともう少し。
「さて、一つ問題だ。そのあと、人は何をしたと思う?」
振り返り、周囲を見渡す。
「奪ったんだよ、力を。神々を犯したんだ。自分たちが楽をしたいがために。或いは、新しい神となるために」
抱えていたアインを、祭壇付近に降ろす。
博士は、祭壇に異常がないか見て回る。
「祭壇は、長い時を経てすべての神々の力を奪い尽くした。神々の力は祭壇を通して人へと渡り、やがてこう呼ばれるようになった」
祭壇は計画通り、正常に動作することを確認する。
「———魔法と」
アインを再度抱え、少しふらふらとした様子で蓋のない棺桶に入れる。
「僕はね、これを知ったとき吐き気を覚えたよ。誰かから奪ったもので霊長の座についているのかと。だから僕は、それをぶっ壊したいと思ったのさ」
最終確認。
アインは棺桶に余すところ無く入っている。
「魔法に代わる技術を創り出した……科学というものを。それを使って君たちを作った」
後ろを確認して、誰も来ていないことを確認する。
一応、番外を門番代わりに待たせているが、万が一ということもある。
「神々はまだ死んだわけじゃない。ここに魂だけがある……そうだよ!」
博士は気分が高揚していることを自覚する。
「
そのまま、博士は祭壇を起動させる。
「僕は人のまま!神々を凌駕したと証明して見せる!魔法なんていらないと!」
地響き。
祭壇を中心にして、世界に響くほどの。
「———さあ!神の復活だ!今度は真っ向から!神代を越えて見せようじゃないか!」
気分が高揚していた。
長年の目的が、今達成される。
そう思って、周りを見ていなかったからか。
「———私の妹に、何してる!」
「———は?」
祭壇めがけて、高質量の何かが吹き飛んできた。
あれは、番外だ。
博士は急いで後ろを振り向く。
そこには。
「リィ……ン?」
姉が立っていた。
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