第2話: 村の惨状と魔物の脅威

リーナの村が見えてきたとき、悠斗は思わず足を止めた。目の前に広がる光景は、リーナの言葉以上に深刻だった。村はまるで戦場のように荒れ果てていた。家々の壁は崩れ落ち、屋根は大部分が焼け焦げている。かつて豊かな土地を誇っていたはずの畑は踏み荒らされ、使い物にならなくなっていた。


「ここまで酷いとは思わなかったな…」


悠斗は低く呟き、リーナに目を向けた。彼女は沈んだ表情を浮かべながら村に向かって歩き出したが、足取りは重かった。村の入口に近づくにつれ、かすかに人々の気配が感じられたが、それは活気ある村のものとは程遠い。代わりに感じられたのは、重苦しい沈黙と、怯えたような気配だった。


「皆、ずっと怯えて暮らしているんです…いつまた魔物が襲ってくるか、分からないから…」


リーナの言葉には、深い疲れと無力感が滲んでいた。彼女は村を救おうと必死に奔走してきたのだろうが、それも限界に近いことが感じられた。


悠斗は黙って村の様子を観察した。いくつかの家の窓から村人たちが怯えたように外を伺っている。子どもを抱きしめる母親、武器を持っていながらも不安そうに佇む男たち。彼らはこの状況に慣れてしまっているようだった。何度も繰り返される襲撃に、もはや抵抗の意志を失い、ただ生き延びるために身を潜めるしかないのだろう。


「村長に話を通さないとな。どこにいる?」


悠斗はリーナに問いかけた。リーナは村の奥を指さしながら答えた。


「村の中心にある家です。今はそこで皆をまとめているはずです」


二人は静かに村の中心に向かって歩き出した。道の途中、悠斗はさらに村の様子を確認し続けた。瓦礫の中には焦げた家畜の骨や、壊れた農具が散乱していた。村の至るところに魔物の爪痕が残っている。


「どうやら、ただの魔物じゃなさそうだな…」


悠斗はそう呟き、村の南側に広がる森を一瞬見上げた。森の奥からは、どこか不穏な空気が漂っている。リーナの話では、魔物はいつもこの森から現れるという。そこには、まだ何か知らない力が潜んでいるのかもしれない。


村長の家にたどり着くと、中から年老いた男性がゆっくりと出てきた。彼は村長であり、この村で最も長く暮らしてきた人物だった。長年の疲労が刻まれた顔には、深い皺と悲しみが浮かんでいる。


「リーナ、戻ってきたのか。…そして、こちらは?」


村長は悠斗に目を向け、疑問を含んだ視線を送った。悠斗は軽く頭を下げて自己紹介をした。


「俺の名前は悠斗。リーナに頼まれて、この村を救いに来た」


その言葉に、村長の顔には驚きの表情が浮かんだ。しかし、すぐにその表情は暗くなり、彼は疲れた様子で頭を振った。


「これまで、何人もの探索者や戦士がこの村に来たが、誰一人として魔物に勝つことはできなかった。あの魔物は、貴族や商会が送り込んだ精鋭たちでさえ歯が立たない強力な存在だ。君が一人で戦うことができるのか…」


村長の声には、希望を失った者の諦めが含まれていた。彼が見てきた現実は厳しく、魔物に挑んで命を落とした者たちの数が、悠斗一人ではどうにもならないと信じさせていた。


「俺が来たからには、もう安心しろ」


悠斗はそう静かに言った。その自信に満ちた言葉に、村長は一瞬言葉を失い、リーナも思わず悠斗を見つめた。彼の目には確かな決意が宿っていた。悠斗はこれまで数々の困難を乗り越えてきた経験を持っており、この村を救うことができるという確信を感じていた。


村長はしばらくの間、悠斗を見つめた後、ゆっくりと頷いた。


「分かった。信じよう。だが…まずは魔物について話しておかなければならない」


村長は重い口を開き、魔物について語り始めた。


「あの魔物は、南の森の奥深くから現れると言われている。その姿は恐ろしい黒い鱗に覆われ、目は赤く光り、巨大な体躯を持っている。何度も村を襲い、多くの命を奪ってきた。その力は圧倒的で、これまでどの探索者も返り討ちに遭ってしまった」


村長の声には、かつての戦士たちの無念が漂っていた。悠斗は静かにその話を聞きながら、村長の言葉を頭に刻み込んだ。


「南の森から現れる、か…。次の襲撃はいつ頃の予定だ?」


「最近の襲撃の間隔からして、あと数日以内には来るだろう。村の者たちはいつそれが起きるかと怯え、夜も眠れぬ日々が続いている」


悠斗は頷き、考えを巡らせた。時間は限られているが、次の襲撃までにできることはまだある。


「分かった。準備はできている。次の襲撃が来るまでに、村を守るための策を立てておこう」


村長はその言葉に再び驚きを隠せなかったが、悠斗の冷静な態度に少しだけ安堵したようだった。


「どうか…頼みます」


村長は深々と頭を下げた。その背中には、村を守るために戦ってきた歳月の重みが刻まれている。悠斗はその姿を見ながら、改めてこの村を守るという決意を固めた。


その日、悠斗は村の周囲を歩き回りながら、魔物の侵入経路や防御策について調査を行った。村の南側、特に森に近い場所が最も脆弱であり、魔物がここから襲ってきた場合、村人たちが避難する時間を稼ぐための防御策が必要だった。


彼は錬金術を使って、村の周囲に防御障壁を作る計画を立てた。この障壁は、魔物の初撃を防ぎ、村人たちが安全に避難できる時間を稼ぐためのものであり、簡単に破壊されるものではない。


さらに、リーナを含めた村人たちにも、簡単な自衛訓練を施すことを決めた。戦いの準備が整っていない村人たちをただ守るだけではなく、少しでも自らを守る力を持たせることが重要だった。


「皆、準備はできているか?」


悠斗は村の広場に集めた村人たちに声をかけた。彼らは最初は不安げな表情を浮かべていたが、リーナを中心に団結し、少しずつ自分たちの力で村を守る意志を見せ始めていた。


「この村を、必ず守ってみせる」


悠斗は自分自身に言い聞かせるように、静かにそう呟いた。そして、次の襲撃に備えての準備を加速させた。

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