ハズレな僕はTSして、余命1年のヤンキー悪友に揉まれる

ほづみエイサク

プロローグ 人生で最高の卒業式

 中学校の卒業式は、人生で最高の日だった。



 中学校自体に不満があったわけじゃない。

 先生もいい人ばかりだったし、クラスメイトからイジメを受けたことはなかった。

 卒業してせいせいするようなことは何もなかった。


 それでも、中学校の卒業式は人生で最高の日だった。



 僕はバットを大きく振りかぶる。

 場所はグラウンドじゃなくて、学校の廊下だ。



 パリン、と。

 真冬の空気のような透き通った音が響いた。



 粉々になって飛び散るガラス片。

 キレイに形作られたガラス窓は、ヒビだらけでぐちゃぐちゃに割れていた。


 足元を見ると、ガラスの破片で染まっていた。

 いつもため息を吐きながら掃除していた廊下は、危険な道へと豹変してしまった。

 わざとシューズと靴下を脱いで歩き出すと、ガラス片が皮膚を突き破って、足裏に刺さってくる。


 メチャクチャに痛い。

 だけど、脳の奥から熱いものが湧き出してきて心臓をドクンドクンと激しく刺激してくれる。


 高揚感のあまりに上を向くと、蛍光灯が目に入った。



 僕は衝動的に、バットを突き刺した。



 パリン、と。

 ガラスの雨が降った。



 舞い散るガラスの破片に太陽光が反射して、まるで銀色の紙吹雪のようにキラキラと輝いている。


 服と肌の間にガラス片が入り込み、服がこすれるたびに痛みが走る。

 全身に刃物を突き立てられている気分。

 でも、その痛みすらも楽しくて仕方がない。



 ふと周囲を見ると、先生や生徒が集まってきていた。



 みんな間抜けにも目を丸くしている。

 まるで、ウサギがトラを捕食している瞬間を目撃したかのような驚きようだ。


 それも仕方ないだろう。


 僕はずっと、地味な男子中学生として過ごしてきたのだから。

 大人しくて、目立たないように努めてきた。

 僕はそうやって中学生生活をやり過ごし・・・・・てきた。



 でも、本当はずっと寂しかった。



 いつもスポットライトが当たるのは、とっても出来る人間か、全く出来ない人間だけ。

 その間で必死に努力している人間は見向きもされない。



 部活の地方大会で優勝した人。

 全国テストで順位2桁に入る人。

 自転車を片っ端から倒す人。

 高校生と喧嘩をする人。

 リーダーを気取るくせにすぐにヒステリックを起こす人。

 ずっと寒いギャグを披露して笑いを取ろうとする人。

 恋人とずっといちゃついている人。

 幼稚園の前からピアノをしている人。

 動画を撮ってSNSにあげる人。

 部活動に熱中してマネージャーを彼女にする人。

 生徒会に入って、毎日身を粉にして活動する人。

 


 そんな、ドラマの登場人物みたいな人達が同じ学校にいっぱいいる。

 それなのに、僕は何者にもなれていなかった。



 ふと、想像してしまう。



 このまま同窓会に呼ばれなくて、話題にも出てこないのだろうか。

 久しぶりに会った先生に、名前も忘れられているのだろうか。

 誰かの卒業アルバムの中では、余分なインクのシミになっているのだろうか。


 卒業が近づくにつれて、恐怖心はつのっていった。

 考えれば考えるほど、息が詰まりそうになった。



 そして、今日実行に移した。



 結果は御覧の通り。

 大成功だ。


 周囲には思考を止めて僕を見ている教師と生徒たち。

 みんなの記憶に、網膜に、僕の姿が刻まれる音が聞こえる。


 今、人生で初めてのスポットライトが当たっている。



――ああ、このために生きていたんだ。



 強く実感した。

 片思いしているクラスメイトの体育服姿をオカズにして、初めて射精した時のようなもどかしさと罪悪感――それに多幸感。

 全身の骨が芯から震えている 



 パリン

  パリン

   パリン



 ふと、遠くからもガラスの砕ける音が聞こえた。

 僕の出す音よりも、何倍も豪快な音。


 無意識に、頬が膨らんで眉間にシワが寄る。

 ここは僕の独壇場だったはずなのに、水を差されてしまった。



 僕は勇み足で音のする場所へと向かった。


 叫んでやるつもりだった。

 邪魔をするな、と。

 


 それなのに――



 僕の視線は、釘付けになってしまった。


 あまりにも美しいスイングフォーム。

 舞うガラスが、輝く汗のように見えた。


 とても身長の高い少年だった。

 他校の制服を着ているのに、とても堂々としてガラスを割っている。


 しばらく見つめていると、向こうも僕に気付いて動きを止めた。


 バット。

 血だらけの足。

 ガラスまみれの体。


 それらをじっくり見つめた後、向けてくれたんだ。



 まるで10年来の親友に再会したような笑顔を。



 なんでそんな顔を僕に向けてきたのかはわからない。

 だけど、心の奥底から熱いものがジワジワと湧き出してきていた。


 恐怖心?

 同情?

 尊敬?

 友愛?

 


 ぜんぜん違う。



 人生が変わるという、確信めいた予感。




 僕達の青春は、ここから動き出したんだ。

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